Webデザイン≒合唱のデザイン≒詩のデザイン≒曲のデザイン≒表現のデザイン
以前、Webデザイナーの仕事を
してたことがあるので、
デザインには興味があります。
合唱のデザインもそう。
詩のデザイン、
曲のデザイン、
歌声でそれをデザインする学生たちも。
私は音楽的知識がないので、
詩のデザインにはとりわけ
思い入れが強いです。
詩の視点はどこなのか、
どういう韻律で描かれているのか、
詩の舞台とその表現はどんなものか、
メロディーとともに鑑賞すると、
とても穏やかな気持ちになります。
時に意外性のある視点や切り口の
詩に出会うと、ニヤニヤが止まりません。
詩だけでなく、意外な視点を持った
ブログや作品には目がないです(笑)
今日、「景色がわたしを見た」(S57中)
で読者の方からコメントをいただき、
改めて詩を読み返しましたが、
あの詩、詩を読むだけでも
ため息が止まらないほどの
上品さと魅力を備えています。
「景色がわたしを見た」
「わたしが景色を見た」
と逆説的(?)な表現が登場します。
これ、どういうことなんでしょう。
私は私なりの答えを見つけました。
それはもしかしたら作者が意図した
答えではないかもしれないけど、
私はこの詩に浸れただけでも
充実感を感じました。
そして、音楽的な知識のない私でも、
詩を噛み締めるうちに、
その曲のメロディーの意図を
自然と感じ取れるような気がします。
ちょっと硬い更新でしたね。
ぶっちゃけ、この年の中学生、
うらやましいなぁ。
してたことがあるので、
デザインには興味があります。
合唱のデザインもそう。
詩のデザイン、
曲のデザイン、
歌声でそれをデザインする学生たちも。
私は音楽的知識がないので、
詩のデザインにはとりわけ
思い入れが強いです。
詩の視点はどこなのか、
どういう韻律で描かれているのか、
詩の舞台とその表現はどんなものか、
メロディーとともに鑑賞すると、
とても穏やかな気持ちになります。
時に意外性のある視点や切り口の
詩に出会うと、ニヤニヤが止まりません。
詩だけでなく、意外な視点を持った
ブログや作品には目がないです(笑)
今日、「景色がわたしを見た」(S57中)
で読者の方からコメントをいただき、
改めて詩を読み返しましたが、
あの詩、詩を読むだけでも
ため息が止まらないほどの
上品さと魅力を備えています。
「景色がわたしを見た」
「わたしが景色を見た」
と逆説的(?)な表現が登場します。
これ、どういうことなんでしょう。
私は私なりの答えを見つけました。
それはもしかしたら作者が意図した
答えではないかもしれないけど、
私はこの詩に浸れただけでも
充実感を感じました。
そして、音楽的な知識のない私でも、
詩を噛み締めるうちに、
その曲のメロディーの意図を
自然と感じ取れるような気がします。
ちょっと硬い更新でしたね。
ぶっちゃけ、この年の中学生、
うらやましいなぁ。
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