お盆休みを利用して、佐賀市の肥前鳥居を巡る、4回目です!

↑今回はここです。さてどこでしょう
夜はライトアップされていました。


↑ちょっと横道にそれて、近辺のホテルの駐車場に、大隈重信公が植えた松の記念碑がありました。
松は枯れてしまったそうです。
よく見るとこれ、鳥居の柱たい!

↑記念碑の柱との関係が有るのか無いのかわかりませんが、今回の神社は肥前一の宮、與止日女神社です

↑嘉瀬川のほとりに有る神社です!
いい雰囲気ですね~
入り口には休憩スペースもありました。

↑肥前鳥居です!
柱太く高さありの堂々とした容貌
(熊本地震で歪んだそうですが、修繕されたとのこと。)
3の鳥居だそうです。
と言う事は一の鳥居…見落としてしまいました(^^;

↑境内遠望
拝殿から太鼓の音がしていました。
なのであまり近寄りませんでした。
與止日女命は神功皇后の妹君なんですね
肥前鳥居が3の鳥居と書かれています。

↑手水舎です。
なんだか立派な形ですね。屋根や基礎部分なと6角形です。
6角形は強い形(よくハニカム構造として街なかなどで見かけます)

↑夫婦杉です。
参拝してからこの杉をまわるとご利益が有るそうです。
御利益↓
夫婦、恋人、友人と仲睦まじくなる
子孫繁栄
家内安全

↑與止日女天満宮です。

↑もう折れた巨大楠もありました!
どう言った状態なのか大きすぎて分かりにくいですが

↑実はこの看板の内容が一番気になるポイントでした
私は
ー内容ー
およそ370年前、明の僧如定が「~珍しい大木である。大唐四百余州広しといえども恐らくかかる大木は見られまい。」と驚嘆したという。
鍋島勝茂はそれを受け、まわりに石垣を築き、国の霊木として保護したという。
と言う事が書かれています。
(石垣は現存しているそうですが、楠のまわりに作っても、そのうち変形or崩されたかも?)
さあ本題ですが、この説明板の明の僧、如定ですが…年代を見ても
黙子如定(もくす にょじょう)
ですよね!?(うかれて決め付けてます
)
なぜ姓を書かない
書いて欲しい
※黙子如定は、長崎市の眼鏡橋を架橋(1634年)したと言われる、明出身の興福寺(長崎市)二代目住職でした。
長崎市を思い出す記述があったので嬉しくなってしまったのでした
もし別の如定さんでしたら笑ってください~
それにしても雄大な自然の造詣を誇る中国でも見たこと無いような大木って…本当に巨木だったんでしょうね
祠の横に中央さん

妙法地神はやはり法華経関連の神でしょうか。
男女の象徴を留める自然石に、人工的細工を施したものです。
説明不要かもしれませんが
山村僻地に多い信仰で、
子宝、縁結び、性病平癒、生産神、邪神を塞ぐ塞神として祀られたとか。
しかしよく見つけて来ましたね~
與止日女がこちらの陽石に触れると子宝に恵まれたとか
(説明板の書き方から、触れたのは神功皇后とも読みとれますが…。)
室町時代(1470~)に建てられたそうです!
柱材の楠は当時の物と書かれていました!
時を経てますねえ
ウ~ン思わず唸ってしまいます



