わたしはやなやつ。あなたはいいやつ。 | 恋は二度目のアネモネ

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自分の人生に影響を及ぼしたものって
いろいろあると思うんだけど、
わたしの土台には、
澁澤龍彦の快楽主義の哲学が大きく影響しているなって思う。
これは二十歳のとき、アイスクリーム屋さんでアルバイトしていたときに
アルバイト先の書痴の先輩が貸して下さった。
書物から受ける影響の種類や度合いって、
それを読む時期も大きく関係してると思うのだけど、
二十代になったばかりの、まだハートもやわらかくて形もぐにゃりとしていた頃に読んだその本は、
わたしの三日月の棘を鋭くきれいに磨いてくれたのだった。

今、はじめてその本を読んだのだとしたらどうかな。
10年後に『自分の土台になってる』って言えるくらい、
今でも影響されるだろうか。

後にその書痴の先輩から愛の告白を受けてそれを受け流すも、
その後わたしと彼の関係はアイスクリーム屋さんのアルバイトを辞めてからも、
書という繋がりをもって、細く長く続いたのだった。
そして長い間お借りしていた快楽主義の哲学は、
そんなに気にいったのなら、と彼はわたしに譲って下さったのだ。
なつかしいなー
彼は元気にしているだろうか。

大人になると、どうしても感性とか価値観も凝り固まってきて、多方面に分散しなくなってくる。
それって信念とかポリシーとかとも呼べなくはないけど、
要は頭かたくなって、視界が狭まってるってことなんだ。
そうなってくると、
自分の琴線に一度触れたことのあるものの近くでしか生活しなくなって、
新しい考え方とか楽しみ方とかを受け入れる器もどんどん小さくなっていくんだ。
果敢に冒険して嫌な目にも遭いながらも自分の好きなものを見つけに行くより、これまでに見つけた好きなものたちの中にいるほうが安心安全確実だから。

だからこそ、
ハートの形が自由に変えられるうちにできるだけ多面体にしておかないと、
固まってどんどん難しくなる。
頭と体と心はちゃんと繋がってるから、
つるつるの平べったい感性では、
幸福も快楽も哀しみも常識も表面的にしか捉えられないんだ。
だから地球が丸いってこととかだって、
平べったい世界に生きてる人にとってはただの情報でしかないよね。
ぺらりとした月には本当は見えない裏側があることだってさ。


 彼女が通り一編の常識 というものを強く信じていて、それだけが正しいと思いながら、その上に立ってしか物事を見ることができないのは、
若いときにいろいろ興味をもって世の中を見てこなかったから。
本をまったく読まなかったから。
自分とよく似た人としか付き合ってこなかったからだよって思うんだ。

この世にはあらゆる意見があって、
ひとつの物事の中にもあらゆる方向があって、
角度がさまざまあれば考え方だってさまざまなんだ、ってことも、知らないよね。
自分は平べったくてそんなこと考えて生きてこなかったんだから知ってるわけないよねそんなもん。
馬鹿にしてごめんなさい。
わたしだって人を馬鹿にできるような人間ではないのだ。
ただ毒づきたいだけ。
毒づくのはいいよね。すっとする。
わたしにとっては文章を書くというこれがデトックスなんだきっと。


どうでもいいけど、
おこづかい  を  おこずかい
って書く人が大嫌いだ。

誤字も脱字もギャル文字だって、
わざと書くならいいの。
それはその人の主張だから。
頭悪そうに見えたって、それをわざとやるなら構わないし何をしたって自由だって思う。

けど、おこずかい   は。
やだちょっとちょっと。
何度もいうけどわざとならいいの。
けどたぶん恐らくわざとじゃないし。
難しい言葉とかややこしい言葉を間違えたり、うっかりな表記間違いなんかはイライラしないんだけど、
おこずかい、は別だ。
おこずかい だけはすごくイライラする。

それだって、本当に阿呆な人が間違えるんだったらそこまでイライラもしないんだ。
問題は、自分は阿呆じゃないと思って暮らしてて、子どもとか育てたりもしてて、ネットの掲示板かなんかで偉そうに意見したりしてる人が書く おこずかい  なのです。
ドカーーーーン!!!

気にせず平気で間違えちゃうその無頓着さ、無神経さ、下品さ、教養のなさ。
きらい ! 大嫌い !
浮気や不倫を繰り返す人より、
おこずかい って書いちゃう人のほうがやだ! 悪!

わたしは書きます。おこづかいと。
でも、でも。
おこずかい、の人よりきっと、
わたしのほうがうんと性格は悪いなって思います !


はー
デトックス。