
おはようございます。雨天ですね。散歩にも行けないので、本日は ついつい二度寝してしまいました。
昨日はお昼ごはんにパン屋さんの ごぼう明太パンを戴きました。ごぼう、明太子、ごま、どれも私の大好物なので「作ってくれてありがとう!」と思いながら頬張っています。
過去のいじめのお話を書いていて、苛められっ子を助ける側に回った良い人みたいに書いていましたが、実際はそんなことはなかったのです。
今ならしませんが、子供の頃、数回、面白半分で仲間はずれに参加してしまったことがあります。
華奢で声も背も小さい俯きがちな女の子が小3か小4の頃に転校してきました。Мちゃんとしておきます。今でも下の名前は覚えています。
どういう経緯でそうなったか覚えていないのですが、部活内で鬼ごっこをした時にМちゃんだけ毎回鬼になっているときがありました。自分も面白がって逃げました。
大人しかったので仲間はずれになっても、悲しそうに笑っているだけでした。
転校生によくあるパターンですが、「あの子を無視しよう」という雰囲気になり、みんなで無視しはじめました。
Мちゃんは私にだけ話しかけてくるようになり、さすがに自分は可哀想に思い普通に話していました。
しばらくすると、お父さんが転勤族だからか、またМちゃんは転校していくことになりました。最終日、元気のない顔だけど、笑顔を作りながら「バイバイ」と私に手を振ってくれました。
その時にМちゃんのお父さんが私にお手紙を渡してくれました。家に帰ってからこっそり封を開けると「◯◯ちゃん(私のことです)のおかげでМは学校に行くことができました。本当にありがとう」という内容だったと思います。
Мちゃんのお父さんは感謝してくれたけれども、私は苛めに参加したことがある。モヤモヤした心持ちになり、手紙をどこかにしまい込み、二度と読まなかったと思います。
一度しか読んでいないのに、今でもその手紙のことを思い出し、穴があったら入りたいような恥ずかしい気持ちになります。
もし今、苛められている子が居たら、一度も人を虐めたことのない子が居たら、大きな勲章をあげたいです。凄く立派なことなんですよ。そして、人にされて嫌だったことをこれからも出来ればして欲しくないなと思います。
大人になるにつれて、また自分の子供を育てる時間が長くなるにつれて、苛めに参加した罪悪感とか恥じ入る気持ちはどんどん大きくなります(そうでない人は人として終わっていると思います)。
弱いものいじめは自分の良心が許してくれないのだと思います。私は一生忘れられないです。
苛めを「だめだよ!」と止める勇気がなくても、主導している人を無視するという抵抗の仕方もあります。苛められっ子みんなで言うことを聞かないようにするのはどうでしょう。
何とか苛めがなくならないかなと、おばさんは悲しいニュースを目にする度に考えています。暴力沙汰とか誹謗中傷は犯罪なので、病院に行って診断書をもらうとか、毎回言われたこと、やられたことをメモをして親子で無料の弁護士の方や警察に相談に行く必要があると思います。
↓昨日は鳩の日だったので鳩サブレーをお取り寄せしました。
