マルクスは『資本論』で労働過程について論じたときに、ミツバチとの対比で建築師を挙げている。建築師は自分の目的を実現するために労働するのだ、と書いてあるのを読むと、ここに言う建築師は人間をさすのだ、ということはすぐにわかる。

 ここで、われわれは現実の建築労働者を思いうかべる。そうすると不思議なことに気づく。マルクスが頭に描いているもののなかには、建築資本家はいない。労働者も、設計労働者と現場労働者の区別はない。マルクスは、あたかも、一人の建築師が何をどうつくるのかを考え、実際のすべての作業を全部やるのだ、というように論じているかのように見える。

 このように考えると、マルクスは、資本主義社会における現実の建築作業を見すえ、ここを出発点として、この建築作業を抽象(ちゅうしょう)したのだ、ということがわかる。マルクスは、資本主義社会において人びとが生き生活するのに必要なものをつくるすべての作業を、労働というように抽象し、この労働をおこなう主体を人間というように抽象したのである。そしてこの人間が変化させる対象を自然というように抽象し、労働を、人間が自然に働きかけ・これを変化させることというように捉えたのである。われわれは、マルクスがどのように考えたのかということを、このようにつかむことができる。

 マルクスがここに言う人間は、すべての人間を体現し代表するところの一人の人間である。マルクスが「人間」と言うと、この人間は、一人の人間をさすと同時にすべての人間をさす。そういう人間である。

 マルクスが現実を出発点としてこのように抽象したのは、彼がすべての人間は同じだ、と感じ考えているからだ、と私は思うのである。すなわち、この資本主義社会にはさまざまな人間がいるけれども、それは人間が疎外されているからであって、人間はみんな同じなのだ、とマルクスが感じ考えていることにもとづく、と私は思うのである。

 これは、平等ということではない。人間はみんな平等だ、ということではない。平等というと法律のにおいを私は感じる。うさん臭い。法のもとでの平等ということである。このように言うことは、人間を孤立的個人として捉えることを前提とする。マルクスは、人間を孤立的個人として捉えることを否定し破棄したのである。マルクスは、法そのものを廃止することを基礎にして考えているのである。

 マルクスは、現実の資本主義社会のなかに、あるべき人間を見いだしたのではなく。資本主義社会における人間を出発点にして、その人間を抽象したのである。そして、自然に働きかけ・これを変化させる人間、すなわち労働する人間を人間の本質形態としてつかみとったのであり、この労働を労働の本質形態としてつかみとったのである。

 マルクスは、出発点としての資本主義社会における賃金労働者の労働を、労働のこの本質形態から捉えかえして、それは労働の本質形態の資本制的に疎外された形態である、というようにあばきだし、資本制的に疎外された労働を廃絶し・労働の本質形態を実現することをおのれの目的としたのであり、この意志を資本制生産の全研究と『資本論』のすべての叙述につらぬいたのである。私はこのように考えるのである。

 マルクスが『資本論』の叙述につらぬいている彼の意志をつかみとるためには、彼が、現実を出発点にして、これをどのように抽象したのか、ということを考察しなければならない、と私は思うのである。

 『資本論』のあらゆる研究者が、マルクスがその叙述につらぬいている彼の意志をつかみとり・おのれのものとすることをなしえないのは、論理的には、マルクスが現実をどのように抽象したのか、ということをつかみとりえないことにもとづく、と私は感じるのである。

 

 

 

 

 

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 われわれは、マルクスが『資本論』で労働過程について論じたなかの、ミツバチと建築師のくだりを読む。われわれは、この建築師にかんして、自分が眼前にしている建築労働者を思いうかべる。

 われわれは、ここで、マルクスは、自分がいま思いうかべている建築労働者と同様の建築労働者をどのように考察したのか、ということを考えなければならない。

 マルクスの文章をよく読む。そして、マルクスが彼の頭のなかに描いているであろう像を推察してみると、そこには、建築資本家はいない。設計労働者と建物を建築する現場労働者との区別もない。資本主義社会では、建築業の資本家がどのような建物を建築するのかということを構想し、それにもとづいて・自分が雇った設計労働者に設計させ、その設計図にもとづいて・これまた自分が雇った現場労働者たちに建物をつくらせるのである。

 ところが、マルクスがこの文章として書いている像には、これらの人びとの区別はない。あたかも一人の建築師のように見える。しかし、一人の建築師では建物を建てることはできない。このように考えると、資本家がいないところの、多くの建築労働者たちがみんなで何を建てるのかということを考え、みんなで設計し、みんなで現場での労働をやる、というようにマルクスは描き、これを一人の建築労働者に代表させて「建築師」とよんでいるのではないか、ということが、われわれの頭に浮かんでくる。

 ここで、われわれは「そうか」と気づかなければならない。マルクスは、現実の建築労働者から出発して、これをグイーンと抽象(ちゅうしょう)したのだ、と。抽象は、他面からいえば捨象(しゃしょう)である。現実的で複雑な具体的なものから、本質的な簡単なものをとりだし・つかみとるのが、抽象という人間の思惟の働きである。この思惟の働きは、他面からいえば、現実的で複雑な具体的なものから、それを具体的なものたらしめている特殊的な諸契機を捨て去ることである。捨て去ると、本質的で簡単なものが残るのである。これが捨象である。だから、抽象と捨象はまったく同じ思惟の働きを別の角度から言い表したものなのである。

 このように考えると、マルクスは、抽象する=捨象するというように頭を働かせたのだ、ということがわかるのである。

 マルクスは、資本家が構想し、設計労働者が設計し、現場労働者が建築するという建築業のすべての作業から、資本主義固有のものをすべて捨象したのである。このことを、われわれは、現実のプロレタリアの労働から資本主義的な階級性・歴史性を捨象し、労働の本質形態をつかみとる、と言うのである。まさに、マルクスはこのように頭を働かせ、このようにしてつかみとった本質的な労働者を「建築師」と表現したのである。そして、このように頭を働かせることを、人間労働にかんする普遍的抽象のレベルに下向する、というように言うのである。抽象する=捨象するというように頭を働かせることが下向するということである。

 われわれは、マルクスがこのように頭を働かせた過程をわれわれ自身がたどることをとおして、われわれがいまおこなっている労働は、マルクスが明らかにした労働の本質形態の資本制的に疎外された形態なのだ、というようにつかみとることができるのである。

 そして、「この資本制的に疎外された労働を廃絶して労働の本質形態を実現しようぜ」というようにマルクスがわれわれに呼びかける声を、われわれは聞き、よし!そうするぞ!と決意するのである。

 

 

 

 

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 われわれは、マルクスの文章を読むときに、これまでの自分をそのままにして、その自分にその理論展開を知識として上積みするのではない。まさにいまの自己を否定し変革するのである。

 黒田寛一が生きていた時代に、多くの組織成員は、マルクスの理論を学習して、自分が理解しえたかぎりでのその理論を、これまでの自分に知識として上積みしていたのだ、といわなければならない。自分は、労働への自己のむきあい方と労働する自己の感覚そのものをどのように変革してきたのか、ということをふりかえり省みて、このおのれそのものを否定し変革しなければならない。

 

 

 

 

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マルクスの叙述を、理論としてつかみ知識として身につけるのか、マルクスの意志として感じ・おのれのものとするのか

 

 もう一度、人間労働にかんするマルクスの叙述について考えよう。

 マルクスは言う。

 「……数多の人間建築師を赤面させる。だが、最も拙劣な建築師でも最も優秀な蜜蜂よりもそもそもから優越している所以(ゆえん)は、建築師は巣を蝋で建築する前にすでにそれを自分の頭の中で建築しているということである。……」(青木書店版『資本論』330頁、新日本出版社版『新版資本論』第二分冊310~311頁)

 これ、それ自体は、マルクスが人間労働にかんして対象的に解明した理論的展開である。われわれは、自分が、これを、理論としてつかみとり・おのれの知識とするのか、それとも、これを、マルクスの意志として感じ・つかみとり、自分が感じ・つかみとったマルクスの意志をおのれのものとするのか、ということが問題となる、と私は思うのである。われわれは後者でなければならない、と私は考えるのである。

 経験豊かなわが仲間たちは、マルクスのこの叙述を理論としては知っている。われわれは、理論としては知っている・このおのれ自身をふりかえり、では、そのおのれ自身の感情・怒り・思い・意欲・意志は、実際はどこでうごいているのか、ということを、自分自身の生活・実践そのものをみつめて、省みる必要がある、と私は考えるのである。

 われわれは、自分の生活・実践そのものを凝視することをとおして、自分の感情・怒り・思い・意欲・意志は、知識としては身につけているマルクスの理論展開とは別のところでうごいていやしないか、ということを省みなければならない、と私は考えるのである。

 われわれは、マルクスのこの文章をはじめて読んだときには、自己を否定する感情にかられるのである。これを書いたマルクスを感じとり、いま労働している自己を、あるいは就職して労働する自己を、この自己存在を否定する意志を創造するのである。

 

 

 

 

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かつて黒田寛一の時代には、組織成員は、『資本論』のミツバチと建築師のくだりも、対象的に読んだのではないか

 

 現在の立場にたって・かつて黒田寛一が生きていた時代を思い起こしふりかえると、当時の組織成員は、マルクスの理論を学習しても、それを対象的に読んだのではないだろうか。

 当時、組織成員が、マルクスの『資本論』の第一巻第三篇第五章第一節「労働過程」の次のところを読みかえしたとしよう。

 「……数多の人間建築師を赤面させる。だが、最も拙劣な建築師でも最も優秀な蜜蜂よりもそもそもから優越している所以(ゆえん)は、建築師は巣を蝋で建築する前にすでにそれを自分の頭の中で建築しているということである。……」(青木書店版330頁、新日本出版社版『新版』第二分冊310~311頁)

 これを読んで、当時の組織成員は、次のようには感じなかったのではないだろうか。

 「この部分をはじめて読んだときに、俺は、マルクスは、プロレタリアの疎外された労働を分析して、その根底に、このような人間労働の本質形態をつかみとったのだ!と感じ、感動したのだ。俺のいまの苦しい労働は、このような人間労働の疎外された形態なんだ。マルクスは俺に、これをひっくりかえせ、と呼びかけているんだ。そうだ!よし!この疎外された労働を俺に強制している資本家どもを打倒し、新たな高度な地平においてこの人間労働の本質形態を実現するぞ、と決意した。いま、この決意を新たにするぞ!」

 このような熱情を、彼はふつふつと湧きあがらせたのではないのではないだろうか。

 ただ「マルクスは、人間労働の本質形態をこのように明らかにしたのだ。すばらしい」、というように、彼は対象的に確認したのではないだろうか。どこまでも、マルクスを対象的に読んだのではないだろうか。彼は、学校の勉強のように、マルクスを学習したのではないだろうか。

 私は、今日から過去をふりかえって、このように感じるのである。

 

 

 

 

 

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