矢場久根女子商業に平穏な日々が戻ってきた しかし、ミナミは側近十名あまりとともに行方知れず まだ、安心はできなかった ミナミの目的が姉の復讐なのだとしたら、今度は名古屋に現れる可能性もある そうなれば泥沼化は避けられない なんとかして、ミナミの憎しみを中和させることはできないのだろうか カツオはユウコに意見を求めた
「難しいよなあ 自分の身に置き換えても、復讐しようと考えるかもしれねえ もう誠意を尽くすしかねえんじゃねえかなあ」
ユウコは身につまされる思いだった 部下がひとを殺してしまったとする その場合、自分は関係ないなんて言えない 抗争の責任はトップにあるのだから 要するに、ミナミの姉を殺した責任はカツオにもあるということだ 俺もカツオも責任逃れする気など毛頭ない 死ねと言われりゃ死ぬだろ しかし、それでは罪を認めることになるのである マエダとミナミの姉は、SKEをたびたび攻撃していたらしい ある意味、虐めに近いものがあったのかもしれない すなわち、SKE側から言わせれば、悪いのはマエダたちなのである 殺してしまったのは申し訳ないが、それはあくまで過失で、SKE側は報復したに過ぎない こうなると際限がない ミナミにやられたチュリたちがこのまま黙っているだろうか…
「誠意ですか… 確かに墓参りもしてないですからねえ 自分は、ミナミが責めてきても抵抗しないつもりです しかし奴は、再びチュリたちを狙うかもしれない 彼女たちはまったく関係ないんですよ どうしたらいいですかねえ」
カツオが頭を抱え込んだ
ユウコは目を瞑った 答えなど見つかるはずがない 大きな溜息をひとつ吐くと、ぽつりと呟いた
「マエダに話してもらうしかねえか…」
カツオはみなみの墓に向かって手を合わせた
「みなみさん、許してくれ マエダさんから詳しい話を聞いたよ あの時、てめえが抵抗しなかった理由をもっと考えればよかったんだ」
ユウコが語るところによると、マエダはみなみの魂を弔うかのように介護士の勉強をしているという みなみは自分の命と引き換えにして、マエダを生まれ変わらせたのではないだろうか
墓の掃除を終えたマエダが、穏やか顔で話し掛けた これが、あのマエダアツコなのか…カツオはSKE相手に暴れていた時のマエダの恐ろしさを思い出していた
「悪いのはわたしたちなんだよ 大切なものを失うまで気づけないなんて わたしは何でみなみが死ななければならないのかわからなかった わたしたちは真面目になるために勉強してたんだよって でも、それって自分の都合だもんねえ だから、誰もみなみの味方はしてくれなかった 殺されても、悪いのはみなみの方だって言われたんだよ じゃあ、間違ってるのはどっちなの? わたしも死のうと思って、夜の街をフラフラ歩いてたの そしたら、ナンパしてきた男たちがいて、あんまりしつこいからボコボコにしてやったの もちろん、逮捕されちゃったよ でも、情状酌量されて罪には問われなかった ああ、これが法律なんだって 人間ってさ、今、いくら頑張って生きてたとしても、過去が駄目なら辛い目に合うかもしれないってことだよね 法律であろうが、何であろうが、客観的に評価するってそういうことなんだよ」
「む、難しい話はしないでくださいよ 客観的とか、なんなんっすか? ただ、マエダさんにそう言って頂くと、俺たちもホッとします」
「今からみなみのおばあちゃんみたいなひとに会いに行こうと思うんだけど、付き合ってくれる?
マエダが優しく微笑んだ
懐かしい臭い ラッパッパの部室を訪れるのは半年以上ぶりになる
「シブヤじゃねえか どうした? 喧嘩でも売りにきたのか」
暑いのか、ユウコは水着姿でソファーに寝そべっている
ユウコの言葉を無視して、シブヤは淡々と話した
「名古屋からダンスのところに連絡が入りました ミナミを見たものがいるそうです」
ユウコが立ち上がった
「何? 実は、マエダがカツオと連れ立って名古屋に行ってるんだ」
さすがのシブヤも焦ったようだ
「マジっすか? そりゃ、ヤバいっすね ミナミの兵隊はかなり強いっすよ おまけに武器も使う 自分も名古屋に向かいます」
珍しく悩むユウコ
「わ、わかった 俺たちも行くぜ 紗智穂昂で合流しよう…」
ミナミは、姉のまなみが名古屋にいることを知って、会いに来るようになった しかし、逮捕されてからまなみが亡くなるまでの間は訪れることがなかった だから、久しぶりに彼女を見舞ったとき、変わり果てた姿に愕然とした 認知症がかなり進み、時々奇声をあげたりしていた ところが、ミナミを見つけると正気に戻ったかのようにおとなしくなった 「まなみちゃん、どこに行っていたの? アツコちゃんとまた喧嘩してたの?」 複雑な心境だった 確かにわたしも敦子とふたりでよく喧嘩したからなあ チームAの全盛期、恐いものなんか何もなかった ふたり背中合わせになって、多くの相手と戦った 強い信頼感で、まったく後ろが気にならなかった まなみも敦子を信頼していたのだろう それなのに、あいつはまなみを見殺しにしやがった おまけに、敵討ちもしようとしない ミナミは敦子だけは許すことができなかった SKEの奴らなんかどうでもよかった
姉を差別した名古屋のゴミども ところが、ひょんなことから、紗智穂昂のチュリと知り合いになった 彼女がSKE出身だと知って、面白いことを思いついた 大切なものを失う苦しみを名古屋のゴミに教えてやろう 自分の名誉欲のためにゲキカラやセンターを陥れ、さらに仲間までもが傷つけられたらどうなるか すべてを失うに違いない ところがあの野郎、「自分はゲキカラやセンターと戦いたいとぬかしやがった」 卑怯なことはしたくないだと…笑わせやがって てめえのせいで、歯車が狂ったぜ ミナミは、ちゅりに逆恨みしていた と、その時、向こうから敦子とカツオが歩いて来るのが見えた ミナミは慌てて隣の部屋に身を潜めた 敦子たちが、彼女の個室に入っていく 飛んで火に入る夏の虫とはこのことか きっと二人とも油断しているに違いない
ユウコ、学ラン、オタベ、ゲキカラ、センター、ネズミ、シブヤ、ダンス、らぶたん、みゃおが紗智穂昂の校門をくぐる 見慣れない、そしてオーラを放つヤンキー集団の襲来に、学内は騒然となった すぐに情報はチュリに入り、非常事態を知らせるサイレンが学校中に響き渡った チュリが、マサナ、ピース、サスケを伴ってグラウンドに飛び出してきた
「てめえら、シャチホコに喧嘩売ってんのか」
チュリが叫ぶ
「元気になったようだな、チュリさんよ」
ユウコが笑っている
「ユウコさん… シブヤさんも… なんだ、レナに、ジュリナも…」
チュリの顔から緊張感が消えた
「安心してる場合じゃねえだろ ミナミが現れたんだって? 実は、マエダとカツオちゃんも、名古屋に来てるはずなんだ」
ユウコの顔が険しくなった
「マジっすか? うちには来てませんが…」
「たぶんみなみさんのお墓か、それともみなみさんの知り合いが入ってる老人ホームだと思うんだ だいたいの場所は聞いてるんだが…」
「わかりました 用務員のオッサンに頼んでスクールバスを出してもらいます うちも面子集めるんで、ここで待っててくださいね」チュリが校舎の中に駆け込んでいった あの勢いからみると、体の傷も心の傷も癒えたみたいである
マエダがベッドに横たわる老婦人に話し掛けている 何故か、手足をベルトで縛られていた
「みなみは幼い頃に両親を亡くして、彼女が働いていた施設で育ったんだよ だから、彼女はみなみの親代わり わたしもみなみもおばあちゃんって呼んでるけど」
マエダは髪を撫でつけると、目を開けた
「アツコちゃん、お友達かい? あれ、まなみはどこに行ったんだい」
体を動かそうとするが、拘束されているために自由がきかない
「おばあちゃん、まなみは遠いところにお出かけ中でしょっ 最近、みなみの幻影を見るみたいなの 認知症が進んでるのかなあ みなみは、おばあちゃんが介護を受けてるのを見て感動したんだって それで介護士になりたいと思ったんだよ そのためには勉強もしなければならないし、もちろん喧嘩なんてもっての他 でもそれじゃあ、わたしが独りぼっちになると心配してくれたんだろうね 一緒に介護士になろうって誘ってくれたの わたし、勉強なんてしたことなかったからねえ でも、みなみと一緒じゃなきゃ喧嘩しても面白くないし 嫌々始めたんだけど、ミイラ獲りがミイラになるっていうのかな 学校の勉強なんかよりずっとずっと面白くて」 マエダの目がキラキラ輝いている
カツオは、イキイキとしたマエダの顔と、今朝、鏡で見た自分の顔を見比べた そりゃ確かにマエダの方が可愛いけど、輝きが違う 夢に向かって頑張ってるひとってこうなんだ 俺、いや私も生まれ変われるのかなあ…
「わたしも介護士さんになれますかねえ マエダさんが面白いって思える仕事、物凄く興味あります」
マエダはカツオの手を握った
「やろうよ、勉強しよ カツオさんなら、体力も胆力もあるから大丈夫だと思うよ」
「アツコちゃんは死のうとしてたのよ まなみがいなくなったから でもね、ミナミちゃんの面倒をみなきゃならないからねえ 死んだら駄目だって叱ったの まなみのぶんまで生きて、まなみのぶんまで頑張って ねえ、まなみはアツコちゃんのことを誰より、誰より信頼してたから…」
マエダは号泣している カツオは呆気にとられていた しかし次の瞬間、涙が溢れだしてきた そして、こんな思いで生きているマエダを恨むミナミに腹が立った
涙が止まらない おばあちゃんが普通にしゃべった マエダがわたしの面倒をみる? わけわかんねえ… ミナミはまなみの言葉を思い出した “わたしの命の次に大切なものを紹介するよ” それって、敦子だったのか?
ビビビビビビッイイイ…
火災報知器が鳴り響いた
ミナミは焦ったが、おばあちゃんには敦子がついている 火の勢いが強いのか、館内には煙が立ち込めている 入所老人たちは慌てふためいているが、誘導する職員はいない
その時、紗智穂昂のスクールバスが到着した
「おい、火事じゃねえか」
ユウコが飛び出した
「おーい、おじいちゃんおばあちゃんを助け出してくれ」
カツオが2階から叫んだ
施設の職員たちがおろおろしている ユウコたちが建物に駆け込んだ 体力には自信がある 次々とお年寄りを担ぎ出していく
指揮官としては無理をするなといいたい しかし、皆、命懸けで救助にあたっている ユウコは誇らしかった こいつら凄い…
マエダたちはおばあちゃんを後回しにして、救助にあたった あとはユウコに任して、ばあちゃんの部屋に戻り、助けだそうとした しかし、拘束用のベルトがはずれない そのとき、ミナミが駆け込んできた
「敦子、ベッドごと動かそう」
二人でベッドを持ち上げ、窓際へ
「下に投げて受け止めてもらうんだ 早く!」
マエダは窓を割って、下のヤンキーたちに言った
「ベッドごと投げるからお願い いくよ」
マエダとミナミは力を振り絞ってベッドを放り投げた
その時、柱が崩れ落ち、ミナミの上に
もがくミナミ マエダは柱を退けようと全身の力を振り絞る
「敦子、ありがとう、もう無理だ、逃げてくれ」
「ミナミ、わたしはみなみから頼まれたんだ」
柱を必死でどけようとするマエダ
火はそこまで迫っている
「マエダぁぁ」
ユウコの声だ
「助けてくれぇぇ」
マエダは力の限り叫んだ
ユウコが飛び込んできた
「大丈夫か ベッドはちゃんと受けとめたたぜ」
「ありがとう ミナミの足かはずれないんだ」
「そうか 俺たちゃやるしかないだろ 」
ユウコは柱に突進した マエダも力を振り絞った
柱が動いた 火はそこまで迫っている
「敦子、逃げてくれ」
ミナミが叫ぶ
その時、シブヤら多くのヤンキーが駆け上がってきた
続く…