前回の神社は「矢上八幡」神社でしたが、その近所に「矢上」神社がありました。
矢上八幡神社でかなり満たされてしまったので、余韻に長く浸ってしまい、今回のブログを書くのが遅くなってしまいました
頭の中が矢上八幡神社でいっぱいになっていて(^o^;)
頭を何とか切り替えて
今回は矢上神社です(^-^)
こちらは比較的広目の神社でした。

↑しかし残念なことに一の鳥居の写真を誤って削除してしまいました
その鳥居の脇に矢上の事がかかれた石碑がありました。

↑猿田彦神石碑(左)と、馬の水飲み場のようなモノ?(右)何でしょう?
猿田彦神は石段の中程から見下ろすと、読みやすかったです。
この辺りは昔の長崎街道(長崎~小倉)で、ここ矢上は長崎から数えて2番目の宿場町でした。
シーボルトや龍馬も通った道ですね。
(他に有名な日本二十六聖人が通ったルートは、大村湾を渡る海路でした。)
石垣も立派。

↑えびすさん他、破損した石像や土神の祠が集まっていました。
こういう風に集まっていると…なんだか佐賀県(の神社)の香りがします
神社に地域の特色が有るのか無いのか、行動範囲が長崎市周辺や少しの佐賀県しかないので判断できませんが…。
方言や食文化のように、神社も文化圏があるのかなぁ…

↑安産またぎ石と二の鳥居。
少し上がって、三、四の鳥居と続く造りが格を感じます。
鳥居の中に鳥居、その中にまた鳥居!
合せ鏡のようではありませんか


↑三の鳥居と狛犬さん。
鳥居の上に何か石材が乗っていて、昔の笠木だろうと安易に思ったら、笠木が三角屋根のようになっていました。
結局何なのか、決め手に欠くので不可解なまま
この辺りの郷土史の本を読めば書いてあるかな?辞書みたいな分厚さで「○○町史」みたいなタイトルの。

↑殉国慰霊塔と祠の屋根。
他にも、写真の枚数の都合でご紹介できなかった石碑がいくつかありました!

↑参道をまっすぐ進まず右に向かうと、眼鏡橋っぽいけれどそうではない、ミニチュアアーチ橋2つ。
そしてその先には睡蓮の神池に浮かぶ祠。
「しらべる」と、ちいさなメダルがあるような気がする景色
ワクワク

↑その祠の四面にそれぞれ石仏が。
これは由緒書きに「四面仏塔」と書かれて居ました。
子供が「仏陀がいる!」と言うのでよく見ると…
釈迦と彫られた仏像がありました。
子供は釈迦の漢字は読めませんが、手の組み方等の様子でわかったとのこと。
他には弥勒と彫られた仏像や、
見た目は釈迦に見えるのに字は弥勒と彫られているような仏像A(写真右上)。
後は怒った様子の仏像(文字無し)B(写真右下)がありました。
敬虔過ぎる仏教徒の母に訪ねると、Aは釈迦仏
でBは仁王ではないかとの事。
もし、違う!と思った方ご指摘願います!
追記:Aは阿弥陀仏だそうです!
Bは不動さんでした!
…「矢上の歴史物語」より

↑そこには「賢」と彫られた石柱?も安置されていました。
複数の馬頭観音です。

↑少し(頑張って)登ると、祠群。
一番奥のドアつきのお社にも何かが祀られていましたが、私の装備(!?)では行けませんでした。
今は矢上神社のくんちも終わって、やぶはらいも済んで(?)、行きやすくなっているかも??
うん、やはりこの石仏、石碑、祠の数々…。
佐賀県の香りがする
(=佐賀県で見た神社の雰囲気
)
佐賀藩諫早領だからかな?
他の県の神社を知らないので何とも言えないのですが

↑祠群から戻って、四の鳥居と神馬と手水舎。
手水舎は神馬像が覗き込んでいるようですね
あるいは馬小屋みたいな。

諏訪明神と八幡宮の石碑。(写真上)
そして井戸の跡のような所には水神の石碑と、石仏がありました。(写真下)
歴史と人々の暮らしと共にある、矢上神社でした



