小さな幸せと長崎♡ -2ページ目

小さな幸せと長崎♡

長崎市の神社へ全部行こうとするブログです♪
【只今到達率 99.8%】
※ブログにしていない物も含む。

それ以外にも行っています。

たまにほかの市も☆

❀ランニングもしています♪

①六部▢大神



去年のブログで、母もわたしと舟で神社へ行きました。


しかしもう母と神社へ行く事は起こり得ないと思っていました。


うちの母(父と亡き祖母も)は仏教の自分の宗派に頑なに一筋!

クリスマスバツレッド、鳥居をくぐるバツレッド、長崎くんちバツレッド


…な人で、当然子供のわたし達もその様に育てられました。が、残念ながら母の子育てはうまくいきませんでしたチュー



〈長崎市 西海町(にしうみまち)〉

↑それが今回の神社(?)は、まさかのその母と一緒!
境内まで来たよびっくり鳥居はなし神社

こちら母の知合いのT◯さんから情報を母が聞いていて。

 まさかこんな地元にあったなんて…この近くはわたしのランニングマイコースで、しょっちゅう来てるのにチュー

母はわたしに言おう言おうと思ってたみたいです。聞いたわたしは即「あ、じゃ今から連れてって」と。


↑ほこらは『六部大▢神
と彫られています。六部が仏教的なお名前。

T◯さんによると、『300年くらい前にこの下の道で行き倒れた人を祀っている。地域で祀っていたけど今ではそのT◯さんの家だけでお祀りしている。土地はT◯さんの所有』
そして確かお寺のお坊さんが供養に来ている(いた)と伺いました。
↑ほこらは大正2年2月建立

↑わが村の名前が刻まれているのはたまりませんね照れ
もう村じゃないけどチュー

そしてこちらはなんとわがバイブル琴海町史に載っていなくて。
琴海町史の史跡マップはこの地区の北側までなんです。
今のところ文章でも確認できていません。(琴海町史は1000ページ以上
↑小さな水盤の様なものにコケ類。
なんだか優雅?




②琴海のカネコシダ群落



そしてお次は神社ではないのですが、天然記念物指定地を目指しますニコニコ
〈長崎市 琴海形上町〉
↑通りすがら、わが琴海の自慢の景色、大村湾を見下ろすキラキラ
実際は写真よりキレイですよキラキラ

これはちょっと高い所に行かないと琴海でもメインストリートの国道206号線沿いでは見れない景色ですキラキラ

もしこの高さで国道206号線が走っていたら、それはそれは人気のドライブコースになったでしょうに照れ



注意次の画像大きなミミズです!苦手な方へあらかじめお伝えしておきます。


カネコシダを目指してお山へ行くと、



↑わたしは子供の頃から山ミミズと呼んでいましたが、シーボルトミミズかな。

そして山の中を進むと…
↑わあっ!キレイキラキラそして立派!

黄金のもみじ紅葉

↑そして小川を越え、
(四戸ノ川に合流する川です。)


↑廃屋を過ぎ(タンスがダッシュ

↑同じ銘柄の目立つゴミも散乱ダッシュ

こんなゴミを見て時代を感じます。

↑こちらの小川、アブラバエがいるそうですよ!?えー…蝿がいるの…と思ったら魚のハヤの一種の事でした。


昔は地域の子供たちはこの川で泳いだりしていたそう。


↑そんなこんなでありました!県指定天然記念物 琴海のカネコシダ群落の案内板☆

これはわからない(場所が)!
もう民に見せる気無いでしょう!


↑案内板アップ。


しかもカネコシダはどこなの。
でも思った。盗掘を防ぐためのフェイントかも知れないって。
いや過去には確かにここに生えていたのかも?


↑少し離れた場所にカネコシダ群落はありました🌿最近はこの地のカネコシダは増えているそうです。

🌿カネコシダとは🌿
武雄市ホームページによると佐賀県黒髪山で金子保平が発見し、植物学者の牧野富太郎が命名したシダ類だそうです。

↑カネコシダアップ!
わたしは実は神社巡りや登山、日常生活で、何年もこのカネコシダを探していたんですよね(^^)

でも無い…と言うか判別できなくて、シダ図鑑や、植物の先生に教わるしかないかなと思っていた矢先…現れたのは母!

母の知合いのYΦさんに聞いてみようとなり。そうしたら、なんともはやカネコシダ群落はその方しか知らないであろうとの事でした(その方談)!

その方は政に携わっていたこともあり、天然記念物指定の前後の事に詳しかったのです。もちろんカネコシダの見分け方にも!

↑赤丸で囲ったものは鏡餅でおなじみウラジロ。
それ以外はカネコシダです。

細かい違いはありますが、まず葉の形が違います。わたしももうしっかり見分けがつくようになりました(^^)

ようやく見れて感動感激キラキラ

大切にしていきたいですね。がんばれカネコシダキラキラ




③千人墓さん

突撃訪問した、お祀りされている方々には千人墓(せんにんばか)さんと呼ばれていました。

わが琴海町史には千人塚と記載されていました。


今回も探すのに苦労しましたアセアセ


今回は、自分で2回探してもダメ、

1軒目の突撃訪問で聞くと『この辺では聞かんね』
2軒目 ‐お留守-
3軒目『そがんとは知らん』
4軒目で『〇〇のお母さんが詳しい』⇦有力情報!
勉強会の知合いや、専門家の先生も(別件ですが)その方を訪ねたそう。

そして〇〇を訪ね、そのお母さん宅を訪ね、娘さんかお嫁さんに車で先導案内していただく。


〈長崎市 琴海戸根町〉

↑教えていただいた方に、道が荒れて()「1人では無理だと思う」と何度も言われました。
わたしの身を案じてでしょう照れ

ですが「行ける所まで行ってみますね☆」と言い、全部行くつもりしか無いわたしキメてる

道は分かりやすかったです。

ももちろんありましたが、藪はこれまで通り数メートルで終わっていました♪

あ~これはもう王手だねニコニコ



↑ありました!あ~嬉しい〜ルンルン

↑千人墓さん
その昔この辺りで亡くなった兵たちを祀っていて、その下には深い穴があると伝わっています。

例祭は3月15日。ですが今年は実施未定だそうです。



④キリシタン墓石供養塔


〈長崎市 琴海戸根町〉
↑そして前述の知合いや先生方が調査に訪れた所はこちら。

琴海町史のマップには未記載でした!

いわゆる供養のための題目塔です。
この前面の道を作る時、墓石が大量に出土し、それを埋めて供養しています。

それはキリスト教禁教以前のキリシタン墓と言われ、この地は墓地だったろうと。

なのでこの辺りにいたキリスト教宣教師の堂宇もこの辺りではないかと推測されているそうです。

訪問4軒目の方の談