クラシック 珠玉の名盤たち

  ベートーヴェン:交響曲第1番 ハ長調

Ne-dutch

第1番の完成は1800年、ベートーヴェンが28歳の時の作品で、まさに2つの世紀の橋渡し的な存在の曲となった。ボンからウィーンに旅立つとき、パトロンの一人ヴァルトシュタイン伯爵から「ハイドンからモーツァルトの精神を受け取るように」という言葉をもらったベートーヴェンは、多忙だったハイドンから直接指導を受けることはほとんどなかったものの、モーツァルトの作品の研究には熱心に取り組んだ。この曲の第1楽章はモーツァルトの第41番を、第2楽章は第40番を連想させるように、モーツァルトの交響曲を意識しているのは明らかだ。しかし、よく聴いてみると、ベートーヴェンの強固な意思を感じさせる曲であることがわかる。第1番の冒頭、最初に聴いたときに違和感を覚えた人は多かったのではないだろうか。主調のハ長調ではなく、下属調のヘ長調の和音(属七和音)で開始する。モーツァルトなら、こんなことは絶対にしない。第3楽章は、表示こそメヌエットだが、紛れもなくスケルツォだ。そして第4楽章の序奏から主部への展開手法は第九の第1楽章を思わせる。
1800年4月、ウィーンのブルク劇場での初演は、ベートーヴェン自身の指揮で、ピアノ協奏曲第1番と七重奏曲も披露された。当時としては珍しい完全二管編成(オーボエ、クラリネット、フルート、ファゴット、ホルン、トランペットがすべて2つずつ)による演奏は、「軍楽隊の音楽」と言われ、大きな評判となった。

● 聴き比べ
第1位:ヨーゼフ・カイルベルト/バンベルク交響楽団 1958年
冒頭のピチカートを何と表現したら良いものか。これほど色彩あふれる華やかで楽しげな音色はこれまで聴いたことがない。幸福感に包まれた第1番にふさわしい響きである。第2、第3楽章もすばらしいが、第4楽章の冒頭の一音も第1楽章同様、心がときめく。そして何より1958年の録音とは思えないほど状態が良い。

第2位:カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年
室内楽的な序奏から躍動感あふれる第1主題の出現、ベームの操るウィーンフィルの輝かしい音色にはため息が出る。特に木管の使い方の巧さが光る。完全二管編成の特長を良く表している。まさに非の打ち所がない名演である。

第3位:アンドレ・クリュイタンス/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年
ベルリン・フィルの硬派なサウンドを存分に活かしきった格調高い名演。やっぱりクリュイタンスのベートーヴェンはいいなぁとしみじみと感じ入る。これが本当に1950年代の録音なのかと驚くほど明瞭な音質で感無量になる。

第4位:アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団 1951年
1949〜1953年に録音された全集の中で最も優れているという声もあるのが、この第1番。快速テンポながら豊潤な香り漂う不思議な演奏だ。モノラル録音にもかかわらず驚異的な音質の良さも嬉しい。トスカニーニの頭上に吊るされた集音マイクにより、指揮者と同じように僕たちに極上のサウンドを届けてくれる。

第5位:ルドルフ・ケンペ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年
何というみずみずしさだろう。第1番のすばらしさを熟知したケンペならではの演奏である。ケンペは正統的ドイツ音楽の体現者だが、ここでいう正統的とは当時のスタイルという意味ではなく、ベートーヴェン以降2世紀にわたって積み上げてきたドイツ的演奏スタイルの集大成を味わうことができる。特に第4楽章がすばらしい。これだけ意味を持たせた序奏部は聴いたことがなく、最後まで、躍動感と安定感の調和のもと、音楽の愉しさを感じさせてくれる。

第6位:オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団 1957年
クレンペラーならではの重厚感あふれる格調の高い第1番。第1楽章と第4楽章のすばらしさは、言わずもがな。特筆すべきは中間2楽章。これほど深みのある第2楽章は聴いたことがない。大抵の指揮者は第3楽章をスケルツォとして演奏するが、クレンペラーはメヌエットの表示どおり悠然とタクトを振る。なるほど本来のテンポはこのくらいなのだろう。主部とトリオが統一感のとれた自然な流れで奏でられる。録音も1957年とは思えない奇跡的な状態で価値の高い名盤である。

第7位:朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団 1996年
序奏がすばらしい。間のとり方は、大フィルが朝比奈に寄せる絶対的な信頼感がないと成り立たない。危うさを孕んだ序奏の後、主部に入っても堂々としたテンポは変わらない。そしてティンパニーの大号令で開始されるフィナーレ楽章、終始、重厚感に満ち溢れた名演だ。

第8位:ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団 1964年
究極の美演と言える第1番。まるで魔法にかかったようにチャーミングな演奏に参ってしまう。ロマンティシズムとは無縁の機械的な演奏だからこそ、均整のとれた美しさが際立つのであろう。どの楽章もすばらしいが、ゆったりと丁寧に奏でられる第2楽章は、このまま永遠に浸っていたいと思うほど。

第9位:フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ 2011年
古楽器による古楽奏法は初期の交響曲ほどよく合うが、18世紀最後の年に書かれたこの曲にぴったりの演奏だ。全体的に打楽器の使い方が効果的で、特に第2楽章では、ハッとさせられる。第3楽章の金管の奏法も面白い。第1番がこんなにも愉しい曲だったのかと再確認する。

第10位:若杉弘/ケルン放送交響楽団 1977年
1977年、若杉はケルン放送交響楽団の常任指揮者に就任する。まさに名刺がわりとなったこの演奏に、ケルン市民はさぞ驚いたことであろう。初期の作品とは思えないスケールの大きい演奏でありながら、音のバランスが絶妙で若杉の几帳面な性格がよく現れた美演である。ライヴ録音とは思えないほど聴衆は静かで、若杉の音作りに感心している様が覗える。
to be continued