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maple8cinnamonのブログ

メープル・エイト・シナモンです。
テレビやWebで見たことをキッカケに、ふと昔のことを思い出したり、
今、自分のすべきことを思い付いたりする年金暮らしの日々。
お暇な方だけお付き合いいただければ幸いです。

つい先日、「このままマイナンバー導入かよ?不安しかないな。 」と書いたばかりだが、昨日こんな新聞記事を見つけた。


5月30日付だから、完全に見落してました。


医療保険・受診歴・戸籍・旅券でマイナンバーを活用 政府方針


これによると、受診歴や薬の服用歴、加入してる医療保険が一元化されるらしい。

本人として、これらをネット上などで一覧的に確認できれば便利だと思う。

医療保険会社も病歴で虚偽の申告を防ぐことができるだろう。


でも、この情報のヒモ付けには「医療番号」なるものが、マイナンバーとは別に発行されるらしい。


ここに来て、「マイナンバー」もあまり画期的なものに見えなくなってきた。

やはり、人のモラルや意識レベルに大きく依存する訳にはいかないから、「マイナンバー」一本って訳にはいかないんだな。




相変わらず日本年金機構からは、国民を失望させるような報道だけがもたらされている。


それら報道に接するにつけ、マイナンバーは、導入時期を再検討すべきと主張せずにはいられない。

正確に言えば、時期と言うより、各関係機関の情報セキュリティの体制、何よりも職員の意識改革について何らかの改善がなされないことには、納得しかねる。


こうしたことに関しては、テクニカルな問題には常に限界がある。


むしろ日本年金機構など、マイナンバーを扱う職員の意識を高く保ち続ける仕組みがあるのか、その点が気になるのだ。


私はマイナンバーそのものに反対するものではない。

将来、ベーシック・インカムを実現する過程ではマイナンバーもあった方がいいだろうと思う。

それだけに、ぜひ安全性を高めて導入してほしいと思う。



政府はマイナンバーを一括集約的に管理する機関は作らないとしている。


しかし年金機構のようなボンクラ集団からひとたび番号を得れば、他の資産情報も多くが同じ番号で管理される訳だから、今より容易く色々な情報が入手できるようになるだろう。


マイナンバーは年金番号以上に狙われるのだ。
政府は何か、万全な備えを示してほしい。



「日本は歴史と真摯に向き合え」と飽きずに批判し続けている皆さん、つまり中韓、そして残念ながら日米欧という我が同胞や友邦国民の一部を含む捏造好きな皆さんのことだ。


私は、その皆さんに訊きたい。


果たして世界中の国々は、自国の歴史を100年まで遡って、反省したり悔み続ける必要があるのか?
ましてや、それを他人に強要することなど、許されるのか?



私には全く理解できない。
私たちの父祖は、現代国際社会から非難されるようなゴタゴタをなおざりにしたまま、人生を閉じていったのか。
また、諸外国の当時の人々は、そんな後世の国際社会から非難されるような決着を日本に許したのか?


そんなことが許される訳が無い。
各時代の我々の父祖は、その時代・時代で何かあれば綺麗に始末を付けてきた。

また、他国の皆さんもそのようにしてきたからこそ、相手国にもきちんと始末をさせてきたのではないか。


では、今70年以上前に終戦した太平洋戦争の結着を認めようとしない中韓両国は一体どのように歴史を見ているのだろう。

ひょっとして、その時代時代を当事者意識を持つことなく、夢うつつな歴史を刻んできたから、50年前の約束事を無視するのだろうか。



日本だけでなく、多くの国は国家間で紛争があれば、その後協定や条約などの戦後処理までしている。


記憶に新しいところではフォークランド紛争だ。
情緒的にわだかまりはまだ消えないだろうが、戦後処理の結着はつけている。


中東では紛争が常態化しているが、「6日間戦争」「湾岸戦争」などでは戦後協定、続く戦火の出口が見えない状況で休戦協定などが結ばれている。
ただ守られないだけだ。
この地域は聖書世界からの怨念が絡んでいるので一筋縄ではいかない。
でもルールとして、立ち還る位置は皆分かっている。


無論、太平洋戦争もだ。
1945年8月15日に大日本帝国が無条件降伏をしたからと言って、翌日から何も無かったかのように欧米連合国と今みたいに友好関係にスイッチした訳ではない。


連合国は大戦中に日本がしたことについて、驚くほど詳細な聞き取り調査を行った。
およそ5年掛けて東京裁判という戦後処理を経て、日本は瀕死のボロボロになってようやく、サンフランシスコ講和条約に辿り着いた。


それが連合国と日本が合意した、重くて厳しい結着だった。
もちろんその後も、戦争への後悔と自戒を繰り返しながら、なお心情的には引け目を感じつつも、徐々に日本は国際社会に再び迎え入れてもらうことが出来たのだ。



中韓、特に韓国は戦後50年くらい居眠りでもしていたのであろうか。


確か、我が国とは「日韓基本条約」というものを結んでいるはずだ。
ここでもちゃんと国際ルールに沿って、当時の両国指導者達が慎重に合意までの交渉を積み重ねて調印したのだ。

今や韓国だけが日本に対し、いつまでも卑劣な嫌がらせを通じて、不満を表している。
しかも途中から何か思いついたように。


6月5日(金)の池上さんの番組で、「今騒いでいるのは“日韓基本条約”当時は『慰安婦問題』の存在が分からなかったから」という韓国の言い訳を聞いたが、そんなはずはない。


1970年頃高校生になっていた私に、今は亡き大正ヒトケタ生れの父が慰安婦の話をにこやかに語ってくれたことがあった。
韓国の言うような陰惨な印象は微塵も無かった。
最近になって聞くように、ピクニックに行ったことも話していた。


「日韓基本条約」当時知らなかったなんてとんでもない。



韓国の先人たちも、当時自分たちが下した英断を忘却・否定し続ける現代韓国政府を苦々しく思っているだろう。



ポール・マッカートニーが昨年来日したものの全公演が中止になってしまうアクシデントから1年ぶりに日本の土を踏んだ。

武道館でのオープニング、一部演奏がTVで流れたが、歳を感じさせない声の勢い、当然メイクはしていようが肌色も芳しくいたって壮健のようだ。

やはり天才だ。この人には才能の衰えは関係ないのか。


ビートルズ世代の私には感無量の姿だった。
※中核は団塊世代で私より6・7歳上の人達だが、私は友達の兄の影響で早くから聴いていたのだ。



1966年6月のビートルズ東京公演の時、私は中1だったから白黒テレビでその様子を見ただけだったが、その2年前、1964年小5だった私は同級生2人と上野の映画館に「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」を見に行ったことがある。

内容的にはビートルズのPVそのもので、当時の女性ファン待望のものだった。

私達は首尾よく2階席の最前列に陣取ったのだが、もちろん周りは若いお姉さん達で一杯だ。


幕が上がり、ビートルズの面々がスクリーンに現れるや館内は一気にヒートアップ、女性達が一斉に嬌声を上げ始めた。

私達もビートルズが好きで見に行ってたのだが、想定外の出来事にしばらくあっけにとられていたことは忘れられない。


レコードを自分のお金で買ったのもその頃で、ビートルズの「ハード・デイズ・ナイト」「プリーズ・プリーズ・ミー」などを買い始めた。
小学生なので全てシングル盤ばかりだったが、当時ビートルズのそれらのレコードは単価300円とか330円だった。


今の感覚だったら安い!と思うが、「WEB金融新聞」によると1965年の大卒初任給が24,000円位だったので、多分ランチ代よりちょっと高い、という感覚か。


それなのに今もなお、ポール・マッカートニーはもの凄い存在であり続けている。



だが、しかし、やはりビートルズは4人組のバンドであり、今は2人しか生存していないのだ。

誰も、再結成を望めない。

そこで、私は時々YouTubeのビートルズのトリビュートバンドを探して観ている。
ビートルズそっくりバンドだ。

昔は日本人バンドでも時々テレビに登場したが、やはり本命は白人のトリビュートバンドだろう。


最近お世話になってるのはこの人たちだ。

ビートルズトリビュートバンド「The Fab Four(ザ・ファブフォー)」
https://www.youtube.com/watch?v=xPW9AGXGtfU


やはり大体だけど、ふと笑ってしまう程、感じが出ていて古き良き時代を思い出させてくれる。
また、トリビュートバンドというゆるさも気に入っている。(笑)




東大(本郷)の安田講堂がきれいになりました!


先月中旬、久し振りに散歩に行って気付いた。


昨年末から安田講堂を囲っていたフェンスが取り払われていた。


何が変わったのか?

よくよく見てみると、講堂全体が洗剤で洗われたように、外壁が一様にムラなくきれいになっていた。


それだけにしてはフェンスで囲われていた範囲が広すぎる。


更に、歩き回ってみると、講堂まわりの植栽のスペースが整理され、人の動線が太くなったようだ。

最近は特に週末、小さい子どもを連れたファミリーで賑わっているので、これはいい。

緊急事態でクルマを講堂近くに寄せる場合も、二次的な事故を防げるだろう。



東大・安田講堂
スッキリと、きれいになった、東京大学安田講堂

※写真じゃその辺伝わらないと思うけど…(笑)