5日のオフ会記事の続きです。

北九州モノレール初乗りの青野原運転所♪さんにお付き合いし、私もモノレールにお供することに。

北九州モノレールは1985年開業、当時はひとつ前の平和通り駅が起点でした(当時は小倉駅を名乗っていた)。
1998年JR小倉駅の新駅ビル開業に合わせ延伸、現在の駅ビルから飛び出してくるスタイルとなりました。

開業から30年。モノレールと同時に整備された道路と合わせ、小倉南区の交通は大幅に便利になり、急速にベッドタウン化が進みました。
小倉区が南北に分区された1974年当時は、市街地である小倉北区の方が圧倒的に人口は多かったですが、現在では小倉南区の方が上回っています。

さて、ほぼ座席が埋まるくらいのお客を乗せて、20時55分小倉を発車。青野原さんと私は車窓の見やすい最後尾に立ちます。

市街地区間はそれなりに街灯やネオンサインがあり、夜景らしかったですが、3駅先の香春口三萩野を過ぎるとマンションの灯りが目立つくらい。小倉の街は3~40万都市の規模なんです。

それでも控え目ながらも住宅街の灯りが連続しています。昼間ならメディアドーム(小倉競輪場)や小倉競馬場がはっきり見えるのですが…
そう、モノレールはギャンブル路線なんです。

京都嵐山みたいな地形のある徳力嵐山口を過ぎ、左急カーブを曲がると、高度を上げながら団地の中を抜け、20分で終点企救丘です。ここから徒歩3分のところに、日田彦山線の志井公園駅があります。

ちなみに企救丘の企救とは、このあたりの昔の郡名です。小倉市(北九州市)に合併され、郡名は消滅しましたが、こうして復活した次第です。

モノレールの車両基地を左に見ながら、最終の小倉行きの日田彦山線に乗るべく、青野原さんと志井公園駅に向かいました。

<つづく>



またもやお馴染み!?ひと月飛ばししてしまいました
 
所属する「北九州ランニングステーション」がフェースブック上グループのため、最近はFBが中心となってしまい、アメブロがご無沙汰気味。学生時代の友人関係含め、FBはリアルの延長だからついやり取りが増えてしまうんですよね。
 
しかし、アメブロ繋がりでリア友さんが何人も出来たのも事実。こちらはむしろ貴重なケースと言えましょう
 
そんなアメブロ繋がりの友人のひとり、神奈川の青野原運転所♪さんがGW休みを利用して九州まで来られ、今月5日にオフ会を開催しました
o(^-^)o
青野原さんは旧車マニア。車齢45歳の愛車、日産グロリアで途中鉄道乗りつぶしのため西日本各地を経由し、3000km以上の道のりを走破されてきました
 
今回、未乗だった北九州モノレールに乗るため小倉を訪れられた次第。
お互いのスケジュールの都合から、20時開始と遅めのオフ会です。
 
先ずは食事しながら、今回の旅のお話を伺ったり互いの近況について語り合いました。
グロリア(通称タテグロ)は旧車ながらとても元気で、神奈川から九州までの寄り道旅をトラブルなくこなしてきました。過去の旅の写真を見せていただいたりして話しは尽きず、結局閉店まで粘ってしまいました
(^_^;)
また切符やお菓子などのお土産もたくさん頂戴しました
 
食事のあとは小倉駅ビルから発着する、北九州モノレール乗車です。
 
<つづく>
 
 
写真は門司赤煉瓦プレイス。
門司駅西口。
自由通路から、門司駅構内を望む。
門司区のゆるキャラ、じーもくん。
北九州貨物ターミナル駅入口。
 
 
先日15日、自宅から門司駅まで約16㎞のランニングの時の写真です。
門司駅の西側は、以前は工場や倉庫が立ち並ぶ殺風景なところでしたが、門司港レトロ地区の成功を受け再開発されました。
今は昔からの倉庫などを利用した、赤煉瓦の建物群が観光資源になっています。
 
門司駅の東西を結ぶ自由通路は、広い門司駅構内がよく見渡せます。ちょうど国鉄型電車415系が入線していました。
2009年まで、本州と九州を結ぶブルートレインが機関車の付け替えでしばし身体を休めたホーム。構内を眺めながらその姿に想いを馳せるのでした
( ̄∀ ̄)
 
改札口横では門司区のゆるキャラ、じーもくんがお出迎え。北九州では一番メジャーなゆるキャラ、かな!?
 
帰路は国道3号線を真っ直ぐ小倉方面に走ります。途中には北九州貨物ターミナル駅があり、入れ替え用で頑張るDE10の姿もありました。
 
3号線はその昔、西鉄の路面電車が通っていた道。両脇の歩道は狭くてランニングには不向きです。ゆっくりジョギングで帰りました