平和を | 小さな幸せと長崎♡

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長崎市の神社へ全部行こうとするブログです♪
【到達率 永遠の99.9%】
※ブログにしていない物も含む。

ひとまず終わりを迎えました。が神社情報があれば教えてください❣
また個人の趣味ゆえ誤記などあると思います。ご容赦ください。

ランニングもしています♪

今回は
長崎の事を学ぶ時、絶対外せない原爆の事です。

長崎に育った人間は必ず小学校から原爆の事を学びます。
原爆投下の8月9日は登校日ですし。
(広島は6日が登校日かなはてなマーク)
↑わたしが長崎を長らく留守にしている間に、長崎市では毎月9日の11時2分に、
大島ミチル作曲「千羽鶴」が、防災無線で流れるようになっていました。

長崎上空で原爆が投下されたのは
8月9日
11:01

炸裂したのは同日、
11:02
↑千羽鶴も学校で必ず折りますよね。
↑長崎原爆資料館です。
以前の長崎国際文化会館から建て直されました。

今回の写真は当資料館の資料です。
(撮影は条件付きで可。)
↑浦上天主堂の遺構。
↑溶けたロザリオ十字架
爆心地公園の原爆落下中心地(グラウンドゼロ)のある浦上地区には、
アメリカにも多いカトリック教徒が沢山住んでいました。
今もです。
↑原爆で鉄もグニャリ。
↑プルトニウム型原子爆弾「ファットマン」の模型。
投下したのはB―29爆撃機ボックスカー号。
(パイロットはフレディ・ボック)

広島の物はエノラゲイ号が投下した、ウラン型の「リトルボーイ」
↑原爆の熱線で瓦は泡が立ったようになりました。
↑護国神社の玉石。

↑原爆測定用ラジオゾンデの部品。
(落下傘をつけて飛ばし、原爆の威力を測定。)

原爆のエネルギー内訳は
爆風50%
熱線35%
放射線15%
↑いろんなものが原爆の熱線により、異様な姿になりました。
資料館内は見ていると寒気がする事もあります。

怖くて原爆資料館には行きたくない、と言う方や
見ていたら泣き出すと言うお子さんもいます。

↑原爆で首のとれた、浦上天主堂の聖使徒像。

わたしは子供の頃から原爆がどういうものか知りたくて、資料館を見ておきたかったほうでした。

今でも長崎の事を学ぶ以上、目をそらせません。

ただ、たまに行く墓地よりは、恐ろしい気持ちになるのは確かです。
心を強く持っていないと、立ちくらみがしそうです。
(わたしの血圧が低いのもありますが。)

↑白血病に侵された体で、さらに原爆で負傷しながらも、原爆の負傷者を治療し続けた
長崎市名誉市民永井隆(たかし)博士。

彼のもとにはあのヘレン・ケラーも訪れました。


平和を祈る者は針の一本も隠し持ってはならぬ。
武器を持っていては平和を祈る資格はない。

と永井博士は著書に記しています。

これは本当の武器としての針についてもそうですが、
「心の中のよどんだ企み」を針に例える事も出来そうですね…。

こちらの原爆資料館は
原爆の被害状況以外の展示も有りましたので、是非ともご覧になって頂きたいものです。

人それぞれ、感じ取る要点が違うと思います。
↑ゼネコンさんには、中性子線に強いコンクリートの開発を期待したくなります…。