
こんにちは、こんにちは。一通り部活の行事が終わり、子供は夏休み明けにある学力テスト前の勉強に励んでおりますよ。何も言わなくてもやっているのが偉いぞう𓃰
オカンが子供を遊びに誘うわけにも行かないので、読書したり家のことをやったりしております。バタバタしていて「ちいかわ」の映画を観そびれたのが心残りです🥲
さてさて、「言語学に消えそうなことばを守れるのか」(吉岡乾/ちくまプリマー新書)を読み終えました。まるで大学の講義を受けたみたいに気さくで面白い文章だったので楽しく拝読できました。
中高生の方で もし文学部に進みたいという方が居られたら、一度読んでいただきたい本です。
私は卒論でコーパス(言語データベース)を使用したので、そのお話が出てきて懐かしいなぁと思ったり(卒論は大失敗だったので単に使っただけなのですが)、思いもよらず大好きな野鳥のイソヒヨドリが出てきたり、眠くなることもありませんでした(ソシュールの『一般言語学講義』はよく眠れますよ)。
また、コーパスを使った言語学ではなく、フィールドワーク言語学というものがあるのも初めて知りました(民俗学者の折口信夫さんのように口伝の言葉を蒐集されていた学者さんは存じ上げておりました)。
どこまでが ひとつの言語の境界になるか、判断が難しいということもこの本を読んで初めて認識しました(例:アイヌ語や琉球語はどうカテゴライズされるのか?日本語とはどこまでを指すのか?)。
大昔、自分は親戚から その人の祖母さんが「今日は新しい服を着たもんで、(近所の人を)けなるがらしてくる!」と外に出掛て行ったという話を聞いたことがあるのですが、古語の「けなるい(羨ましい)」がその土地には そのまま残っていたんですよね。
標準語ばかりが使われて、地方で使われ続けていた方言(古語の名残のある言葉)も消えていってしまうのはとても残念だなと思っています。しかし、昨今は若者も方言を面白がる風潮があるので、それを喜ばしく思っております。
流行り言葉を愉しみつつも、ちょっとお硬い感じの言葉もどんどん覚えて使っていってくれると良いなぁと我が子たちには話しております。時には変な方言もどんどん楽しんで使ってほしいですね。どんなユニークな言葉も使わないと消えていってしまうので。
それから、もし世界の何処に行っても同じ言語だけになってしまったら、旅をする面白みが無くなってしまうなぁとも思います(残念ながら現状は外つ国へ出向くような経済的余裕は無い訳ですが💦)。
また、その土地独自の文化を守り(※)、小さな規模の国で暮らすほうが一般庶民にとっては幸せに繋がるのではないかなと常々思っておりますので、フィールド言語学というものがもっと注目されて欲しいです。
※小さな子供が勉強できずに重労働を課せられたり、幼女が無理やり中高年と結婚させられるような弱者が酷い目に遭うような風習には賛成しておりません。
