
↑電車の移動時にテイクアウトの珈琲を時々買います。もちろん、座席が空いている時限定ですよ。
こんにちは、こんにちは。やたら暑いですね。すぐ暑いって言ってすいません、あ、すいますいません(お笑いコンビのテンダラーのネタです)。
猫の額ほどの庭に敷きパッドとか夏布団を干すのですが、その数分間で「ジュッ」とお肌が焦げる気がしますね。気にしてなかったけれどもシミが増えたなー💦
そうそう、最近、気になるニュースがありました。生徒の心理的負担に配慮して通知表を廃止する小学校が出てきたみたいですね(ソースを貼れなくてごめんなさい)。
自分の得意、不得意が判らなくなるのは如何なものか?将来の学部選択や職業選択の方向性を掴むためにも、何らかの他者との比較が必要だと昭和生まれは思うのですが。
自分が勉強を意識したキッカケの一つに通知表があります。小4の終業式後、家の居間で正座して通知表を祖母に提出した時のこと。
小6の姉と一緒に並んでいたのですが、5教科オールAの姉に対して祖母はベタ褒め、イマイチの私のことはスルーだったらしく、私の様子をチラ見した姉曰く「◯◯ちゃんはあの時すごい表情になってたよ」と後に申しておりました。
実は私はその件についてあまり記憶がなかったのですが、その辺りから姉の「遊ぼうよ〜」という誘いを断りまくり机に向かうようになりました。「悔しい!」と思わなかったら、そのままホゲーっとして勉強を頑張る経験もなく来たかも知れません。
両親からもあまり期待されていなかったので(人に強制されるのは嫌いなので、それは有り難いことでもありました)、自分から気付いて頑張るためには外からの嫌な評価が必須だったと思います。
また、最近は厳しい先生に対して猛反発してこられる親御さんもいらっしゃるみたいですが、世の中には優しいことをいうけれど心が冷たい人(私もこちら寄りかもしれないので要反省)、厳しくて嫌なことを言うけれどハートが熱い人が居ます。子供のうちに心から心配して厳しく叱ってくれる大人に接することが出来ないのは不幸なことだと思うのです(もちろん暴言暴力は駄目ですが)。
勉強が好きな子は勉強と適度な運動、体力に自信がある子は鍛えまくって体力を活かせる土木関係のお仕事(近年は海外ではこちらの方が稼げるみたいですね)、各々が得意な分野で活躍し助け合えるように、子ども自身がまず秀でているところを認識する必要があると思います。
その1つの基準である通知表をサクッと無くしてしまって本当に大丈夫かな?と子育て終盤のオカンは心配しております。
あっ、そうだ!ニュースをチェックして、変な政策を推進する政治家は御役御免にしないといけませんね。頑張れ世のお母さん、お父さん。稼ぐのに忙しいけれども、選挙には必ず行きましょう〜🏋️