研究開始


大正9年
騎兵学校
仏国製ルノー6トン戦車
の交付を受け研究開始
次いで英国製装甲
自動車オースチン
カーテンロイド交付され研究
日本騎兵写真集より

⏬️✨️フランス
ルノー FT-17 軽戦車
インターネットより✨️⏬️

ルノー FT-17 
軽戦車

性能諸元
🌟全長、5.00 m

🌟全幅、1.74 m

🌟全高、2.14 m

🌟重量、6.5 t

🌟懸架方式
垂直スプリング
+リーフスプリング
ボギー形式
後輪駆動

🌟速度、7.6 km/h

🌟行動距離、65 km

🌟主砲
ピュトー SA18 21口径
 37 mm 戦車砲
(戦車砲型)

オチキス M1914 8 mm  
重機関銃
(機関銃型)

🌟装甲
最大16 mm 又は 22 mm

🌟エンジン
ルノー 液冷直列4気筒
ガソリン
排気量 4,480 cc
39 馬力

🌟乗員
2 名(車長、操縦手)

⏬️✨️ルノー FT-17 
軽戦車
極初期型砲塔 機銃装備型
 車内レイアウト図
インターネットより✨️⏬️
🌟近代戦車は
第一次世界大戦中に
初めて登場したが
その中で、FT-17の設計は
各国の戦車に比べ最も
革新的で、以降の戦車の
基本形

🌟FTは、フランス語で
「軽量」を表す
『Faible Tonnage』の略
あるとされることも
多いが、実際には
それ自体に意味はなく
開発順に与えられる
ルノー社内の
開発コードであった
ちなみにフランス語で
軽戦車はChar leger


🌟FT-17は
フランス戦車部隊の父と
呼ばれる
ジャン=バティスト
エティエンヌ
(en、Jean Baptiste
 Eugène Estienne)将軍
構想から生まれた
本来は、鈍重な
シュナイダーCA1や
サン・シャモン突撃戦車
を指揮・支援することが
開発目的であったが
実際には歩兵支援
直協戦車として使われた
設計生産を担当した
ルノー社は
第一次世界大戦直前の
1914年にはフランス国内
20%という第一のシェア
を持つ自動車メーカーであり
すでにタクシー製造などで
大量受注の経験があった
FT-17自体の設計にも
ルノー社の創業者で
あったルイ・ルノー
が大きく注力したとも
言われており
これらのことが革新的
かつ安価で大量生産が
可能な戦車を生み出した

🌟第一次世界大戦後
各国に輸出されたFT-17だが
日本でも1919年(大正8年)
から1920年(大正9年)
にかけて
大日本帝国陸軍が
マーク A ホイペット
中戦車数輌(3輌説あり)
とともに、FT-17を
20輌以上輸入した
輸入した内には弾痕が
残る中古の車輌も
含まれていたという
おそらくこの内の数輌が
陸軍騎兵学校にも
分けられたと考えられ
そして1920年(大正9年)
から陸軍騎兵学校でも
FT-17の運用研究を開始し
それを参考に後に
九二式重装甲車が開発された

⏬️✨️機械化のはしり
日本騎兵写真集より✨️⏬️