“過去と未来”
名古屋で新幹線を降り、タクシーに乗って向かった先は老人ホームであった 気付かれないように尾行を続けると、マエダは二階の個室に入っていった ドアは開きっぱなしにしてあるみたいで、外から中の様子がうかがえる マエダは、ベッドに拘束された老婦人に話し掛けているようだった 拘束されているということは、認知症患者ってことである いったい誰なのだろうか
「マリコじゃない こんなところでいったい何してるの?」
マエダがきょとんとした目をしている
「い、いや、偶然見かけたんでついてきてしまったんだ 悪気はなかった」
苦しい言い訳をした
しかしマエダは怪訝な顔ひとつせず
「奇遇だね、こんなところで会うなんて 入っておいでよ、紹介するから」
と微笑んだ
マエダは父親の仕事の関係で、中学3年のときに名古屋に引っ越してきて、みなみと親友になった しかし、高校1年の秋にマエダをかばって、みなみが亡くなってしまった みなみは幼いときに両親を亡くし、施設で育ったのだそうだ 彼女は、その施設の職員で、いわばみなみの親代わりのようなひとだということだった
「認知症が急激にすすんじゃって、わたしのこともわかったり、わからなかったり ただ、みなみの話をすると正気に戻るんだよ だから、週末はここに来て、みなみの話をするんだ」
「敦子が変わった理由がわかったよ」
サドも優しく微笑んだ
「敦子ちゃん、お友達? まなみにも紹介しなくちゃ あの子ったら、どこに行ったのかしら」
「まなみっていうのはみなみの本当の名前なんだ みなみは双子で、妹の名前がミナミなんだって わたしはずっとみなみが本名だと思ってたんだけどね みなみは、妹が大好きだったんで、自分のことをみなみって呼ぶようになったんだって」
サドは何気なく枕元に置いてあるフォトフレームに目をやった そこには、チームAのキャプテンだったミナミが微笑んでいた
「あ、敦子、もしかしてミナミっていうのは…」
「わからない でも、そっくりだったからねえ 初めて会ったときは、ミナミだと思ったもん それでさあ、その妹のミナミさんが馬路須加女子学園にいるっていうから、わたしも入ったんだよ」
そういうわけだったのか…ものごとには必ず理由が存在する まったく関係なさそうに見えたり、偶然のように感じたりしても、大概はそうなる理由というものが存在するのだ
「それで、ミナミに会ってどうするつもりなんだ?」
「わからない… ただ、みなみに頼まれたから、会わなきゃって思った わたしは、いっしょに介護士の勉強したいと思ってるけど、こればっかはミナミの問題だから さあ、そろそろ帰ろうかなあ… マリコはどうする?」
「わたしも帰る 用事はとうにすんだんだ」
「じゃあ、いっしょに帰ろ 看護学校の話とか聞かせて欲しい あら、寝ちゃってる みなみの話をすると、いつも満足そうな顔して寝ちゃうの なんで、拘束なんてするんだろ こんなにおとなしいのにね」
マエダは老婦人の頭を愛しそうに撫でた
「1990年代前半にイギリスの偉い先生がパーソンセンタードケアっていう方法を考え出したんだって 認知症の患者さんって暴れたりするでしょっ 危ないっていう理由で拘束しちゃうんだよね でも、そんなことを患者さんが望んでるはずないじゃん パーソンセンタードケアっていうのは、ひとを中心においたケアってことなんだって 暴れるっていうのは介護してる側の受け止め方で、患者さんは何かを訴えたいのかもしれないし…」
熱く語るマエダに、サドは自分を重ねていた 昔のわたしを知る人間は、今のわたしをどんなふうに見るのだろうか 不思議なんだろうなあ 病院送りにしてきたわたしが、病院で働くなんて
「それじゃあ、患者さんが暴れたときはどうするんだ?」
マエダは嬉しそうな顔をした
「そこなんだよ そりゃ抑えつけるかもしれない でも、意味もなく暴れるかなぁ 絶対に、意味があるんだよ だから、観察するの 話し合うのよ」
「そうか… 認知症の患者さんと話し合うっていうのは面白いな」
サドは泣いていた なぜかとても嬉しかった ミナミ、敦子と勉強しろよ 新しい未来が拓けるかもしれねえぜ…


