レーニンは、資本主義の広範で急速な発展を望んでいた
レーニンの苦闘について考察するためには、黒田自身が検討している『二つの戦術』、それのなかの次のような文章を検討しなければならない。
レーニンは書いている。
「マルクス主義者は、ロシア革命のブルジョア的性格を無条件に確信している。これはなにを意味するか? それは、ロシアにとって必要になっている、政治制度の民主主義的改革と社会=経済上の改革が、それ自体としては、資本主義をほりくずし、ブルジョアジーの支配をほりくずすことを意味しないばかりでなく、逆に、資本主義の広範で急速な発展、アジア的でないヨーロッパ的な発展の地盤をはじめて本格的にはききよめ、階級としてのブルジョアジーの支配をはじめて可能にすることを意味している。」(「民主主義革命における社会民主党の二つの戦術」1905年執筆、『レーニン全集』第9巻、36頁)と。
そして、「「ツァーリズムにたいする決定的勝利」とは、プロレタリアートと農民の革命的民主主義的独裁である」(同、45頁——下線は原文では傍点)、とするのである。
このばあいに、「社会民主主義者は、どんな民主主義的で共和主義的なブルジョアジーや小ブルジョアジーであっても、それにたいするプロレタリアートの社会主義をめざす階級闘争が避けられないことを、けっして、かたときもわすれてはならない」(同、79頁)、と表明するわけなのである。ここに言う「社会民主主義者」とは、共産主義者のことである。
ここで、レーニンは、「資本主義の広範で急速な発展」をはっきりと主張しているのである。「けっして、かたときもわすれてはならない」としているけれども、「プロレタリアートの社会主義をめざす階級闘争が避けられないことを」というように、階級闘争は、いま展開することではなく、まだ先のこととしているのである。
これは、現代革命の戦略の規定がどうのこうのということをこえて、共産主義者でありマルクス主義者である自分がみずからの信念を公然と主張しない、という問題なのである。マルクスが『共産党宣言』において言う、「共産主義者は、自分の見解や意図をかくすことを恥とする」ということに反する、という問題なのである。
われわれ共産主義者=マルクス主義者は、労働者たちを階級的に変革し、農民たちを労働者階級の立場にたつように変革して、彼らを革命の主体として組織しなければならないのである。われわれは、搾取の廃絶を、階級の廃止を、私的所有の廃止を、そしてこれらを実現するためのプロレタリアートによる国家権力の掌握を、労働者たちや農民たちに提起して、イデオロギー闘争を展開し、彼らを変革しなければならないのである。
レーニンは、ロシアの農民を、土地を自分で所有している小ブルジョア農民・ないし・土地を自分で所有したいと希求している小ブルジョア的意識の農民と見て、彼らのその要求を満たすような方針をボルシェビキがうちだして、農民を自分たちの方にひきつける、というように考え、その方針をねりあげることを追求したのであった。だが、ボルシェビキは、農民にことごとくのりこえられた。
ロシアの農民は小ブルジョア農民ではなかった。彼らは土地を私的に所有することを望んでいなかった。彼らは、ミールという農業共同体の一員として、地主から土地を奪い取って、すべての土地をミールの所有とし、ミールを構成する諸家族が協力して耕作することを希求していたのである。この意識は、粗野な共産主義的意識ともいえるものであった。
レーニンとボルシェビキは、このような農民を労働者階級の立場にたつ共産主義者へと変革しなければならなかったのである。そのようなイデオロギー闘争をミールの農民とおこなわなければならなかったのである。
1861年の農奴解放のときに、農民たちは農奴の身分から解放されるとともに、肥えた土地は地主に奪われ、残った土地を、その代金を地主に一括して支払った国家から買い取ることを強制された。高額の代金を分割して利息をつけて49年にわたって支払うことを課され、この買取賦課金の支払いはミールの共同責任とされた。この買取賦課金と税など、農民が国家に支払う額は、耕作から得られる収入と同額ないし二倍にまでのぼった。別の仕事をもやってその金を工面しなければならなかった。地主は、ミールの農民を雇って耕作したり、土地を分割して貸したりした。このようにして、ミールに商品経済は浸透し、農民は、富農・中農・貧農・そして自分の分与地を富農に渡して農業プロレタリアになる者というように階層的に分化した。家族の人数の変動に合わせて分与地をえられるように、ミールは土地の定期的な割り替えをおこなっていたのであったが、富農は、国家への支払金を出せず耕作できなくなった貧農にミールに返上させた土地を借りて自分の耕作地を増やすために、土地の割り替えを滞らせた。
農民たちはこのような状況に追いこまれていたのであって、レーニンとボルシェビキは、浸透してきている資本主義の罪悪を徹底的にあばきだし、農業プロレタリアと貧農を中心にして農民たちをプロレタリア的に変革する闘いを追求することが必要であったのである。もちろん、農村におけるボルシェビキの組織的力量は弱く、農民は下層になるほど知識はなく、行いは粗暴であった。このような農民をどのように変革するのか、ということが問題だったのである。
このような農民を、自分で土地を所有することを欲している小ブルジョア農民とみなしたのでは、出発点がくるってしまうのである。
くりかえしになるが、もう一度、ロシアの農民について考えよう。
ミールは、土地の代金をツァー専制国家に分割払いするというかたちで生産手段たる土地を所有していた。ミールは、分与地としてその土地を農民家族に分けて、それを定期的に割り替え、その分与地を農民家族が耕作していたのであって、このようなかたちで、ミールの共有地を農民家族が用役すなわち占有していたのである。ミールの農民たちは、地主の土地をも奪い取り、すべての土地をミールの共有とし、ミールとして協力して耕作することを希求していた。
ミールの農民たちのこのような意識は、ミール共産主義といえるものであった。マルクス主義者である共産主義者の党とその成員は、農民のこのようなミール共産主義の意識を、直接に、マルクス主義である共産主義の意識へと変革することが必要だったのである。
前近代的な共同体意識を打破して形成されるとされる近代的自我の確立というようなものはまったくたいしたものではない。近代的自我の確立というようなものは、プロレタリア革命の主体の形成にとっては何の関係もない。21世紀現代の今日のわれわれにとっては、資本主義が確立しさらに爛熟しているアメリカにおいて、近代的自我をとっくの昔に確立している人びとが、トランプを支持し熱狂している姿を見るならば、それは明らかであろう。プロレタリア革命の主体を形成するためには、プロレタリア的主体性をもった人間を創造することが問題なのである。その前段に近代的自我の確立というような何らかの区切りをもうけるかたちで思惟する必要はまったくないのである。資本制生産様式が世界的な規模において支配的となったマルクスとエンゲルスの時代以降には、プロレタリア党とその成員は、プロレタリアとその他のあらゆる勤労諸階層の人びとの意識をマルクス主義的な共産主義的意識に変革し、彼らをプロレタリア革命の主体として確立することが必要なのである。



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