写真は小野田線厚東川橋梁からの風景。
妻崎駅舎。
本山支線の分岐駅、雀田。「本線」側ホームだけ嵩上げされている。
小野田港駅舎。異様に広い1番線。
 
 
宇部新川発15:40の小野田行きで、小野田線へ。
次の居能が宇部線との分岐駅ですが、全ての小野田線電車が宇部新川発着です(本山支線運転のものを除く)。
 
居能に至る途中、北側に別れて行く廃線跡を確認することができます。現在の岩鼻経由になる前の、宇部線の路盤跡です。
昭和27年に現在線に切り替わったのですが、いまだに鮮明に残されていました。
 
居能を出たクモハ123単行は、宇部線と別れてすぐ厚東川橋梁を渡ります。河口付近なので6~700mはある長い鉄橋。
その上を小さな電車がゆっくり走ります。まるで空中遊泳のよう
 
次の妻崎は昭和4年(1929)開業当時の駅舎。当初は宇部電気鉄道という民鉄でした。貨物輸送で稼いでいたからか、立派な建物です。
 
長門長沢を経て、本山支線の分岐駅、雀田へ。
高徳線と鳴門線の分岐駅、池谷のようなデルタ型ホーム。本山支線の方は昔ながらの低いホームなので、かなり不自然な傾斜が出来ています。
乗り換え時に転倒する乗客が居たためか、誘導用の柵が設けられていました。
 
まだ本山支線で、旧型電車クモハ42形が頑張っていた頃のホームには、柵はありませんでしたが。
 
今回は時間の都合で、本山支線はパスです。何しろ1日3本きりの、超閑散路線ですから
小野田線「本線」自体、昼間帯(9時~17時)は3往復という閑散振り。短小路線ながら意外に乗りつぶしには苦労しそうです
(-o-;)
 
沿線の車窓で特徴的なのは、瓶垣と呼ばれる、硫酸瓶で作られた「石垣」です。
硫酸瓶とは、化学工場で製造された硫酸を保管しておくための瓶のこと。
使用済みの硫酸瓶を石代わりに用いたのです。言わば廃品活用ですね。
 
現在でも日産化学の工場の所在地は「硫酸町」。ついでに「セメント町」も。
まさに小野田はセメントと化学工業の町として発展してきたのです。
その原料・製品輸送に活躍したのが、小野田線という訳です
o(^-^)o
 
さて、小野田港駅から進路を北に変え、小野田の市街地を淡々と走ります。
進行方向左手の海側は工業地帯。右手は住宅地と商店がだらだらつながっています。まるで北九州市街地のミニチュア版
 
しかしトロい電車です。脇の道を走るクルマに普通に抜かされます。
表定速度30㎞/h以下だから無理もありません。
 
このダイヤだからこそ、元「ニモ電」の古電車頑張れるのですね
!(b^ー°)