続きです。



○○中の裏門に着くと

教員の方が

『どうされましたか?』

と声をかけてきました。


『託児所に通う娘がここに避難しているはずなんです。中に入れて下さい!』

そう伝えると、校舎の裏を周り校庭へ行くように言われました。


あたしが着いた時

校庭には避難してきた車はまだ少なかった…


急いで車を停めると

避難場所になっている

体育館へと向かいました。

でも、どこを探しても

娘ちゃんの姿はありません。


もう一度、校庭を探そうと外へ出ると

車のクラクションがなり

先生がいます。


娘ちゃんも乗っていました。


良かった…無事だった…



その後、車で家族に電話をしたり

メールをしたり…


辺りが暗くなっても

大津波警報は解除されず…

その晩は、余震に怯えながら

体育館で娘ちゃんを抱いて
少しだけ眠りにつきました。


明日は、実家位までなら

歩いて帰れるはず。

旦那様が迎えに来てくれるかもしれない。



まさか、あんなに酷い事になっているとは

思いもしませんでした。
こんばんはニコニコ


あきんぼですハート



今日から、少しずつ

3月11日からの事を書きたいと思います。



忘れてはいけない。

これからの未来のために

語り継ぐことだと思うので。





3月11日14時46分。

あたしは、少し早い休憩を取っていました。

休憩室の自分の席にすわり

いつもの様に、ケータイでブログをみたりしていました。


カタカタとドアが揺れはじめ、

あぁ、また地震か~

と思ったその時に

大きな揺れへと変わりました。


急いで立ち上がり階段を駆け降りました。

休憩室は3階。

非常扉が閉まって、外に出られなくなっては大変!

階段の壁にぶつかりながら
1階の事務所まで戻りました。


揺れはますます激しくなり
事務所の入口のドアに掴まって立っているのがやっとでした。

あまりの揺れに、壁際の書庫として使っているロッカーが倒れそうに。

『○○さん!ロッカーが倒れちゃう!こっちに来て!』


机やロッカーが倒れ、事務所内は物が散乱していました。


揺れが弱くなりはじめた時、すぐに旦那様に電話をしました。

電話をしながら、外を見回すと

事務所前の歩道は大きく陥没し、道路では水道管が破裂したのか

水が溢れていました…


津波が来る!

そう思いました。

事務所にいた、女性2人を呼び休憩室へ。

2人に

『着替えと荷物持って!
靴だけ履きかえて早く逃げよう!』

事務所にいた人に、

『娘を迎えに行きます』

と伝えて外にでました。

車でラジオを聞いていた上司が

『6mの津波がくるから逃げろ!』

と叫びながら走ってきます。

あたしは、急いで車のエンジンをかけて、

娘の通う託児所へ向かいました。

道路は渋滞。歩道には人が溢れています。

でも、みんな立ち話をしたりして

逃げる様子がありません。

ラジオでは、津波がくるから高台に避難するように呼びかけています。

その間も道路は渋滞し、なかなか進みません。

あたしは、渋滞の列を抜けて道路を逆走し

大きな企業の社有地を通り抜けて

娘の通う託児所へと

なんとかたどり着きました。

先生方の車はなく、入口には

『○○中に避難します』

の貼紙。

急いで車に戻り、来た道を引き返し

○○中へ向かいました。


あたしの向かった○○中は、市内でも高い場所にあります。

でも、あたしと同じ方向へ向かう車は1台もいません。




続きます。
こんばんは

あきんぼです


今日は自宅へ行きました。

とりあえず、ノートPCを探してきました。


使う事は出来ませんが

どうにかして、写真等のデータだけでも

取り出したいので………


思い出はなにひとつ捨てられない


自宅のキッチンです↓
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