クラシック 珠玉の名盤たち
ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調
Ne-dutch
●聴き比べ(続き)
第11位:ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団 1958年
ワルターのエロイカと言えば、何と言っても第2楽章。ある意味ワルターらしくない沈痛な悲劇性を持たせているため、この楽章が時折り見せる二面性において、明確なコントラストが描写される。壊れそうで危うい終楽章は、ナポレオンの生涯を表すのにぴったりだ。
第12位:フェレンツ・フリッチャイ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年
テンポ、間の取り方、リズム感、重厚感、躍動感、深遠さ、そしてオケの技量、どれもが完璧で最もバランスのとれたエロイカと言えるであろう。評価が分かれるのは、あまりに優等生的な演奏で、個性が感じられないからであろうか。この曲そのものの持つ魅力を味わうには一番適したディスク。ただし、第4楽章に入ると、何かが弾け、優等生だったフリッチャイは豹変する。こんなにも心躍るエロイカのフィナーレを聴けるとは。さらに1950年代とは思えない上質な録音状態が花を添える。
第13位:カール・シューリヒト/フランス国立放送管弦楽団 1963年
シューリヒトのエロイカは、SP盤も含めると6種類あるそうだが、この盤は5番目のライヴ盤で、唯一のステレオ録音。ライナーノーツによると、演奏から25年後、フランスの新興レーベルから突如として発売され話題となったが、間もなくレーベルは消滅、買い逃したシューリヒト・ファンは、泣く泣く高額につり上がった中古盤を手に入れるか、海賊盤に手を出すしかなかったとのこと。僕はそんな事情を露とも知れずに、2012年に発売されたAltus盤をしれっと手に入れてしまった。歳を重ねるごとにテンポが遅くなる巨匠が多い中、シューリヒトのテンポ設定は不変で、この盤の演奏時間も6回中2番目の速さである。第4楽章の最後など、ところどころにメリハリの効いた配分にマエストロの才が感じられる。全曲を通して金管と木管の表情の深さは格別である。シューリヒトのエロイカをステレオ録音で聴けるありがたさを噛みしめながら47分の至福のひと時を過ごす。何という贅沢だろう。
第14位:カール・シューリヒト/パリ音楽院管弦楽団 1957年
やっぱりシューリヒトはカッコいいなぁ~。俗な言い方だが、こんな表現がぴったりな名演である。終始速めのテンポで爽快にキメる、シューリヒトこそ正真正銘の「英雄」であることを確信する。明るい色彩感で始まる第1楽章は、リズミカルでキレも抜群。第2楽章も巨匠の技が光る。感情を押し殺したように開始されるが、中盤にかけて徐々にヒートアップ。力強いフーガの後に、満を持して、トランペットが強奏する絶望のファンファーレが登場。そしてコーダは寂しそうにしんみりと終焉する。躍動感あふれるスケルツォもすばらしい。トリオのホルン三重奏のなんとすがすがしいことか。指揮者の個性が最も表れる終楽章は、第3変奏終わりのテンポの揺れ、表現力に富んだ第4変奏のフーガ、力強い第6変奏、劇的な第7変奏、颯爽と登場する第9変奏。圧巻の最終部は、ぐっとテンポを落としたところで絶妙のスタッカート。金管の音割れが気になる録音状態が悔やまれる。
第15位:アンドレ・クリュイタンス/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年
疾走するエロイカ。気品に満ち溢れるクリュイタンスの演奏を聴くと実に優雅な気分になる。明るい音色がベルリン・フィルらしくないなと思って調べてみたら、高音を強調したリマスタリングのせいだという記述があった。EMI France SAがフランス色を出そうとしたのか、フランス人だと自然とこうなるのか…
第16位:若杉弘/ケルン放送交響楽団 1977年
第1番同様、若杉がケルン放送響の常任指揮者になった年に演奏された。ケルンでのライヴ録音と紹介されることもあるが、正しくはデュッセルドルフのトーンハレでの演奏である。極めてオーソドックスな演奏で、丁寧な音作りは、若杉の真面目な性格が覗える。
第17位:ヘルベルト・ケーゲル/ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 1983年
おやっ、ケーゲルにしては珍しく爽やかな演奏だ。流れもスムーズで心地良いのだが、それがかえってシニカルな響きに感じられて面白い。第2楽章は、自身への鎮魂歌だろうか。やがて自国と自身に訪れる悲劇を予感しているかのような悲壮感に胸を打たれる。終楽章はケーゲルの面目躍如といったすばらしい演奏。
第18位:フランツ・コンヴィチニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1960年
第1楽章と第2楽章は、遅いテンポでしっかりとした足どりで進む。すべての音符に意味を持たせた丁寧なサウンド構築により、決して間延びさせることはない。第4楽章は一転、快速モードとなるが、最後は悠然と締めくくる。この曲の特長を活かしきったバランス感覚はさすがである。演奏スタイルもオケの技術も音色もヴィンテージものの名演を、クリアなステレオ録音で再現してくれて、まるで不思議な世界に迷い込んだようだ。
第19位:セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 1987年
チェリビダッケらしい堂々たる風格のエロイカ。タイムこそ57分11秒とジュリーニを下回るが(?)、第1楽章の繰り返しがあれば悠に1時間を超える世界記録的な遅さである。第1楽章の雄大さ、第2楽章の味わい深さは格別だが、何と言っても極めつけは終楽章。反チェリ派の人たちも、この楽章だけは聴いて欲しい。最初の主題提示の弦楽器が興味深い。ところで、ライナーノーツに「第6変奏のなつかしさ」と「第7変奏の壮大さ」に触れている箇所があり、一瞬、ん?となった。僕の数え方では、第8変奏と第9変奏。僕の大好きな第4変奏をカウントせずに経過部扱いするとは許せない(笑)。
第20位:ハンス・クナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年
冒頭の主和音2連打の間のとり方から、クナが提示する独特な世界観に惹き込まれる。第2楽章もクナでしか現すことのできない壮大なクレシェンドだ。スケルツォは、あまりの迫力に驚いていると、トリオの前で意表を突くゲネラルパウゼ。フィナーレも豪放磊落の極みで、クナッパーツブッシュの偉大さを再確認する名演だ。モノラル録音だが音質は申し分ない。輸入盤でありながら、読み応えのある宇野功芳氏の解説がついているのも嬉しい。唯一の難点は客席から怒涛のように押し寄せる咳の嵐。
第21位:オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団 1955年
クレンペラーのベートーヴェン交響曲全集は、3、5、7番が複数収録されていて聴き比べができるのがうれしい。この55年盤は59年盤よりさらにパワフルな演奏。やはり第2楽章と第4楽章がすばらしい。第2楽章は低弦のうねりが凄い。第4楽章の強弱のコントラストはさすがである。残念なのは、モノラル録音のため、折角の両翼配置の立体感が愉しめないこと。
第22位:アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団 1953年
弾けるような爆発音の2連打からして、トスカニーニの個性全開の強烈なエロイカ。ティンパニーの猛打、金管の咆哮、軋みあう弦楽器と、力感あふれるエネルギッシュな熱演に興奮する。第2楽章は、意外としっとりとしたカンタービレ(ティンパニーは相変わらずだが)。この演奏会のゲネプロで第2楽章の演奏を終えたとき、「もう一度、私のために」と言って、この葬送行進曲を再度演奏させたという。これが生涯最後のシーズンとなることをトスカニーニはわかっていたのであろう。
第23位:ニコラウス・アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団 1990年
アーノンクールの全集は、現代楽器を使用した当時の奏法によるものだが、トランペットだけはモダン・トランペットではなくナチュラル・トランペットを使用している。トランペットが重要な意味を持つ第3番を聴くと、この選択が正しかったことがわかる。ピリオド奏法の効果が如何なく発揮される第4楽章がすばらしい。
第24位:イーゴリ・マルケヴィチ/シンフォニー・オブ・エア 1956-57年
録音の悪さをものともせず、力強く開始される。第1楽章コーダのトランペットが面白い。第2楽章になると、モノラル録音に耳も慣れてきて、このオケの特徴である迫力ある演奏を自然に味わうことができる。テンポの速い第3楽章は爽快で、第4楽章はマルケヴィチの持つ即興性を活かした名演だ。ところで、あまり聞き慣れない名前のシンフォニー・オブ・ジ・エアについて。トスカニーニ引退後、親会社に見捨てられたNBC交響楽団の団員が組織した自主オーケストラで、戦後初めて来日した海外オーケストラとしても、その名を刻んでいる。来日コンサートは、トスカニーニに鍛えられた名手揃いのオケによる大迫力の演奏に皆が驚いたが、指揮者が二流だったこともあり、かなり粗さが目立つ演奏だったようだ。演奏中、団員は指揮者を見ておらず、そのことを不思議に思ったN響の団員が尋ねると、「あいつが誰であろうと知ったことではない」という答えが返ってきたとのこと。
第25位:フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ 2011年
これはもう別の曲と言って良いであろう。古楽器の持つ、何とも言えない風合いが郷愁を誘う。ピリオド奏法の特徴を発揮した第2楽章は、現代人の感覚からは違和感を覚えるが、これが本来の姿だと思うと感動もひとしおだ。ブリュッヘンが1981年に18世紀オーケストラを設立したとき、ベートーヴェンは視野に入っていなかったという。確かにベートーヴェンは19世紀の偉人だが、当時の人々に衝撃を与えたエロイカの初演の様子をこうして疑似体験できることに大感謝。