やはり、結婚するなら価値観が近い人に越したことはない。
結婚したら、夫婦は一つの経済単位として社会とうまく折り合っていかなくてはならない。
ご近所や自治体から大小様々な選択や届け出・申告を迫られる日常。勤め先からは転勤の辞令が下る適齢期。結婚した瞬間から別れるまで、夫婦一体としての判断が延々と繰り返し求められていく。
今思えば、私と妻はそれらについて、真剣に話し合うこともなく、あまりにも当時の社会通念的な価値観で直感的に処理してきたと思う。
私は業界紙の広告営業から広告代理店に転職して間もなく妻と出会い、結婚したので、忙しかったこともあり、生活上で外部との手続きがあれば私が片付けていた。それこそ仕事感覚で。
宅内のことは、成りゆき上、妻に一任だった。
私たちの頃は、男は仕事でほとんど家にいないので、宅内のことについてあれこれ言ったところで、意味のないことだった。
思えば、我々夫婦は互いの価値観をぶつけ合う貴重な機会を自ら棄てていた。
些細なことでは意見というか、嗜好が合わないことも時々あったが、妻の強く感情的に拒む姿勢を見て、「可愛いワガママ」と受け容れていたのだが、それら全てが一点の妥協も許さない絶対的な拒否の態度だったのが何となく気になったし、悲しかった。
そして、今になってようやく肩から人生の重い荷を下ろして、妻を初めて真正面から見ている私がいる。
「自分は価値観の近い女性と結婚したのだろうか。」
振り返ってみると、答えは完全に『否』だった。
妻との年齢差は5歳で、極めて一般的だ。
互いの実家は車で10分以内の距離で成育環境も理解し合えただろう。また夫婦ともに高校までは公立を出ていることも心身の成長過程での経験に共通項が多いと思われた。
結婚まで急いでしまったことが致命的だったかもしれないが、しばらく付き合ったとして私が妻の何を見出せたのかは甚だ心許ない。
とにかくすべて外形的な要因からの思い込みで結婚に踏み切ってしまった。