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maple8cinnamonのブログ

メープル・エイト・シナモンです。
テレビやWebで見たことをキッカケに、ふと昔のことを思い出したり、
今、自分のすべきことを思い付いたりする年金暮らしの日々。
お暇な方だけお付き合いいただければ幸いです。

連日、狂ったかのようなシュプレヒコールを上げ、プラカードを振りかざして芋洗いの様相を呈している反対集会。


見ていて不快だし、腹が立つ。

ますます日本の将来が不安になるから止めてほしい。

民主党の岡田氏や、元民主党の小沢氏もマイクを手に叫んでいたが、決して国民の支持に繋がるとは思えない。


腹が立つのは、連中があまりに偽善的だからだ。


人は皆日本の恒久的平和を保つために、自分なりに考えて、出した結論が当法案への賛成だったり、反対だったりしているのだ。


誰が、戦後の焼け野原からここまで力強く復興し、先進国として繁栄する社会を自ら破壊したいと思うのか。

今の社会に満足している者は決して多くないかもしれないが、この町並みや会社や商店や田畑や暮らしを破壊されたいとは思わないだろう。

だからテロ対策に異を唱えるヤツはいないのだ。


そうした願いは、全国民共通に持っているはずなのに、なぜ反対集会に集まってる奴らはそれが解らんのか。

解らない振りをしているのでも構わん。

そんなのどっちでもいい。


ただな、安保法案に反対している自分たちだけが平和主義で、これに賛同するものは軍国主義者であるかのような主張をしていることに、自ら気付いて欲しい。

集団的な名誉毀損である。


何が戦争法案だ。

自分たちだけが清廉で、賛成論者は戦争をしたがる危険な勢力と定義しているのがもう本当にむかつく。


それこそ軍国主義に走る中華人民共和国・支那を念頭に考えれば、集団的自衛権、及びそれを行使する為のあらゆる法整備が急がれる。


…はずなのだが、急ぐどころか反対してるんでしょ?

もう、全然理解できない。



あと、「軍事力に頼るのではなく、外交によって平和を」って論理も、まったく大人の意見とは思えない。

基本的に、外交で結果を得るには軍事力は必要だ。

事実、アメリカやロシア、あるいは支那に対して利害関係国が異論を唱える時には相当な覚悟が必要だ。


ともかく、岡田氏、小沢氏などの政治屋を始め、参加者の言説を聞いていても法案への理解でバランスを欠いている。


あり得ないデメリットを挙げつらうのではなく、彼ら自身が最も恐れている戦争について、「抑止力」という側面をなぜもっとしっかり議論しようとしないのか?


「国会で議論が尽くされていない」というのも、国会での大事な持ち時間を愚問で浪費してしまってるからだ。


とにかく、同法案では賛成派より反対派のほうが悪目立ちしてる。

それだけに反対派はもっとスマートに、他者に失礼の無いように行動・言動とも気をつけて欲しい。


先日、テレビで流れていたニュージーランド情報。
まさにベタなニュージーランドあるあるで、「羊が人口の10倍!」と言っていた。


字幕で人口がチラッと映ったが、こんな少なくても全然やっていけるんじゃん!
と瞬間的に思った。


次に、「ああ、人間だけじゃなくて羊にも働いてもらってるのかー」と思った。



急速な少子高齢化に打つ手を欠いている我が国では、とりわけ「労働人口減少問題」というと、すぐ「移民」が話題に出てくる。


だからと言って、「人」が減った分、なぜ無理して外国から「人」を足さなきゃならんのか?
別に「人」じゃなくてもいいだろう。
ニュージーランドみたいに羊でもいいし、ダチョウでもいいんじゃないか。



バブル崩壊後、もう30年近く日本は幸せに働く「人」を生み出せないでいる。
30年前も幸せに働いてた訳じゃないが、今思えば幸せだったし、努力すればキャリアが得られた。

残念ながら、「日本政府や官僚が思いつく範囲の国家運営ではこの状態を変えることはできない」ことに気付くべき時だと思う。


日夜パソコンに向かって命を削り続ける競争に参加しなければ生き残れない社会はもう止めよう。


「人」はたくさんの能力を持っている。

ただ、職場が求める能力をたまたま有していなかったり、少し劣っていたりすると、たちまち組織の中で軋轢や摩擦の原因となってしまう。


でも畜産動物に期待されるのは、限られた能力だ。

その代わりちゃんと飼育すれば、期待とそう違わない結果を得られるし、動物にその結果を責めることもできない。


それは今の社会で救われていない人々が、救われる社会かもしれない。



もしそうなれば、結果的に少子高齢化が少しずつ解消される可能性だってあるだろう。
そう、社会を変えられれば。。。



今日でアメリカの「アポロ11号」が、人類初の月面着陸を果たしてから、ちょうど46年が経った。


1969年の7月16日~24日(多分アメリカ時間)、全世界がその旅路を固唾をのんで見守り続けた9日間だった。


当時は月面着陸の20日だけじゃなくて、月に向かっている過程も含め、連日テレビ中継されていた。

その間に、すっかり有名人になったのが、ヒューストン(NASAの発射基地)とアポロ11号の交信を逐一同時通訳した西山千(ニシヤマセン)氏だ。


彼の通訳で数え切れないほど発せられた「全て順調」は、当時のすべて日本国民の耳に印象深く焼き付いている。


この時の私は高校1年生。

アポロ11号のことは、特に私のプロフィール に書いてある。

【その時、私は…。】のタイトルで「1969年7月」の項で書いた。


実は、私のアポロ11号にはさらに後日談があって、それは夏休みが終わってすぐに訪れた。


高校では毎年9月下旬に文化祭があり、夏休みが終わると直ちに「何をやろうか?」という議題で学級会議が行われる。


初めての文化祭で、予想通り意見は全く出なかった。

私は学級委員だったのと、夏休みの経験が忘れられなかったので、「アポロをやろう」と手を挙げた。

対案も無かったので、すぐに私が責任者(当時リーダーって言葉無かったね)となって動き出すことになった。


振り返ると私は資料や展示物の用意に積極的に取り組んで、造作物の製作(つまり大工仕事)って、卒業まで殆どやった記憶がない。

文化祭の風景ってそんなのが頭に浮かぶのだが、私の場合は「見た風景」ってことだな。

成人後は日曜大工もまあまあやってるので、その頃は興味無かったんだな。

でも、逆にそういうのが好きなやつもちゃんといて、頼んだ記憶も無いが、みんな黙々とやってくれて格好は付いた。


そんなアポロの企画が決定直後の9月半ば、真っ先に私は同級生1名と共に、アメリカ大使館を訪ねた。

ネットの無い社会、そこ以外に思いつかなかった。

当時は米大使館と言えども、情報公開という言葉すら無い時代だったので、手に入れたのは薄っぺらい定期刊行物やブローシャーだけで、ビジュアル的に使えそうな写真は2・3点だけだった。


予想外に不作だった心許ない資料をもらい、ややこのテーマ自体に初めて後悔しながらエレベーターに乗り込むと、途中の階から救世主が乗って来た。



そう、西山千氏が同僚の方と二人で乗ってきたのだ。



私たち二人とエレベーターの中は四名になった。


この状態はいつまでも続かない。

私は、すかさず「あの、西山さんでいらっしゃいますか?」と、まず声をかけた。


西山さんは日常を過ごしている勤務先の中で油断してたのか、少し驚き、また明らかに乗り気じゃない雰囲気で「はい、そうですが、」と答えられました。

私はその間に愛用のB5のノートと万年筆を学生カバンから出し、

「あのう、サインお願いします」と、

西山氏に差し出した。



しかし西山氏は、きっともうそんなことにウンザリしてたのだろうか。

「いや…、私はそういうのは、遠慮しておきます。」と、アッサリ断られてしまった。


全くの子供だった私は有名人という人は頼めばサインをしてくれるもんだと思っていたのでひどく驚いたのだが、アポロからまだ2カ月で西山さん本人がいかにも「弱ったな」というオーラを出していた。


私もさすがに「あぁ、ダメですか?はい。」とノートとペンをしまおうとしたら、ここでまた二人目の救世主が現れたのである。

隣にいた西山氏の同僚の方であった。


「おい、少しくらい書いてやったらいいじゃないか?」

と、西山氏に進言してくださったのだ。


すると西山氏は「うーん、そうか?」と同僚氏の顔を見てから、

私に「じゃ、いいですよ。」と、

ノートと万年筆を受け取り、本当にサッサと手早く書いてくれた。


私は込み上げる興奮を押し殺し、その様子を見守っていた。

西山さんは長身痩躯というタイプで、私は少し見上げている感じだった。

相手が高校1年坊とはいえ、あくまで事務的な態度で接したい西山さんは抑揚なく「ハイ」と手渡してくれた。


その後のことはあまり覚えてないが、「ありがとうございます!」と礼を言った時にはちょうどエレベーターのドアが開いたところで、確か私ら二人組だけが降り、中に残った西山さんにまた一礼してその場を辞したように思う。


とにかく降りたエレベーターの前で今起きた大変な出来事に有頂天になった。

当時はガッツポーズも無い。

ただ、「これがあれば、他に何もいらない!」、「これでもう成功したな!」「すごいな!」とクラスメートにまくし立てた。

当時日本人で知らない者など一人もいないと思われた話題の人なのだから、そう思うのも当然だった。

ついさっきまでの失望落胆はどこへやら、全身に力が漲った。



しかしながら、文化祭で西山氏のサインは最高の扱いで特等席の場所に陳列したのだが、思いの外テーマが地味だったのか客足があまり呼べず、サインも「まさか」の存在過ぎたのか来場者の反応も期待したものではなかった。

でも、深く考えずに会場に置いたアンケートには、どなたか大人が書いてくれた客観的で好意的な書き込みがあり、思いもしなかった「大人の視点」に気付いたり、自分なりに成長できた貴重なイベントだった。



米大使館に西山さんがいることすら知らなかったのに、そこにほんの30分足らず滞在しただけなのに、しかもまさか同じエレベーターに乗り合わせるとは!


信じられない程の、大変な幸運だった。

※正直、ここで一生分使ってしまったのかも…(苦笑)



そのサインが先日、古いアルバムを整理(終活!)していたら、途中に挟まっていたのだ。

最後に見たのは30年前くらいだろうか。。。


これだ。


西山千氏のサイン


若い人や興味の無い人にはいつもすみません。(笑)



今思えば、半年前まで中学生だった自分が、なぜ全くの躊躇もなく文化祭のリーダーに手を挙げたのか、考えてみると不思議でならない。



高校の成績は卒業に向かって徐々に落ちていったのだが、こうした貴重な経験を10年分くらい、目一杯できた三年間だった。
高校時代の友人・先輩・後輩とは今でも楽しく付き合ってもらっている。


ひどいなー、大相撲名古屋場所九日目。

結び前の一番だ。


横綱白鵬が、対逸ノ城戦の勝負決着後に、なぜか逸ノ城の首もとにのど輪のような攻撃を一発というよりも、結構執拗に見舞ったのである。


最大限に好意的に推測すれば、逸ノ城が最後土俵を割る際、実は土俵を割るその瞬間よりほんのちょっと前にふっと力を抜いたのではないか。


私が、白鵬に対して理解してやれる範囲の上限を、そうして見つけると、間もなくNHKの実況アナも同様のことを口にした。

但し、そのような行動は稽古の土俵で時々見られるものであると、注釈を付けた。


そのとおりだ。

力士間のそういう業務研修的なものは客に見せるものではない。

飲食店で言えば、スタッフ間の業務連絡はカウンターの内側か厨房、バックヤードで行うもの。


私は大相撲という興行は、伝統的な様式美が大前提であり、これを脅かすものは絶対的に嫌悪する。


白鵬は横綱でありながら、相変わらず懸賞金を誇らしそうに高く掲げて土俵を降りていく。


極めて下品である。



白鵬には以上の件の他にも、関係者やファンが眉をひそめるような行動が多い。

協会批判や不満があるのならば、別の形で示すべきだ。


土俵では、澄んだ気持ちで、ひたすら無心に相撲を取るべきだ。


古来、角聖と謳われた数々の名横綱、名力士たちはそのような境地を目指して、営々と精進を続けてきたのだ。

それによって生まれ、支えられてきた相撲の様式美を破壊する白鵬はただ強いだけの力士だ。

私にとっては、まったく価値が無い。



なんだなんだ、最近こういうみっともない話が多すぎやしないか?


人手不足、資材不足で建築費が高騰したことは認めるが、それは東日本大震災から、そのような基調で日本経済は推移しているのは承知のことだからね。


それで今、2500億円以上にもなる現行案が承認されたと報道されてるが、承認したのは事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)の、その有識者会議というところでしょ。


既にJSCがもう、無責任な存在だし、更に有識者会議なんて外部から集めた超・無責任のお気楽集団でしょう。

安藤忠雄なんて、都合が悪くなって欠席して隠れちゃってんだからな。


これはもう、政治判断の範疇だと思うよ。


当初予算の1300億の倍くらいになってるんだから、これは国民から選挙で選ばれた訳でもない寄せ集めの人が呑気に承認してる場合じゃないと思うな。


国際的信用や国のプライドからしても、もう日本はこれを承認して突き進むしかないという意見も強く、固まりつつあるようだ。


でも、見栄を張ってる場合じゃないでしょ?


2020東京五輪開催決定後、IOCでは今後の五輪について低予算化していく流れに理解、むしろ奨励するスタンスを明らかにしているのだ。


それなのにこのままの予算案で突き進んでいっていいのか?

またしても若い世代に更なる負債を負わせるなんて、これは看過できないだろう。


全てが有効な投資だった1964東京五輪の時とは違うんだぞ、下村、森喜朗!