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日常に潜む、融資引き上げや

 

ストップ等の金融リスクについては、

 

何となく判るような気がします。

 

 

それでも、このような行為は、

 

資金の出し手側にとっても、

 

本当はリスキーな話ではないのか

 

-そもそも金融機関の儲けは貸付による利子収入であるはず-

 

それが何故、貸しはがしや貸し渋り等、

 

自分で自分の首を絞める行為に走るのか

 

-卵という利子を産むニワトリ(事業)の餌(資金)を取り上げるのか-

 

正に元も子もない話ではないか-

 

という素朴な疑問が拭い切れません。
 

 

というのも実際、この単純な疑問が、

 

確かに的を射ているケースもあるからです。

 

 

今や、日本の産業の一翼を担うまでに成長した

 

リチウム電池開発の、先駆けとなった事で知られる

 

E社の事例を見るだけでも、

 

餌を出し渋って大きな卵を入手し損なった融資判断のミスが、

 

鮮明に浮かび上がって参ります。

 

そこにはリレバンといいながら、

 

事業者の潜在能力や事業の将来性を見極める識別能力が、

 

必ずしも銀行側に備わっているとは言い難い現実が見て取れると同時に、

 

バブル崩壊による大量の不良債権処理に苦しみ、

 

その後の金融再編で吸収合併や

 

国有化の憂き目に遭った各行が

 

「一層羹に懲りて膾を吹くようになった」

 

という事情が伺えます。

 

 
とは云え、目の前の卵をとり損ねてでも

 

資金の回収に走るからには、

 

それなりの成算がなければなりません。

 

 

果たして、その成算とは何なのか?

それには次のような仕組みが働いているようです。

 

この不況下、資金繰りに苦しむ事業者が増える中、

 

日銀は、十分なカネを市場に供給していると強調しますが、

 

正確には市中金融機関に供給しているに過ぎず、

 

そのカネは市場には回って来ません。

 

 

事業資金の健全な貸出先が少ない-

 

というのも理由の一つではあるでしょうが、

 

消化し切れなかった資金は、

 

結局、大半が国債買い入れに回されています。
 

 

利回り(現在1%割れ)だけを見れば、

 

決して魅力的な商品とはいえない国債を、

 

金融機関は何故こぞって買うのか

 


-その背景にある理由こそが、

 

金融リスクの根源に繋がるもう一つの側面を映し出しています。

 

金融機関は、債務者区分(貸出先の良・不良の格付け)について

 

金融庁から厳しく監督指導を受けており、

 

甘い格付け(民間ならば、売掛先の与信設定に問題があったとき)は

 

直ちに見直しをしなければなりません。

 

 

貸出先の格付け引下げが行われると、

 

貸倒れ引当金の積増しが必要となり、

 

結果、自己資本比率の低下を招くことになりますが、

 

これは、欧州債務危機の影響もあって、

 

益々ハードルが引き上げられつつある

 

自己資本比率の「国際基準値から遠ざかる」ことを意味し、

 

基準値が維持できない銀行は

 

合併の対象にもなりかねないだけに、

 

各行にとっては大問題なのです。

 

そこで登場するのが

 

「不良資産への算入不要な国債」計算上の

 

分母となる貸出債権から控除できる為、

 

「自己資本比率が自動的にアップする国債」

 


という筋書きなのです。

 

 

ボーダーレスで繋がった世界経済の要請とは云いながら、

 

この歪んだ仕組みがマクロの金融リスクを産み、

 

それがミクロにも波及する構図、と言えば良いでしょうか。
 

 

もしそうであるなら、

 

事業者としては当面「リスクの連鎖を断ち切る」以外、

 

途はありません。
 

 

次稿では、

 

その方法の一端でも御紹介出来ればと考えています。

 

「有事のルール・番外編Ⅲ」

労務リスク=法務リスク=金融リスク!?

今日現在の「平時」は、既にかつての「有事」に

匹敵するポジションにある、

 

という仮説に基づき、ここ数ヶ月、

 

いくつかの具体例を引き合いに検討を加えて参りましたが、

 

これがそう的外れでないのは、

 

異論がないところかと思われます。

それを踏まえ、今後は具体的なルールの

 

検証段階に入ってゆく訳ですが、

 

その前に、この課題の前提となる

 

構造的なリスクについて触れてみたいと思います。

 

一時のチャイナリスクが霞んでしまいそうな

 

環境リスクや労務リスク

 


(タイ-アユタヤの大洪水、インド北部の大停電、

 

同「マルチ・スズキ」で多数の死傷者や

 

逮捕者を出すに至った暴動等)が、

 

中国以外の東南アジアでも、

 

このところ立て続けに顕在化しています。

 

 

その一方、M&Aにより

 

インド最大手の製薬メーカー「ランバクシー(R社)」を買収、

 

ジェネリック医薬品分野の売上げ拡大を図ったD社が、

 

米国医薬品局からR社の製造工程が

 

同国基準を満たしていないとして

 

輸入禁止令を受け、大赤字に陥った事件(2009)や、

 

 

プラントメーカーのN社が、

 

ナイジェリアでのプロジェクト受注を目指し、

 

同国政府高官に賄賂を贈った行為が、

 

合弁相手の本国である米国の

 

「海外腐敗行為防止法」に

 

抵触する共謀・幇助に当るとして

 

190億円近い和解金を支払った事案(2011)等、

 

 

典型的な法務リスクも際立ち始めています。

 

これらは、いずれも海外展開を図る上場企業が

 

直面した問題であり、国内の中堅・中小企業や

 

内需型企業には無関係な話のように見えますが、

 

実はそうではないのです。

 

内需型・中小企業の代表選手である

 

「介護事業」を例に引いてみます。

 

 

かつて、ジュリアナ東京で一世を風靡した

 

「折口某」氏が、その後転身を図って立ち上げた

 

「コムスン」に見られるように、

 

この業界は、今でも異業種からの新規参入が絶えない

 

殆ど唯一の分野だとさえ云われています。

 

先の見えない長期のデフレ不況下にあって、

 

人口動態の推移に応じて需給予測が可能な上、

 

3ヶ月分の運転資金さえ確保できれば、

 

後は介護保険から確実に入金が見込める、

 

謂わば「国の保証付き」事業である事が、

 

その最大の要因とされていますが、

 

コムスンがそうであったように、

 

往々にして利点はそのまま弱点に反転しかねません。

 

国の財政事情、政府の方針転換等の直撃を受け易く、

 

規制や制限、監査という保証の’連れ子’もついて回りますが、

 

最も重視すべきは、

 

究極の労働集約型-労務リスクの地雷原そのもの-

 


という事業構造が、

 

そのままダイレクトに問題化する点にあります。

 

見聞した限りでも、

 

遺憾ながらこの点に気づかないまま

 

参入を図る事業者が、大変多いように感じます。
 

 

サービス提供の対象もヒトなら、

 

経費の大半もヒト。

 

事業所内外

 

至るところにトラブルの火種が遍在し、

 

伏在しています。

 

例えば、とある地域では、

 

不正行為で指定取消しになった事案60件/年の内、

 

半数が苦情告発によるもので

 

その半分(全体の25%)が

 

現・元社員、利用者&その家族による場合も

 

全体の10%に及ぶ旨報告されています。

 

労務リスクが「法務リスク=処分権行使」

 

直結した一例ですが、

 

実はこれが金融リスクにも

 

飛び火するという事実が看過されている恐れがあります。
 

 

一般事業者にも決して無縁ではない

 

リスクの連鎖をご案内致します。

 

 

「有事のルール 番外編」

労務リスク=法務リスク=金融リスク!?

疲労感の滲んだ面持ち、言葉数の減少、

時々起こる作業の中断、集中力を欠いた反応など、

同僚の体調不具合を感じさせる日常の様子を

心配して寄せられた周囲の声を受け、

管理者は状況を直接把握すべく、

直ぐさま面談の場を設定、

直近の健診データを参照しながら、

数回にわたって事情聴取を行った。

その折、既往症再発の可能性について言及してみた処、

それに関する自覚症状はなく、

又この数ヶ月、何がしかの疾病による受診歴もない、

とのことだったが、

質疑を重ねるうち、本人の口から、

このところ疲労感が強く

急速に勤労意欲が失われてきた旨が

ようやく吐露されるに至った為、

しかるべき善後策について検討を行った。

本人の希望もあり、

暫く勤務を外し休職扱いとする事となったが、

症状から「ウツ」 の可能性も否定しきれず、

内科検診と併せ精神科の受診を行うよう、強く促した。

             ***

当時本人は、大型重機や切断機を操作して

他の同僚と共に鋼材の加工を担当する

ベテラン技能者であり、

最少人員で回している関係もあって

直ちに代替要員を確保するのは

困難な状態にあった。会社は、

同人の療養中、

他部署より経験者を応援部隊として呼び寄せ、

当座を何とか凌ぎながら症状の回復を待つ態勢をとった。

結局「ウツ」の所見は得られなかったが、

内科的疾患が確認された為、

2ヶ月程療養、頃合を見計らい、

復帰時期を含め

復職の可否を確認すべく連絡を取った処、

家族から、退院の見通しは立ったものの、

第一線に復帰して再起を目指す気力が

未だ回復していない様子である、との回答を得た。

そこで会社は、業務軽減の提案を行いつつ、

復職に向け奮起を促したが、

前向きな姿勢が見られないまま

時間のみ徒過する次第となった為、

ついに慰留を諦らめ本人の意思に委ねる旨伝えた処、

間もなく退職の申し出が為されるに至った。

債権債務を全て清算した上での

円満退職ではあったが、

その僅か一月余り後、

本件は「訃報」という思いもよらない結末で幕を閉じることとなった。

復帰をしていれば、

正に営業時間の真っ只中、突然死に近い状態であったとか-

             ***

もし重機操作中に事態急変となっていれば、

同僚を巻き込む重大事故となった可能性もあり、

元社員の死を悼みつつも、

管理者は大いに肝を冷やしたそうです。

本例でも、都度都度提出された診断所見では、

容態の重篤化や急変を多少なりと予見させる文言は

一切見当たらない上、

途中再入院の措置が執られたとは云え

一旦は病状軽快、退院OKの判断が下されています。

これを見る限りにおいても、

「診断書」は必ずしもお墨付きにはならない、

少なくとも、頭から鵜呑みにして頼り切ってしまってはならない

と言えるのではないかと思われます。

             ***

一方は状況判断を診断所見に優先させ、

他方は所見は受け入れつつも当事者の意思を尊重する、

というこれら対極的な事例が示しているのは、

いみじくも既存の常識やこれまでのルールを

一度リセットする必要があるという事に

他ならないのではないでしょうか。

だとすれば、私達が次のステージに求めるべきものとは-?

「有事のルール-その2の3」

平時=旧体制=が、

文字通り有事へと暗転してすでに6年。

今にして思えば、

私達は、舞台回しの合図(会社法の施行)を

うっかり聞き逃し、

皮肉な事にそれを聞き漏らさなかったのが、

「社員A」だったのかも知れません。

TPPが第三の開国かどうかは別にして、

少なくとも「会社法」については、

「日米修好通商条約(1858)」に匹敵する程の

メルクマールであった事は、

否定できないのではないでしょうか。

何れにせよ、”社員Aの反乱”は、

穏やかならざる波紋(組織運営の歪み、

プレゼンティーイズム等)となって広がり、

経営上大きな負荷となって

圧し掛かってくるのは、前回検証した通りです。

恐らくAやAの予備軍、Aの亜流等が、

これからも次々に出現するのは

避けられないでしょう。

だからこそ時限装置解除措置を

施しておく必要がある訳ですが、

もう一つ忘れてならないのは、

隠れたサポーターの存在です。

困った事に、私達が想像するような、

掟破りやルールの抜け穴に詳しい、

いわゆる斜に構えた者だけが

サポーターになるとは限らず、

実際には善良で生真面目な医師が、

思いがけず、

その役割を演じてしまうことさえあるのです。

仮にAにおいて発現した障害が、

物理的にはっきり確認出来るものであり、

若しくは数値測定可能な症状ならば、

端的に云って議論の余地は生まれないでしょう。

けれどもそれが、

本人の愁訴以外、確たる証左を求められない不調や

自覚症状であった場合は、

シンパシーが、医師の診断所見に

影響を及ぼす可能性を、

完全には排除できないと

云わざるを得ない現実があるのです。

相手の主観による情報だけが頼りといっても良い

一対一の関係の中では、

患者に寄り添おうと努める良心的な医師ほど、

いつの間にかサポーターの役割を

担ってしまいかねないからです。

例として掲げたルール-にある

「医師の指示があるとき」というのは、

その客観性を先験的前提として

成立つ考え方ですが、

実際には次のように、

医師の所見自体、

必ずしも中立性を担保し得るものではない、

というのが実状なのです。

◇ 「重症のウツ、原因は職場内の人間関係による。

不眠、食欲不振、身体のだるさ等あり、

日中は半覚醒状態で行動もままならぬ旨の愁訴。

徐々に効果を強めた薬を処方するも回復の兆しなく、

復職時期の見通しは困難」との主治医の見解◇

一方当人は、この間、

知人を伴い海外旅行に出かけていた事実が、後日発覚。

労働契約=債務=の不履行状態から

一刻も早く抜け出す為、

少なくとも職務専念義務に準じ、

職場復帰に向けた療養に

専念すべき義務を負っている筈の期間中、

休業補償を得て遊興に耽っていた-

という、こんな実例も出始めています。

上記のような、かくも混沌とした有事にあっては、

「医師の所見」を絶対視し或いは

金科玉条にしたまま放置し続けるのは、

余りにも無防備に過ぎるのではないかと思われます。

医師の所見は、

あくまでも有力な参考材料としつつ、

会社が適切に判断できるルールへと、

出来る限り速やかに衣替えしてゆく必要があり、

尚且つそれは、休職とセットとなる「復職条項」にも

当てはめて行くべき基本原則、でもある筈です。

ならばその、備えの厚いルールとは、

一体どのようなものを云うのでしょうか?

「有事のルール-その2の序」


今や、

山梨県歌となっているとも云われる、

かの「武田節」に、

「-人は石垣人 は城、情けは味方仇は敵」


という有名な一節がありますが、

実際の戦の有無に関わらず、

常在戦場の備えと心構え

を要した戦国時代の将、

武田信玄の哲学を、

そのまま表した歌詞とされています。

             ***

ところで昭和20年の終戦以来、

3分の2世紀余りを経た私達の生きる現代。

信玄の言わんとするところは何となく理解できても、

少なくとも戦時下に置かれている訳ではない為、

彼の生きた時代背景と重ねあわせては考え難い、

というのが大方の共通認識でしょう。

しかし---はたして本当にそうなのでしょうか?

             ***

平時が、常に有事(リスク)や

変事(環境変化)の備えとして意味を持つ

-というのが信玄流哲学の本質だとすれば、

我々の日常は、もはや平時では無く、

有事そのものといっても良いのではないか、

と思われます。


これは何も、3.11等の天変地異を

指しているだけではありません。


ビジネスのあらゆる局面で、

即断即決、最速生産、

最短納期、最適物流などが求められ、

これに応じられなければ

市場から退出を迫られる

「競争」という名の「イクサバ」に、

私達はいやおう無く

身をおいているからです。

             ***

そのような環境下では、

堅固であるべき石垣に

凝灰岩や軽石が混ざりこみ

或いは加圧に耐えられずに亀裂を生じ、

ついには城そのものの崩壊を招く

-という想定さえ現実味を帯びて来ており、

10年、20年レンジでの組織運営や

ルール体系等は 最早、

一部の規制業種を除いて

常に風化のリスクにさらされている、

といっても決して過言ではない状況と

なっているのです。

             ***

例えば、次のような、

あるごくありふれたルール(内規)を

見てみましょう。

第**条(休職承認要件)
 休職辞令の発令要件又は休職承認の通知要件は、以下の区分による。
 1.伝染性疾患等の就業禁止・制限事由に該当した場合…連続3ヶ月の欠勤に及ぶも尚当分の間、静養の必要が認められるとき          
 2.前号以外で就業を禁ずる医師の指示がある場合…連続1ヶ月の欠勤に及ぶも尚当分の間、復帰の目途が立たないとき                
 3.---
2 前項に係らず、休職期間中契約切れとなる場合は、当日を以て自然退職とする。但し、公傷病や業務上又は懲戒処分による休職に該当する者についてはこの限りでない。
3 以上に係らず、試用期間中の者については、原則として本条による休職は--

             ***


わずか10行にも満たない、

至極当然と思われる規定の文言ですが、

既にこの中にも、

時代状況の変化(変事)への対応、

つまり平時の備えの不十分さが

時限爆弾のような危うさで潜んでいるのです。

さて、それは一体どの部分なのでしょうか?

「有事のルール」