necotetsuさんのブログ-HI3H042700010001.jpg
necotetsuさんのブログ-HI3H04280001.jpg
necotetsuさんのブログ-HI3H04310001.jpg
necotetsuさんのブログ-HI3H043200010001.jpg
写真は日本一欲張りな駅名!?ほしい。
平筑伊田線は珍しい全線非電化複線。
赤駅駅舎。赤駅前に到着したトロッコ列車。
 
 
直方からの平筑伊田線の列車は406なのはな号。現在平筑の一般色です。
2006年から2008年にかけて新製された車両で、もちろんトランシス製。
一応セミクロス車ですが、ボックス席が左右に一つづつあるだけで限りなくロングシート車です。
 
最近は鉄道会社のニーズに応じて、様々な座席のレイアウトが取られるようになっています。それらを比較するのも面白いものです。
平筑は通学需要を中心とした、生活路線。基本は定員を多く取れるロングながら、少数派の観光客などにも対応しました、ということか。
 
ほしいは国鉄伊田線時代からのオリジナル駅のひとつ。
もちろんだだっ子の真似をしている訳ではなく、昔戦や狩りの際に携帯した干し飯が語源です。残念ながら漢字に変換できずnecotetsuさんのブログ-0169.gif
 
なお、ほしい駅駅舎には筑豊ジムと言うボクシングジムがあります。世界ランカーも輩出してきた、地元では有名なジムですnecotetsuさんのブログ-5050.gif
 
次の市立田川病院前は新設。肝心の病院は川向こうで微妙に距離があります。
病気のお年寄りが歩くにはちょっと厳しそう(>_<)
 
次の下伊田付近で上り列車とすれ違い。全線複線なので、列車交換のための停車は必要なしnecotetsuさんのブログ-18008.gif
 
日田彦山線に接続する田川伊田で、乗務員交代となります。
列車は引き続き田川線に入り行橋を目指します。
 
田川伊田の構内は2面4線(島式ホームが二つ)ながら、非常に広い。ホーム間には中線が二本分のスペースがあり、駅の南側にも貨物側線が多数並んでいたときの名残の空き地や駐車場が広がっています。
現在の1~2両の列車では持て余すかのようnecotetsuさんのブログ-1072.gif
そう、全ては石炭を中心とした貨物のための施設だったのです。
筑豊炭田で盛んに石炭が採掘されていた頃、伊田駅や隣の後藤寺(現田川後藤寺)は石炭を満載した貨車で連日溢れ返っていました。しかしエネルギー革命や外国炭に押され、昭和50年年代までに筑豊炭田はほぼ閉山。
多くの貨物側線は不要となり、レールは剥がされ、だだっ広い空き地が残ったというわけですnecotetsuさんのブログ-0165.gif
 
次の上伊田の手前までは、日田彦山線と線路は共用。途中までは複線の路盤が残されていましたが、1㎞程は貨物輸送が盛んだった頃から単線(日田彦山線と田川線の共用)だった模様です。
当時はダイヤ編成上のネックになったことでしょうnecotetsuさんのブログ-0120.gif
 
上伊田の先で、日本一の赤字線として有名になった旧添田線の築堤跡をかすめ、少しずつ山間部に入っていきます。
直方から約50分、赤駅に到着。油須原線トロッコ列車はここから出発となります。
 
赤とは変わった駅名ですが、何か奇をてらった訳ではなく、ここが赤村の役場などに最寄りだからです。
ちなみにこの駅も平筑になって新設された駅です。
 
駅前に出ると、子供連れの家族が大勢necotetsuさんのブログ-0183.gif
トロッコ目当てのようです。食べ物の屋台も出て、ちょっとしたお祭りの雰囲気necotetsuさんのブログ-1047.gifnecotetsuさんのブログ-4069.gif
あっ、小さなトロッコ列車が向こうからゆっくりやって来ましたよ
(≧∇≦)