宴の帰り、電車の中で谷川俊太郎の『今年』に聴き入る。
ささやかな宴の帰り、
ふと「今年」を聴く。
(詩:谷川俊太郎、曲:松下耕、演奏:宮崎学園)
電車の中で、少し胸が熱くなる。
家に帰り、貪るように歌詞を追う。
やっぱりいいなぁ、
谷川俊太郎という詩人は。
この詩には「~だろう」という
表現が、19回登場します。
去年でもなく来年でもなく、今年。
今年といってもまだ見ぬ今年。
しかし、来年ほど遠くなく、
きっと来るはずの未来。
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今年も
ささやかな幸せがあり
それは大きな不幸を
忘れさせることはできぬだろう
けれど娘は背が伸びるだろう
そして樹も
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そんな身近な未来を歌ってるからこそ、
その詩はすんなりと沁み入って、
「~だろう」と推定された未来であっても、
とどめられない時間の中にあっても、
希望を見出すことができるのかもしれません。
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今年も歓びがあるだろう
生きてゆくかぎり
いなむことのできぬ希望が
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