昨日辺り母の日だったのに、もう世間は父の日商品の宣伝始まってますね……商魂たくましい。
この30年、猫侭さんに父の日は関係ないイベントです。
理由…
父はとっくの昔に他界しているから。
毎月の命日に祖母が何かかにか仏壇にお供えしたり、今日は命日だとか祥月命日だとかって言われて「あ~」みたいな。
私は保育園と高校・短大がキリスト教系だったので、信者じゃないクセに仏壇が苦手でした。
そのクセ、礼拝で決して「アーメン」言わず、献金もしない。
何となく仏壇や墓に父がいると思えないんです。
今もその気持ちは変わらないですが、故人を思い出したり、先祖を敬う事を形として伝える為には必要な道具だと思い、息子達と仏壇に手を合わせています。
そんな私の父の日は強いて言えば、心の中で父を思い出して「今年も元気に生きているよ」と語りかけるだけです。
思い出の中の父は既に私より年下なのですが、私が未熟なせいか未だに年上の男性のような気がします。
一方、のっちゃんにも30年程、父の日はなかったようです。こっちは生きているケド、絶縁中(>_<)
娘が生まれた時に、連絡入れたケド、返事はなかったようです。
家庭の事情で会う事はなくても、憎しみや恨みはお互いに持ちたくないな……と思います。
本人の口に出す言葉とは裏腹にのっちゃんからは父親に対する思慕と恨みが混じった想いが伝わってイタいです。
きょん太にはそんな思いはさせたくないので、彼の父親を否定しません。
別れるには別れるなりの理由があって、当時の私は彼の事を許せなかったです。でも彼には彼の事情もあるし、一緒に歩けなくても親と言う意味では同士だと勝手に思っています。
例え彼が再婚し、私ものっちゃんと正式に入籍しても、彼から養育費がストップしても、きょん太との面接を完全にストップしても、彼の中できょん太の存在を忘れて暮らすようになっても私の思いは変わりません。ただそう言う風に思っているだけですから。
話が逸れました。
そんな訳で、のっちゃんのパパさんに対する色々が整理されて恨みツラミが消える事を祈ってます。和解しなくても、自分の心に決着をつけるのは可能だと思っています
しょうがない。今年は30年ぶりに新米パパ君を祝ってやろうか!