足が遅い…徒競走コンプレックス | maple8cinnamonのブログ

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メープル・エイト・シナモンです。
テレビやWebで見たことをキッカケに、ふと昔のことを思い出したり、
今、自分のすべきことを思い付いたりする年金暮らしの日々。
お暇な方だけお付き合いいただければ幸いです。

昔から走るのが苦手でねえ。

短距離も長距離も。。。

 

小中、特に小学校高学年くらいの時は、運動会は無くていいぐらいに思ってた。

当時は1960年代だから小学校の運動なんかカケッコかドッジボールしかないから、そこでダメだった私はダイレクトに「自分は運動神経が悪い」と思って、どちらかというと外で遊ぶより室内で読書や勉強することを自然に受け容れていたようだ。

足の速い遅いは、生まれつきのものと思い込み、足の速いヤツには陰ながらコンプレックスがあった。

今思えば、辛抱強く座学を受けられる素地がその時に作ることができたかもしれない。

 

それが、中学校3年の間に少しずつ変化した。

中学校から体育の時間に50m走のタイムを測るようになったが、実にまったく人に言えるような数字ではなかった。

そこを敢えて言うと、ほぼ3年間9秒台後半で変わらなかった。

女子並みだろう。

確かに、元々苦手意識があって走る前から乗り気でない、という悪条件は揃ってはいたが、それを裏切らない結果を出し続けていた。

 

ただ中学校の3年間に、私もいろいろと経験を積んだ。

まず中学校に入ると、小学校には無かった部活でいろいろなスポーツに参加できたり、そうでなくてもたまたまボールに触る機会もある。

他の競技をやってる人間の話を聞くこともあり、急に自分の前に様々なメニューがズラーっと並ぶ。

 

それと小学校時代と大きく違うのは昼休みの過ごし方だ。

中学校では昼休みにバレーボールやバスケをやるようになった。

それで気付くことができたのが、自分のバレーボールの才能だった。

ほぼインドア派だった小学校高学年で、立派な肥満児に成長していた私は多少必要性も感じてバレー部に入部した。

今となっては他の部員のスキルがどれ程のもので、対外試合を経験したのかさえ思い出せないが、そこで、自分は「人より素早くボールの落下地点に到達し、かなり正確に次の選手にパスが出来る」ことを知った。

 

ただ、相変わらず足は遅かった。

それでも、次に運動会でもかすかなヒントを得ることができた。

 

中学校では障害物競走や騎馬戦など、走力以外の運動能力を試せる競技が増える。

その中で、私は障害物競走においてはある程度善戦できているのではないかと密かに思い始めていた。

走るだけなら断然最下位のところが、障害物競走では真ん中くらいの着順で入れる。

 

3年生の後半には、またひとつ気付くことがあった。

それは休み時間に遊びで友達を追いかけてる時は、そこそこ速いヤツに追いつくことができる、ということだ。

それだけではなかった。

更にもうひとつ発見したのが、50m走の時は二人並走で測るのだが、いつももう一人と同着だったのだ。

1年次は分からないが、2・3年はたまたま同じA君だった。

A君も遅かった。

元々争いごとが嫌いな私の性格か、同調性が強く働いたのかと思った。

何しろ、商店街のお店に生まれた私は、母から人とかち合ったら「どうぞ」と言って譲れ、と言われていたのだから無理もないだろう。小さい時から「街を歩いてる人もウチのお客さんかもしれないんだから」と、いい子スイッチはいつでもどこでもONのまま。

 

それから私は、「自分はひょっとしたら、もっと速く走れるのかもしれない」という予感を抱きながら、高校に進学した。