月曜から、熱と喉が痛く医者に行ったら「インフルエンザ」の診断を受けてしまった。
かなり熱が下がってきたが、高熱の脳内ってのは、なぜもう何年も考えたこともないようなことが引っ切り無しに思い浮かぶのか、いつも不思議に思う。
私だけ?オンリーミー?
今回もそうで、なかなか眠りに落ちることが出来ないでいる。
そんな今夜8時頃。
横になっててもインフルエンザのウイルスと闘った体は、疲れきり重い。
妻が外から家に入ってくる音が聞こえると、私はふとんの中で何気なく「かあちゃん…」と呟いていた。
決して、いつも妻を「かあちゃん」などと呼んだりはしないのだが、『あ、帰ってきたか』ぐらいのノリで口から出てきたのだろう。
でも、次の瞬間、もう29年前に亡くなった母のことを思い浮かべ、もう一度「おかあちゃん…」と呟いてみたら、途端に全身の力が抜け、母の膝枕に身を委ねているような感覚を味わった。
それこそ、そのまま黄泉の世界に導かれてしまうのでは、という恐れを覚えた程、珍しい意識を感じ取ったために、そのまま眠ることが出来なくなってしまったのだが、今夜は改めて何十年ぶりに亡き母のお力に頼ってみようかと思う。
ちなみに、私は生まれて初めの頃は母を「お母ちゃん」と呼んでいた。
姉もそのようだった。
だから私が「かあちゃん」と言った場合は、山の神のほうではなく、母親を指しているつもりなのだ。
一方では、「昭和の親父」の倣いか、家の外で妻のことをつい「うちの母ちゃん」などと言ったことも数回あるが、毎度すぐ今の世には伝わらないかな?と思い、言い直したりしている。
何しろ「三丁目の夕日」の世代なのだ。
だから、父のことは「パパ」と呼んでいたので、小学校に入って友達からからかわれたりしたもんだ。
何故か私たち兄弟が「お父ちゃん」というのが上手く言えず、仕方ないので「パパ」と呼ばせることにしたと、母から聞いた。
