【Nコン自由曲】『自分の感受性くらい』―上手くいかないことを誰かのせいにしていませんか?
混声四部合唱とピアノのために
自分の感受性くらい
詩:茨木のり子、作曲:松下耕
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ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
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この楽曲ですが、松下耕さんの
公式サイト
によると、
Nコンでの島根大附中の演奏が
一般初演だったようです。(たぶん)
ブロックの時点でこの楽曲の衝撃は強く、
全国でもいい線をいくのでは、
と予想しておりました。
「ぱさぱさぱさ…ぱさり」
という擬音から始まってます。
不思議な音ですけど、
心が乾いてぱさぱさになった様が
表現されているようです。
絶叫に近いこの擬音から、
痛烈な自己批判とともに
この詩は進行します。
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ぱさぱさに乾いてゆく心→人のせいにはするな
気難しくなってきた→友人のせいにはするな
苛立ち→近親のせいにはするな
初心消えかかる→暮しのせいにはするな
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上手くいかないことを
人は他人のせいにしがちですよね。
不況の世の中、耳が痛いですね。
他人のせいにしがちなことに対して、
水やりを怠ったせいではないか?
しなやかさを失ったのはどっちなのか?…
と、上手くいかないことの
原因も指摘しています。
私もよく人のせいやら
物事のせいにしてしまうので、
耳が痛いです。
もう逃げられませんね(笑)
終盤では上手くいかないことを
全部ひっくるめて、
「駄目なことの一切」を、
時代のせいにはするな、と言い、
人間の尊厳をも放棄してしまう
愚かな行為である、と切り捨てます。
クライマックスでは、
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自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
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と、歌われていますが、
どういうことなんでしょう。
タイトルにもある
「自分の感受性くらい」
という大事なキーワードも
登場しています。
自分に不都合な現実を
他人や時代のせいにしてしまうといった
自己の尊厳を貶める行為をやめ、
自分の感じ取っていることは
自分の中で処理しなさい、
という教訓のように感じました。
「自分の感受性くらい」の
「くらい」というのがさらに
語気を強めていますね。
それにしても「ばかものよ」
というフレーズは刺さります。
あ痛たた・・・
同時に凛とした詩人の強さも感じます。
島根大附中もばっちりキメてくれました。
何度も聴いている今年の一曲です。
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