犯罪歴と資格 | ひきこもり、お遍路へゆくAmeba版

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自身のアルコール依存症や引きこもり、アダルトチルドレン問題により、生き方を見直す切っ掛けを手に入れ、その舞台に四国八十八ヶ所の遍路を選んだ男のブログ

さて、




昨日、仕事の休憩中に合格を知り、泣いてしまいました。

その後も涙を誤魔化しながら仕事をしていた訳です。

俺はよく「嬉しいと言う感情が自分には欠けている」と色んな所で話してますが、

昨日は本当に追い詰められていたこともあり、嬉し涙でしたね。

自分でもビックリした。

後から考えると、人目を気にせず思いっきり泣けば良かったし、

仕事に戻らず、滅多に感じることの無い“嬉しさ”を噛み締め感じていれば良かった。

そうすれば俺の今後のスピリチュアリティーの回復に大きな影響を与えた気もして後悔しています。

心の傷は北極の分厚い氷と一緒で、少しずつしか溶けません。

その氷が一気に溶けるチャンスを、俺の欠点である“我慢”や“感情を隠す”により無駄にしてしまいました。

勿体ねぇ。



さて、

蓋を開ければ年々難しくなり合格率が60%から70%と言われる調理師試験でしたが、

宮崎県では283名中合格したのは142名らしく合格率50%というふざけたものでした。

そりゃ、「言ってることがちげえ!」とガチギレする人も出てくる訳です。



さて、

試験の合格を喜べるのは、まだ一般人の話です。

一難去ってまた一難。

俺の人生はとても平坦なものではありません。

向き合わないといけない、過去の過ちが沢山あります。

言ってみれば鶴林寺を越えたのに、また下らされて、今度は太龍寺へ向かっているところです。

俺は自分の人生その物をネタとして捉えているので、

もう、全てを体験談とし、記録に残す日々。

そうでもして笑って捉えないと、

何なの、この人生。




調理師試験に合格すると、そこから都道府県知事に申請して認められた場合のみ調理師となります。

知事ではなく他のやつが認めてんだろが。

・調理師免許申請書

・合格通知書

・住民票や謄本、抄本

・医者の診断書

の4点を各県で指定された窓口に提出することが必要となります。



さてさて、

調理師免許申請書を見てみましょう。


はい。

3、罰金以上の刑に処されたことの有無。

と、あります。



はい。

俺は約十年前に亡き父からの教えを忠実に守り抜き、あったまきてあばれてぼくとーふりまわしてひとをぶんなぐって罰金刑を受けた前科者であります。

傷害罪と言い、過去の過ちが人生の足を引っ張る瞬間です。

物凄く自己中な言い方をさせて頂くと、

皆さんが“たった一度の失敗”を受け入れられない結晶だとも感じます。

日本の再犯率が約50%ある理由も、

更正の足を引っ張る偏見と、罰ばかりを求め、本当に必要である治療が行われないことが問題なのでしょう。

しかし、こんな所でガタガタ言ってても、

皆さんが声をあげなくては変わりませんので、意味の無いことであります。

ここでまた前科を理由に社会復帰が阻害されるなら、次の被害者をうめばいいだけのこと。

それが現実であり、俺達側からの社会に対する答えとなります。



しかし、救いもあります。

刑法34条2の第1項にはこう書いてあります。

禁固以上の刑の執行を終わり、またはその執行の免除を得たものが罰金以上の刑に処されないで十年を経過したときは、刑の言い渡しは効力を失う。罰金以上の刑の執行を終わり、またはその執行の免除を得たものが罰金以上の刑に処されないで五年を経過した時も同様とする。



この“刑の言い渡しは効力を失う”とは、どういう意味なのでしょう?

罰金以上の刑の執行を終え、それから五年以上罰金刑以上の刑を受けなければ、罰金刑のことは無かったとすると言う意味でしょうか?

だとすると、俺の前科は調理師資格に影響を与えないこととなります。

まぁ、ぶっちゃけ、前科が響こうが、響かないだろうが、どっちでもいいのですが、

現実だけ伝えると、あれから約十年アルコールを初めとして沢山のものを断ち、

そして、福祉の世界に力を注いで来ました。

“更正”と言う言葉は大嫌いですが(病気に更正があんのかよ?)、社会貢献と言われるものに嫌々ながらも力を注いで来ました。

これをどう判断するかは本当に“一般人”にお任せしますが、

その答え次第では、俺は社会貢献を諦め、社会に悪影響を与える立場に全力を注ぐことになると思います。

それを望んでおりませんが、そうなると思います。

今でもぶんなぐりてーものはぶんなぐりてーし、

身体にからふーるなやくしにょらーい入れたい願望は消えておりません。



さて、

・医者の診断書

ともありますが、健康診断でも受ければいいのでしょうか?

この部分を詳しく書くと、

麻薬、あへん、大麻、または覚醒剤の中毒者であるかないかの医者の診断書、とあります。



もうね、

本当に笑いと言うか、反吐が出ますね。

「あなた達の知識の乏しさって酷いですよ」と。



えっと、

俺はアルコール依存症と診断され精神障がい者三級のものであります。

自分では、アルコール依存症ではなく、処方薬依存症と認知しておりますが、

産まれ育った家庭が、俺が産まれる前からアルコールに振り回されていた家庭なので、

口から出る言葉は「アルコール」であり、一言も本当に酷かった処方薬の名前を出してくれませんでした。



そんなことは良いとして、

あの、

この場でもずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと言っていることなのですが、

◯◯依存症の◯◯に入る言葉って余り重要じゃ無いんですよね。

本質は“依存症”であることが問題であり、

その依存症になった心の傷や歪みが問題であるのです。

その傷や歪みから始まる生き辛さをどうやってバランスを取っていたかと言うのが◯◯に入る部分であり、

◯◯に入る部分は初期から末期までかなり長い年月の習慣が影響してくる複雑な部分なんです。

アルコール依存症と診断された俺ですが、

手が震えたこともないし、幻覚も幻聴も聞いたこと無いし、

飲まなかったことによる離脱症状の経験も全く御座いません。

ただ、ある時期に大量飲酒や服薬をするほど病んでいて、事件当時酒を飲んでいたと言う話でござりまんちょ。

それに「あなたはアルコール依存症です」と診断され、障がい者手帳型が交付された以前から断酒を決意して1口のアルコールも飲んでおりません。

何が言いたいかと言うと、

何で違法薬物に拘ってるんですか?と言うことです。

アルコール依存症の世界では、料理人にアルコール依存症が多いことは有名な話です。

厚生労働省がハッキリと記載しておりますが、

アルコールは依存性のある薬物の一種です

なのに、何故、ここにアルコールの中毒者と書いていないのでしょうか?



一点だけ、その可能性があるとしたら、

・中毒者

と、

・依存症者

の違いを正しく理解してのことでしょうか?



“アル中”と言いますが、

アルコール中毒と、

アルコール依存症は全く違うものです。

依存症は依存状態にあるもので、

中毒は過剰摂取などによる中毒状態をいいます。

よく若い人が一気飲みを連続して中毒状態に陥り死に至りますが、

厳密には中毒と依存症は全くの別物となります。

生体に対して毒性をもつ物質が許容量を超えて体内に取り込まれることにより、正常な機能が阻害されることを中毒と言い、

依存とは、それがないと成り立たないほど大きな影響をうけていることを言います。



つまりは違法薬物の中毒者、常に幻覚幻聴に捕らわれた錯乱状態の末期状態のことを言っているのか。

しかし、それはアルコール依存症にもそんな状態はあって、

それとは別にも脳の萎縮による認知症など、本当に悲惨なものであります。

依存の延長線上に中毒がある場合もありますが、

中毒の先に依存があるとは考えにくいですね。


さて、(何度目や)

俺は違法薬物の依存症ではありませんが、処方薬、つまり一部合法麻薬の依存症ではあります。

違法薬物とはとても相性良く、いつでも親密な関係を築ける人種でありますし、

たまたま違法薬物依存症ではなかっただけで、荒れた人生を歩んでいますので、十代の頃から身近には違法薬物の存在があった時期もあります。(使ったことはありません)

そんな俺が、何か納得いかんが、医者の診断書には「中毒者では無い」と書かれるのでしょう。

ガチで精神薬が手離せなかった苦しい時期があるのに。

わろち。



何はともあれ、

俺の社会復帰へのいばらの道はどうなるのでしょうね。

ごめんなさい。

ハッキリと言わせて下さい。

前科ものでありますが、本質は親の虐待が原因であります。

何故、罪もない子がアルコール依存症の酒乱の元に産まれ、

そこで受けた傷から、更に傷つく結果を迎えて不幸の連鎖を生きていたのか。



否、

輪廻転生。

だから、

カルマを俺は大切にしているのです。

親に罪はなく、俺の輪廻転生のやり残しと言う答えがピタリと来るのです。

俺がやり残したことを果たすため、この親を選んで産まれてきた。

因果というシンプルなぷるぷるん。



調理師試験会場へ向かう俺にビーニャさんがこう言いました。

「これで調理師試験に合格したら、沢山の人の希望になるね」



依存症者はとても多くの人を巻き込み不幸にすると言われます。(8人だったかな?)

その傷付いた人達が次の人を巻き込み不幸にします。

しかし、依存症からの回復者は沢山の人を幸せに出来ると言います。

だから、1人の回復者が、次の回復者を育て、その回復者が次の…、と、

そんな幸せの連鎖のなかで、

働くことが出来なかった人間が、酒や薬を断ち、

実務経験を積み、調理師試験に合格するまで歩んでこれました。

この回復の道筋を一般の皆さんはどう見て下さりますか?




不幸の連鎖から、

幸せの連鎖へと、

これを生き方を変えるといい、

依存症からの回復は、アルコールを飲まないことよりも、

生き方を変えるぷるん。