歩兵第十八聯隊


⏬️✨️第十八聯隊
大正十五年
写真帳より✨️⏬️
 

豊橋分営


兵舎は北・東・南に三棟
はじめは第一・二・三大隊の
順序に使用された
聯隊本部は西側にあり
木造の関屋門が営門として
天王通りに通じていた
日の字型に並んだ
兵舎の内側は営庭となり
中央(営庭) 森林が
吉田城ありし日を
偲ばせていた
そして、兵営の東側には
広大な八町練兵場が
兵隊の訓練を待っていた
腹に黄色の黒い軍帽には
陸軍の星のマークが
付いていた。小倉の詰め
襟の演習服、軍袴の両側に
赤線の入った、異様な格好の
『鎮台兵』が、営庭や
八町練兵場に毎日
見られるようになった
八町練兵場は
もと武家屋敷がつらなり
神明・袋・八幡の小路
土手町が南北に
川毛門が東西に通じて
いたところである
聯隊が置かれることに
なると、この地は練兵場
として生れ変ったのである
練兵場には三つの森林があり
総面積六万二九九○余坪
歩兵第十八聯隊史より

⏬️✨️明治37年
豊橋の地図✨️⏬️

赤印は、表門
緑印は、西門
⏬️✨️第十八聯隊
写真帳より✨️⏬️

⏬️✨️表門
歩兵の栞(しおり)より✨️⏬️

⏬️✨️現在の表門✨️⏬️

⏬️✨️衛門✨️⏬️


明治31年まで衛(営)門として 
使用され、日清戦争の時には
将兵はこの門から出征した
衛(営)門が八町門に
ってからは西門と 
なって関屋門と呼ばれ
明治42年にわずかに南に
移り赤レンガの門柱に
改められる
歩兵第十八聯隊史より

⏬️✨️衛門
歩兵第十八聯隊史より✨️⏬️


歩兵第十八聯隊西門
これは
昭和三十四年九月
国道1号線工事のため移転
復元した門である

⏫️✨️現在の西門✨️⏬️

⏬️✨️西門❓️❓️
歩兵の栞(しおり)より✨️⏬️