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maple8cinnamonのブログ

メープル・エイト・シナモンです。
テレビやWebで見たことをキッカケに、ふと昔のことを思い出したり、
今、自分のすべきことを思い付いたりする年金暮らしの日々。
お暇な方だけお付き合いいただければ幸いです。

気が付けば、どこか急かされるように年賀状の仕込みを済ませてしまった。
ネットで作成して投函までしてくれちゃうやつだ。
この時期になると盛んにメールで煽ってくる。

ハガキをムダ買いすることや、プリンターの機嫌を気にする必要がない点が気に入って、もう3・4回目だ。

思えば、年賀状選びも歳を重ねるごとにあれやこれや変わってきた。
一方で娘を含め若者は年賀状などほぼ無縁の所にいる。
友達の住所とか知らないんだからな!(笑)


80年代までは手作り(手書き・版画・イモ版など)か、スーパーや街の印刷屋でチラシで選ぶことが主流だった。
平成になって本屋などでムックタイプの年賀状CDが年末に並ぶようになった。そして、好評のうちに「筆まめ」のようなアプリが続々登場する。

 

富士フィルムのCMはいつも話題になった。
今年は何枚来た!とか、年が明けた社内ではそんなやりとりをしたものだ。

私が思うに、この頃が年賀状の最盛期だ。

 

在籍していた広告代理店も昭和の頃は、ごく普通の地味でベタなビジネス儀礼的年賀状を出していて、社員としては私用の年賀状をそれぞれ作って、席を並べる同僚にも出していた。
その頃は社内にデザイナーがいなかったという事情もあったろう。

ところが、平成になって不景気になると国や大企業が頼りにならなくなり、そこに携帯電話やインターネットが普及したところで異業種交流会が大流行して、怪しげな個人や零細企業が急速にヒステリックな程に自己主張するようになった。


若い日本男児やビジネス社会全体が急に根拠の無いドヤ顔で自己主張する風潮になり、当時「我が社」と呼んでいた会社も代理店として、喪中ハガキみたいな年賀状なんか出している場合じゃ無くなってきた。

同時にデザイナーも社内に3人抱えるようになっていた為、年賀状は、コック見習いが修業で賄いを作るようなノリで彼らに競作させていた。
結果はやはりディレクター格の大将の作品が多く採用され、たまに2番手が使われた。
この頃は、同じデザインで社員個人の名前に差し替えたものを印刷させて、楽をさせてもらっていた。
そうなると同僚に送る習慣は当然無くなる。
お互い同じデザインだからね。

 

そんな風潮で、代理店を辞めてしばらくはこの私も自らやや押し気味の年賀状をイラレまで使って制作していた。
それでも、21世紀以降SNSの興隆と共に多様化する社会の中で年賀状の習慣は誰にとっても脆弱なものになった。
2020年に向かって加速するグローバル化社会で、年賀状はどこに行くのだろうか?

 

 

舛添都知事が辞任した。

文春の記事から広がって、初めの内はネット民の反応も「リコールで辞めさせられたらいいねえ」なんておとなしいものだったが、まさかの舛添辞任は実現した!
最後は「やっと辞めた!」「遅い!」なんて言われたくらい、世の中の移ろいは光の如く早い。

舛添知事の件は、あらゆる面で異例だ。ことごとくが問題だった。
特に以下の三つが都民をイライラさせるポイントだった。

1.政治資金規正法は「シロ」で当たり前

ザル法と言われている同法で「シロ」なんて当たり前のことなのに、さらに「第三者の厳しい目で」なんて自前の弁護士使って「シロ」の先をやるのかと思ってたら、「違法とは言えない」と胸を張る始末。さすがに大多数の人が「コイツとは決して解り合えない」と思い知ったろう。
舛添氏は知らないだろうが、日頃世間の人は「法に触れないように」気を配って生きてる訳ではない。そんなことは、まず当たり前と思ってるのだ。


2.舛添問題は「政治とカネ」以下だ

猪瀬前知事に続く「政治とカネ」問題での辞任と言われるが、、、トンでもない話だ!

これまで「政治とカネ」とよばれてきた問題とは…
例えば、最近表面化したものに限っても、

猪瀬前都知事は「医療法人徳洲会からの資金提供問題」。
また、2014年の都知事選に惜しくも落選した田母神俊雄氏は選挙運動員の慰労に現金を渡したことで、公職選挙法違反の罪で逮捕されている。
甘利さんも贈収賄の疑いで会見後、最近まで休養していたのは衆知だ。

どれも決して容認することは出来ないが、これらは政治活動の先に、ともすれば起きるかもしれない、業務上過失だ。

一方、舛添氏の場合はどうだろう。
政治資金を政治活動に使う前に、私的流用した。
政治でカネを使ってる訳じゃない。
例の号泣県議と同レベルと言われる所以だ。


3.権威主義の塊、すぐに傲り高ぶる性格

香港の記者に対し「香港のトップが二流のビジネスホテルに泊まったら恥ずかしいでしょう?」と見得を切ったこの発言が、この男を見事に表している。
この発言自体の恥ずかしさが理解出来ない人物なのである。
スイートルーム使用の理由については、「(決して来ることのない)要人の急な面会にも礼を失しないため」としているが、これが決して慣例ではないことが知事経験者達の証言で明らかになっている。
都議会総務委員会では公明党の松葉議員から、「就任以来東北に一度も視察に行っていない舛添氏は、2020東京の<復興五輪>を語る資格はない!」と指摘されたことは、その後の舛添辞任の流れに注目が集まって、あまり取り上げられなかったが、これもとんでもない話だと思った。

五輪経験都市を実際に見て勉強すると、ソウル、北京、ロンドン、ソチなど好きな外遊は人一倍していながら、東京防災の観点で東北を訪ねるという発想には至らない人間なのだ。

保育園や介護施設には行かず、美術館ばかりに行くなど、仕事への姿勢にも本当に疑問を抱かざるを得ない。

公私ともとことんダメな奴でした!

きのう、平成28年春場所が幕を閉じた。
荒れる春場所と言うが、最初から最後までひたすら荒れていたのは、優勝した横綱・白鵬だった。
初日、無気力のような展開で宝富士に不覚を取ると、翌日からは「ちぎっては投げ」の快進撃と思っていたら、途中からは相撲が荒くなり、まさに「殴っては放り投げ」という乱暴狼藉の限りを尽くした。

ひと場所でこんなに何回も返り血を浴びて勝ち名乗りを受けた力士が、過去にいただろうか?
プロレスに流血は付き物かもしれないが、相撲では事故レベルだ。
相撲を見に来て、血など見せられた日にゃ胸糞悪いったらありゃあしない。

相撲放送の実況アナは仕方なくカチ上げと言い表しているが、白鵬の立会いはならず者のエルボーパンチだ。
そんなことを繰り返している常習者が、角界の第一人者と言われる横綱・白鵬なのだから、実に情けない。
また、こうした白鵬の土俵における横暴をただ見守り、やられっ放しの日本勢も不甲斐ない限りだ。

さて、終盤の白鵬は対大関戦、横綱戦に至って気迫に溢れ、他の力士との力量の差を見せつけた。
そこに来ての、あの千秋楽の一番だ。
優勝インタビューで泣きながら、「あの変化で決まると思わなかった」と言い訳し謝罪したが、あれは決めに行ってたし、決まる決まらないの問題ではない。
千秋楽の結びの横綱同士の一番で、立会い変化したことが非難されているのだ。

また、千秋楽では稀勢の里・豪栄道戦後のNHK実況アナの一言で放送席はしばしザワザワした場面があった。
正面解説は、元横綱・北の富士さんだったのだが、実況アナが「実は、私は情報を掴んでいたんですが、豪栄道は五日目の相撲で膝を痛め、その後の土俵が非常に厳しいものになっていました。」と明かしたのだ。
すると北の富士さんが「私は知らなかったんだけど、なんで教えてくれなかったのかなあ」とクレームを付けた。
実況アナの言い訳は「大関も公表を望んでなかったのと、その後の作戦への影響にも配慮」し、場所の対戦が終わった今告白したということだった。

でも、これは北の富士さんならずとも、豪栄道の中盤の相撲を見ていたら「相撲をナメるな!」という気になってくる。
北の富士さんも「引いてばっかりいるから心配しちゃったよ」と言っていた。
実況アナは尚も「放送できなかった」と言い張っていたが、別にマイクでしゃべろという話ではない。
一緒に相撲放送を進めている北の富士さんには、せめて耳打ちというか、豪栄道の意向と共に伝えておくべきだったと思う。
当然知っていたら北の富士さんのコメントも違ったものになっただろうし、知らずに豪栄道に向けた厳しいコメントに誘導され、大相撲全体に対するイメージが下がったかもしれない。

豪栄道から得た特ダネより、個人的な信頼感を優先した「仕事上の自己満足」に酔いしれて思考停止してしまった悪い例だ。
北の富士さんだって、豪栄道の意向に反してしゃべることはしないだろう。
自分だけ信用される人間を演じていながら、北の富士さんを信用してないように映る。
適切な、NHKの相撲放送を制作することを優先すれば、対応は違っただろう。

しかし豪栄道も公共放送であんな相撲を取っておいて作戦も何も無いだろう。
カド番なので余裕が無かっただろうが、ケガを隠すなら変化せずに一度はぶつかって欲しかったなと思った。

今年の初場所は皆さんご承知の通り、日本生まれ力士としては10年振り、琴奨菊の初優勝で幕を閉じた。

実は、この場所もW君のお誘いをいただいて、初日に枡席の観戦ができた。

さすがにこの時点では琴奨菊の優勝など予測もできなかったが、白熱してきてから“なう”で4回ほど呟いた。
本当に琴奨菊の気迫は素晴らしかった。

それよりも初日にはビッグサプライズがあった。
天覧相撲だ。

私は前回の両国場所である昨年秋場所の中日も天覧相撲があったので、しばらくは無いと思っていたので正直驚いた。

本来滅多に無いことなので、私はその時のビデオを感慨深く繰り返し見ていたのだ。

だから天皇皇后両陛下入場のタイミングが、中入り後の勝負審判交代時という事や、その時には場内の者全員が起立してお迎えする事なども鮮やかに覚えていたので、友人たちに事前の説明をした。

前と違ったのは、館内の客に対するアナウンスのタイミングだ。
秋場所のビデオを確認すると、館内アナウンスは入場の直前で、同時に館内がざわつく瞬間が確認できた。

しかし今回我々は午後3時頃集合したのだが、茶屋の出方さんに席まで誘導される時に何気なく耳打ちをされたうえ、館内でも十両取組が終わる頃にはアナウンスされた。

ただ、お帰りになる際に、丁寧にいつまでも手を振ってくださる陛下に、一部呆れたような笑い声が起こったのには大変驚き、また腹立たしさを感じた。

警備上も早く衆知するメリットは無いし、昨年の秋場所同様、直前にアナウンスした方が、微妙にいいのではないだろうか?