“ひとは生まれ変われるのだろうか…”
リングの上に飛び散る汗 二匹の獣が絡みあっている 格闘技はスポーツだ、喧嘩とは違う しかし、彼女たちの基本はたいまんであり、正々堂々と戦っていればルールにとらわれることはない 要するに、レフェリーは必要ないということだ
「センター、腕をあげたな たいまんだったら勝てそうにもないぜ(笑)」
チョウコクがセンターの体を固めた
「ありがとうごさいます しかし、マジきついんっすけど ギブアップしていいですか」
「あははは、わりぃわりぃ」
センターの体を離すと、チョウコクはリングの真ん中で胡坐をかいた
「先輩はやっぱ強いっす レナ、いやゲキカラと戦っても強いなんて思わないっすけど、先輩は強いし、疾い 動きについていけないっす」
「そうか(笑) 一応プロだからなあ ところでセンター、今日来てもらったのは、ちょっと聞きたいことがあってなあ」
「えっ、なんっすか?」
「実はマエダっていう奴のことだ てめえ、マエダとやりに、三年の教室に乗り込んだんだってなあ 新入りの様子を見させるために、ゲキカラをやったらセンターが暴れてたって」
「そうっすか… ラッパッパが動き出したんですね 自分もあんまり知らないんですよ 名古屋にいるとき、あの人はみなみっていうのとふたりで暴れてました 高校ではセンターって呼ばれてて、一年で番はってましたよ ただ、そのみなみってのが死んだらしいんっすよ、マエダの身代わりになって それでマエダが狂ったって 突然、名古屋から姿を消したんですが、サツにぱくられたっていう噂でした だから、奴を校庭で見かけたときは目を疑いましたよ 眼鏡なんかかけてるし、人違いかと しかし、目が合ったんっすよ 奴の目でした、遠くを見る目 虚ろで、儚げで、そして妖気をはらんでいる…」
この学校でわたしを恐れていないのはこいつだけかもしれない 学ランでさへ、わたしの前では神経が張り詰めているのに、こいつは自然体だ なんの隔たりもなく、わたしの傍らにいる それでいて、存在感はまったくない だから、素人には彼女の恐ろしさがわかるまい ただの綺麗なお姉さんだ こいつは忍びだな、かなり使い手の
「おたべよ、てめえはマエダのことをよく知ってるのか 奴はかなりやっかいな奴みてえだ 中坊のときは、サドのチームでセンターはってたんだとよ だから、シブヤとも絡みがある」
「マエダですか… そうどすなぁ… うちが中学生の頃、あのひとは名古屋で暴れてはったみたいどす うちは、京都、大阪、神戸のワルが集まる三都連合の頭として、東海地方で売り出し中のSKEに遠征したんどす SKEの頭はカツオってひとで、凶暴そうな顔のわりには穏やかな性格で、うちも血は好まんので友好条約を結ぶことになったんどす ところが、いきなりマエダとみなみが2人で喧嘩売ってきたんどす SKEの子らは勇敢やったなぁ そのときは大阪の追出夜叉の頭になったタコヤキ、いやユカもいっしょで、あいつらと戦いました めちゃくちゃ強おましたなぁ」
「てめえはユカを知ってるのか 世間は狭いなあ」
「あの子は東京のチームK出身、チョウコクはんやユウコはんがいてはったチームなんどすなあ うちはあの子の薦めでここに来たんどす ここなら生きてることを実感できるんとちゃうかぁ言うさかい(笑)」
「そうだったのか… 不思議だったんだよ、てめえのような普通?のお嬢さんがどうしてこんなところに来たのかがなあ だから、ラッパッパに入部を申し入れに来たときゃ目ん玉ひっくり返ったが、てめえの気に押されてなあ そうか、てめえも修羅場を歩んできたんだ」
「修羅場どすかあ… まあ、生きてる実感はおませんでしたなあ うちにもいろんな事情がおますんや(笑)」
敦子、起きろよ 何やってるんだ 起きろよ てめえ、俺との約束を忘れたのか ちゃんと勉強して介護士になれよ それからミナミのことはどうなった あいつには俺の二の舞になって欲しくないんだ まっとうな人生を送ってもらいたいんだ
「みなみ、みなみ、みなみぃぃぃ…」
マエダは、名古屋でみなみに出会った 初めて見たときは、チームAのキャプテンをしていたミナミかと見間違うくらいだった 顔が似ているからというわけでもないのだろうが、ふたりは初対面から気が合った マエダは家庭の崩壊から自暴自棄になり、生きている意味を見いだせなくなっていた “前田敦子は東京で死んだんだ…” ところが、みなみはそんなマエダを生き返らせてくれた 彼女といる世界では、すべてのものが輝いて見えた 飛び散る血飛沫はまるでルビーのようだった マエダは、みなみといるときだけ、生きている自分を実感できた だから、みなみが死んだとき、自殺しようと街を彷徨った ナンパしてきたチンピラを何人か半殺しにし、気が付けば鉄格子の中にいた まさに生きる屍だった 食べることを拒絶し、みなみのことだけを考えて過ごしていた そんなある日、車椅子の老婦人が面会に訪れた みなみが世話になった施設の例の職員さんで、マエダの身を案
じて探してくれたのだという 彼女は、みなみの親代わりともいえる人物で、マエダも面識はあった 彼女は、みなみからの手紙をマエダに手渡した そこには、マエダのことがたくさん書かれていた 彼女が話すには、みなみはマエダと出会うまで、独り荒れ狂って、悪さばかりしていた ところが、弱い者虐めをしなくなり、スポーツのように喧嘩を楽しむようになったのだそうだ
「たいまんっていうんですよねえ みなみはいつも“敦子と喧嘩してきたよ 今日のたいまんは最高だった 最後は相手と握手して別れた”って痣だらけの顔で笑ってましたよ」
みなみは、孤児院で育ったっていうだけで、いわれのない差別を受け続けてきたのだった 不良たちの中でさへ平等には扱ってもらえなかった 信じられるのは自分の力だけ 弱い者虐めするのは、弱い方が悪いからだと勝手な理屈をつけていた そんな時、自分をまったく普通に扱ってくれるマエダに出会った 弱い者を虐めても疲れるだけだろ それに後味が悪くないか やるなら自分より強そうな奴とだ そしたら、自分が一番強いことがわかるだろ みなみの前に新しい世界が広がった 暴力は必ずしも悪いものばかりではない 生きてることを実感するためだけに喧嘩をしよう…
そんなとき、彼女が脳梗塞で倒れ、重い後遺症が残った みなみは一生懸命介護した 体力には自信があったが、介護士さんたちの熱意には驚かされるばかりだった
「敦子、介護士さんって凄いんだぞ こんな小さなおばさんがよお、大きな患者を車椅子に移すんだ 俺も手伝ってみたが、勝てねえよ それに患者のおじいちゃん、おばあちゃんは俺を差別しねえ 介護士のひとたちも優しく教えてくれるんだ 学校じゃあよう、馬鹿だのちょんだの言われ続けてきたが、あそこじゃ患者さんが教科書なんだ こうすりゃこうなるって順序だてて教えてくれて、できるまで何回も繰り返す ひとの命がかかってるからなあ 学校の教科書はわからなければ捨てちゃうけどよお、患者さんは捨てられやしねえ 俺を頼ってくれてるんだぜ
マエダは目を輝かせるみなみに自分を重ねていた ひとは変われるんだ みなみと一緒にやり直そう 暖かい血が体中を駆け巡るのが実感できた 喧嘩しなくても、生きてることが実感できた マエダはみなみに負けないように勉強した ところが、マエダがボランティアで県外の施設に出かけている間に悲劇が起きた 帰ってきた敦子を待っていたのは警察の車 みなみがリンチを受けて危篤であるという 病院に着いたとき、ミナミは辛うじて意識があった マエダの手を握りしめ、介護士の勉強を頑張るように念を押した それから、東京に双子の妹のミナミがいるから面倒みてやって欲しいという 最期の言葉は“敦子と出会えて生まれ変われた わたしのぶんまで幸せになって欲しい”だった 冷たくなったみなみの傍らで朝まで泣いた そしてそれ以後、名古屋でマエダを姿を見たものはいなかった


