クラシック  珠玉の名盤たち

  ブルックナー:交響曲全集

Ne-dutch


● ブルックナーの交響曲について
ブルックナーの生家のあるリンツ郊外アンスフェルデンから聖フローリアン修道院までの道は「Anton Bruckner Symphonie Wanderweg(交響曲の道)」と呼ばれている。教師のかたわらオルガニスト兼ヴァイオリニストであった父親、声楽家の母親のもと、アントン・ブルックナーは幼い頃から音楽の才能を発揮していたが、アントンが12歳の時に父が亡くなり、生活は一変する。母親に連れられ、寄宿生となるべく修道院まで約4時間かけて歩いたこの道、「交響曲の」という言葉が冠せられることからわかるように、ブルックナーは交響曲作曲家として広く認識されることになる。聖フローリアン修道院、そしてリンツ大聖堂と、長く教会でオルガン奏者をしていたことの影響により、ブルックナーの交響曲は、どの曲もオルガンを思わせる壮麗な響きがあり、神秘的で宇宙的な宗教性を持っている。早過ぎる父親の死がなければ、ブルックナーは違ったタイプの作曲家になっていたかも知れない。よく「ブルックナーは同じ交響曲を9回書いた」と言われるが、ブルックナーの交響曲には共通した特徴がある。原始霧と呼ばれるトレモロで始まる「ブルックナー開始」、ほとんどすべての楽器で同じメロディーを奏でる「ブルックナーユニゾン」、全休止で楽想を一変させる「ブルックナー休止」、2・3、3・2のリズムを執拗に繰り返す「ブルックナーリズム」である。また、第1楽章と第4楽章に主題を3つ用意すること、中間2楽章はアダージョとスケルツォであることなど自分でルールを作り、かたくなに守っているかのようである。また、ブルックナーは研究熱心で、人から言われたことを素直に受け入れる性格であることから、完成した交響曲を改訂することでも有名で、さらに弟子たちが勝手に改訂することも多く、どの曲もいくつかの稿や版が存在する。一般的に自身で改訂したものを稿(リンツ稿、1873年稿など)、他人が改訂や校訂したものを版(改訂版、ハース版など)と言って区別する。稿や版の数だけ曲があると言ってもよく、これがブルックナーの交響曲の大きな魅力にもなっている。どの稿や版を選ぶかは指揮者の判断となるが、曲それぞれに稿や版の良さが異なるので、ブルックナーの交響曲全集の場合、優劣をつけるのは困難。この全集を持っていれば大丈夫というわけにはいかない。また、初期の作品は指揮するのが難しいせいか、著名なマエストロでもブルックナーの交響曲全集を完成させた例は意外に少ない。このような事情があるのだが、お薦めの全集を録音年代順に挙げておく。

● 珠玉の全集
オイゲン・ヨッフム/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (1、4、7、8、9番)、バイエルン放送交響楽団(2、3、5、6番)1958-1967年
真のブルックナー指揮者と言えるのは、朝比奈、ヴァント、ヨッフムの3巨匠であろう。ヨッフムは全集を2つ完成させているが、どの曲も、この旧盤の方がクオリティが高い。

オイゲン・ヨッフム/ドレスデン国立歌劇場管弦楽団 1975-1980年
旧盤のオケは、ベルリン・フィルとバイエルン放送響であったが、新盤はすべてシュターツカペレ・ドレスデン。活力あふれる旧盤には及ばないが、さすがにシュターツカペレ・ドレスデンの音は美しい。

リッカルド・シャイー/ベルリン放送交響楽団(1、3、7番)、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(2、4、5、6、8、9番) 1984-1999年
貴重な第1番ウィーン稿目当てで購入したのだが、どの曲もすばらしい演奏で、思わぬ拾い物をした感じ。このようなすばらしい全集が6,000円程度で手に入って良いものだろうか。同じイタリア人指揮者ということもあり、どことなくジュリーニに似た演奏で、ジュリーニ盤を補う意味でも存在感がある全集。

朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団 1992-1995年
朝比奈は、1970年代にJan Jan盤、1980年代にVictor盤、1990年代にCanyon盤と3種類の全集を遺している。Jan Jan盤とCanyon盤は大フィルだが、Victor盤は大フィル、日本フィル、新日本フィル、都響、東響と振り分けている。僕が持っているのは最も評価の高い Canyon盤で、大フィルが一番輝いていた時代の名演の詰まった優れもの。版へのこだわりがあまりなく、手に入りやすい版を使用するという職人気質が覗える朝比奈らしい演奏。

ゲオルグ・ティントナー/ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(1、3、4、5、7、9番)、アイルランド国立交響楽団(2、8番)、ニュージーランド交響楽団(6番) 1995-1998年
初稿にこだわるティントナーは、第1、2、3、8番で第1稿を選んでいるのだが、なぜか第4番は第2稿。確かに第4番の第1稿は出来が悪いが、それを言ったら第8番も同じだし、今となってはこの理由はわからない。ブルックナー演奏に最適なヴァイオリンの両翼配置が特徴的。

若杉弘/NHK交響楽団 1996-1998年
前述のように、ブルックナーの交響曲は稿や版の相違が大きく、また、同じ指揮者でも曲によって得手不得手があるため、全集としての優劣はつけにくい。しかし、間違いなく言えるのは若杉のこの全集が、ブルックナー交響曲全集のベスト盤だということだ。朝比奈でさえ、第1番、第2番を振るのは難しいと語っていたのだが、若杉はどの曲も苦手意識を感じさせることがない。卒なくこなしている印象を受けるが、スマートな指揮ぶりとは対称的に気迫のこもった魂を揺さぶる凄演に感動が止まらない。すべてノヴァーク版で、オケもホールも同じ、録音時期も集中しており、全集としての価値も高い。