こちらを先に読むと話がわかりやすいです。
家族が大変な時に、自分のことばかり心配している。
そんな自分を責めました。
大切な家族が苦しんでいるのに、何もできない。
そんな自分も責めました。
やがてその罪悪感は
家族を見張る行動に形を変えていきます。
朝、ちゃんと起きてこれるかどうか。
起きてこれたら表情から体調を推察する。
食欲があれば密かに喜び
テレビ番組を楽しんでいるようであれば
一緒になって楽し気に笑い
会話もプレッシャーにならないよう言葉を厳選する。
見守ってる(=見張ってる)ことを
絶対気づかれないように細心の注意を払い
なるべく笑顔でいつも通りにふるまって…
……
…。
毎日言動に一喜一憂しすぎて
身も心も完全にヘトヘトになってしまいました
それでも独り言でさえ
「疲れたよ~。ツラいよ~。」って言えなかったのは
「私がしっかりしないと!」という責任感と
「一番ツラいのは本人、それに比べたら私のツラさなんて。」という思いがあったから。
今思うと
“罪悪感から枝分かれした、自分を罰したい気持ち” も
あったような気がします 

つづく。