図書館本。
【どうしてわたしはあの子じゃないの】寺地はるなさん。
とある田舎のさらに僻地に住む中学生3人。
藤生(ふじお)![]()
天(てん)![]()
ミナ![]()
仲良しグループ(?)で行動を共にする。
村の神事の「浮立」の踊りの練習にも通っている。いやいやだけどw
藤生は天に想いを寄せ、
ミナは藤生に想いを寄せ、
天は藤生の気持ちにはまったく気づいてなく
都会への憧れを持っている。将来は小説家になりたい、都会で。
田舎のさらに僻地に暮らしていると
わけがわからないくらい偏った考えが存在している。
親にたてついたと言われては暴力を振るわれたり、
名士といわれる家の人には、へこへこと言うなりの大人たち。
男尊女卑は当たり前。
天はそんな田舎暮らしにうんざりしている。
都会からのIターンで五十嵐という青年が村で暮らすようになる。
天は都会人の五十嵐に興味津々。恋愛感情はないけれど、あれこれと都会での話をききたく
五十嵐にべったり。
それに対し、藤生は面白くなく、ミナも恋心は一方通行のままで。
近隣の地方都市で中学生の女子が殺される事件が立て続けおこる。
この村にも表れるのではないか、と緊張が走る。
あるとき、ひとりで帰宅途中のミナが見知らぬ男性に声をかけられ
クルマに連れ込まれそうになる。偶然、五十嵐が通りかかり事なきを得たが。
怖い思いをしたミナだけど、村に大人たちは
「スカートを履いているからだ」とか、こちらに非があるように言う。
他の作品に比べて、ざわざわ感があった。
3人は、20歳の互いにあてた手紙を書く。
タイムカプセルのようなもの。手紙はミナが缶に入れて保管。
途中、交流は途絶えていたが、30歳になって
再会することになる。
手紙をよみ、当時の思いを知る。
中学生の頃に
憧れ、嫉妬、妬み、もどかしさが描かれた作品。
どんなに自分がずるくても、
自分の代わりは誰も慣れないし、憧れている誰かにも自分はなれない。
自分は自分であればいいと、
優しく諭してくれる、友人や周りの大人がいることは
幸せなことだな。
若いころの青臭さと、
うっそうとした神社の苔蒸した匂いがする
作品でしたw
