「日本は歴史と真摯に向き合え」と飽きずに批判し続けている皆さん、つまり中韓、そして残念ながら日米欧という我が同胞や友邦国民の一部を含む捏造好きな皆さんのことだ。
私は、その皆さんに訊きたい。
果たして世界中の国々は、自国の歴史を100年まで遡って、反省したり悔み続ける必要があるのか?
ましてや、それを他人に強要することなど、許されるのか?
私には全く理解できない。
私たちの父祖は、現代国際社会から非難されるようなゴタゴタをなおざりにしたまま、人生を閉じていったのか。
また、諸外国の当時の人々は、そんな後世の国際社会から非難されるような決着を日本に許したのか?
そんなことが許される訳が無い。
各時代の我々の父祖は、その時代・時代で何かあれば綺麗に始末を付けてきた。
また、他国の皆さんもそのようにしてきたからこそ、相手国にもきちんと始末をさせてきたのではないか。
では、今70年以上前に終戦した太平洋戦争の結着を認めようとしない中韓両国は一体どのように歴史を見ているのだろう。
ひょっとして、その時代時代を当事者意識を持つことなく、夢うつつな歴史を刻んできたから、50年前の約束事を無視するのだろうか。
日本だけでなく、多くの国は国家間で紛争があれば、その後協定や条約などの戦後処理までしている。
記憶に新しいところではフォークランド紛争だ。
情緒的にわだかまりはまだ消えないだろうが、戦後処理の結着はつけている。
中東では紛争が常態化しているが、「6日間戦争」「湾岸戦争」などでは戦後協定、続く戦火の出口が見えない状況で休戦協定などが結ばれている。
ただ守られないだけだ。
この地域は聖書世界からの怨念が絡んでいるので一筋縄ではいかない。
でもルールとして、立ち還る位置は皆分かっている。
無論、太平洋戦争もだ。
1945年8月15日に大日本帝国が無条件降伏をしたからと言って、翌日から何も無かったかのように欧米連合国と今みたいに友好関係にスイッチした訳ではない。
連合国は大戦中に日本がしたことについて、驚くほど詳細な聞き取り調査を行った。
およそ5年掛けて東京裁判という戦後処理を経て、日本は瀕死のボロボロになってようやく、サンフランシスコ講和条約に辿り着いた。
それが連合国と日本が合意した、重くて厳しい結着だった。
もちろんその後も、戦争への後悔と自戒を繰り返しながら、なお心情的には引け目を感じつつも、徐々に日本は国際社会に再び迎え入れてもらうことが出来たのだ。
中韓、特に韓国は戦後50年くらい居眠りでもしていたのであろうか。
確か、我が国とは「日韓基本条約」というものを結んでいるはずだ。
ここでもちゃんと国際ルールに沿って、当時の両国指導者達が慎重に合意までの交渉を積み重ねて調印したのだ。
今や韓国だけが日本に対し、いつまでも卑劣な嫌がらせを通じて、不満を表している。
しかも途中から何か思いついたように。
6月5日(金)の池上さんの番組で、「今騒いでいるのは“日韓基本条約”当時は『慰安婦問題』の存在が分からなかったから」という韓国の言い訳を聞いたが、そんなはずはない。
1970年頃高校生になっていた私に、今は亡き大正ヒトケタ生れの父が慰安婦の話をにこやかに語ってくれたことがあった。
韓国の言うような陰惨な印象は微塵も無かった。
最近になって聞くように、ピクニックに行ったことも話していた。
「日韓基本条約」当時知らなかったなんてとんでもない。
韓国の先人たちも、当時自分たちが下した英断を忘却・否定し続ける現代韓国政府を苦々しく思っているだろう。