優子は脂ぎったジジイを想像していたのだが、マユの父親は青年と言ってもよいほど若々しく、スマートな紳士だった
「はじめまして あなたが大島優子さんですか マユから噂は聞いております と言いましても、私はあなた方の世界についてはまったく知りません 裏社会についての知識なら少しくらいありますが、ヤンキーなんて漫画でしかみたことないですから(笑) ですから、マユから相談を受けたときは、意味がよくわかりませんでした お金を出せば、あなたはマユを助けてくださるんですよね しかし、金額がわからない 高校生のあなたが、いったいどれくらいの金額を必要とされているのか想像もつかないのです ですから、五十万をマユに渡しました しかし、これでは足りないんですよね」
父親は、決して威圧的ではなく、穏やか表情で優子を見つめている
「はい、全然足りません 私は、命をかけてお嬢さんを助けるつもりです 五十万では、命を差し出すことはできません」
優子の鋭い視線が父親を貫く
「そうですか…」
暫くの沈黙のあと、マユの父親は意を決したように話し始めた
「マユの母親は、私の妻ではありません 私はマユを認知すらしてやることができなかった 私たちは愛し合っていましたが、結局私は親の命令で、ある政治家の娘と結婚しました お恥ずかしながら、既に彼女のお腹にはマユがいたんです しかし、親に逆らうことはできなかった 生まれたときから裕福な家庭で育ってきた私には、すべてを棄ててマユの父親になることはできなかったのです 情けない男ですよね 自分のことしか考えられないみっともない男です」
マユの父親は、卑屈な微笑みを浮かべた
「堕胎して欲しいと頼みましたが、彼女はマユを産みました 独りで育てると姿を消したのですが、私は彼女たちを探しました 私は家業とともに義父の秘書もつとめ、政界にも首を突っ込むようになりました 家業は様々な利権によってさらに成長し、金も地位も名誉も、欲しいものは何でも手に入るようになりました ただ一つだけ、男としてのプライド以外のものは 言い訳がましいようですが、私は妻以外の女とは付き合いがありません 結婚当初は愛してはいませんでしたが、長年連れ添うと情もわきます しかし、何よりも、私はマユの母親を愛しているのです そして、マユのことも 私はマユたちを棄てたとき、男としてのプライドを棄てました 今の私は、妻からみれば夫ですが、男ではない だから、妻以外の女にも興味がないのです 罰が当たったのでしょうか、妻は子供を産めない体でした しかし、私はマユを引き取るつもりはありません 妻とふたりで余生を過ごすつもりです
また、マユたちも、私の世話になるつもりなんて毛頭ありません 憎まれて当然なんですが、彼女もマユも強いんですよ 私みたいな情けない男を、これっぽっちも必要とはしていません ところが、そんなマユが、初めて私に頭を下げたんです 実は、マユは、勉強も運動もそこそこできる優秀な娘でした ですから、この学校に入ると知って驚き、理由を調べさせたんです どうやら、マユは、父親がいないということが原因で虐められてたらしい マユは、幼少の頃から空手を習っており、かなりの腕前です 暴力には屈しません しかし、陰湿な虐めに嫌気がさし、ならば不良の集まるこの高校で、新しい何かを見つけたいと考えたみたいなんです 私は、マユに、毎月お小遣いを渡すようになりました 母親に苦労かけて欲しくなかったというのもありますが、戦争には金が必要ですから 貯金してもいいし、何に使ってもいいと、無理矢理渡したんです だから、マユは頭を下げたことはなかった
しかし、今度ばかりは自分独りの力ではどうにもならないと…」
優子は、目を瞑って黙って聞いていた ひとは皆、生まれながらに不平等だ マユにも、この男にもまったく同情するつもりもないし、甘ったれているとさへ思った
「あなたは、いったい私に何をおっしゃりたいのですか あなた方親子の人生については、私の知ったことじゃない マユとふたりで相談してください」
「そんなつもりじゃなかった 気を悪くされたんなら、謝ります 私はただ、マユがいい加減な気持ちじゃないってことをわかってもらいたかったんです あの子はマジなんですよ」
父親は、優子に土下座した
「マジ… マジって言葉を簡単に使って欲しくないですねぇ」
優子の顔がいっそう険しくなった
「わかりました マユがマジでてっぺん目指してるなら、そのマジをとくと拝見させて頂きます お金はいりません それから、お父さん、娘にとって、男としての自信がない父親は、魅力ないと思いますよ もう時効でしょう マユも夢を見つけたんだ あなたも男としてのプライドとやらを復活させたらいいんじゃないでしょうか」
そう言うと、優子はウインクした
「あなたはいい目をしている きっとマユは、あなたに惚れたんでしょうね 他人を道具として使うことはあっても、決して頼ることはない子なんです もし、よかったら、私の秘書兼ボディーガードになってもらえませんか」
父親は、もう一度深々と頭を下げて、優子の前から姿を消した


