彼女は僕の自信の拠り所でした。彼女が頑張れって言ってくれればなんだって耐えられたし、彼女が大丈夫って言ってくれればどんな状況でも落ち着いて安心できました。
彼女は打たれ弱い反面で、強い意志の持ち主でした。必要であればどんなに恐ろしい相手にでも怖気付きながら立ち向かって行き、やるべき事をキッチリ成し遂げて泣きベソをかきながら帰ってくるような人でした。
僕はそんな彼女を尊敬していたし、彼女が泣きながら帰ってくる場所としての自分に誇りを持っていました。
キッカケは正直わかりません。キッカケなんてなくても急に関係は崩れます。確かに言えるのは僕にとってそれが寝耳に水だったという事です。
急に別れを切り出されました。急にじゃないんでしょう、女の子は常に我慢してるって師匠言ってたし。僕は見事に取り乱し、師匠の助力もあって一時は連絡できる関係を繋ぎとめたものの、すぐに連絡不通の状態になりました。
僕の世界の中でそれこそ家族と同じくらい信用していた人に不意に去られ、去りゆく彼女を繋ぎとめられなかった自分に対し僕は完全に自信を失いました。
フラれた原因がわからなかったことも良くなかったんだろうな。人と話すときに何を言えばいいのかわからなくなりました。もしかしたら傷つけてしまうんじゃないか、この人が言っているのは本音なのか、俺が居ると楽しくないんじゃないか、人の考えていることがわからない。
それは特に女性と話すときに顕著に現れました。笑顔で何を考えてるんだろう、と軽い女性不信に陥っていたのかもしれません。
僕が信じられるのは、実家にいる家族、一緒に暮らすカメと文鳥、地元の気心知れた幼馴染、そして師匠でした。
師匠はアイドルを見ている時には疑うべくもなく楽しそうです。己を貫く余り、空気を読めてもあえて読まない師匠は周りから奇人扱いされていましたが、話してみればとても思慮深く、その考えに基づいて偽りなく振舞っていました。
僕は師匠とアイドルヲタをする事にしました。自分の存在を固定の他人に依存させないように、【アイドル】という概念にある程度の依存心を請け負って貰いました。
まずは何にも依存せずに自立できるくらいの揺るがない芯を手に入れたかったんです。しかし、支えを失った直後の僕にそれを1人で背負うことは難しく、一時的にでもどこかに預けないと潰れてしまいそうでした。
そういう意味で【アイドル】は僕の助けとして最適であったと思います。胸にぽっかり空いた穴を完全に塞ぐことはできませんでしたが、それを誤魔化して楽しい時間を過ごすことが出来るようになりました。
時が過ぎて、新しく彼女が出来ました。方向音痴だし、行きに躓いた所で帰りにも躓くドンくささ溢れる人ですが、僕の領域に決して強引に踏み込むことはせず静かに見守り、僕が気を許した部分を敏感に読み取ってその分だけ寄り添ってくれる優しい大人の女性です。付き合って1年以上経ち、最初は「堅いよ!」と共通の友人に呆れられていた関係もだいぶ軟化しましたが、今でも尚そういうところを尊重して接してくれる優しさを持っています。女性関係で卑屈になっていた時期の僕にとってその慎ましさはとても心地よいものでしたし、今も好ましい人だと素直に思えます。
この人と付き合う決心をしたときに、僕は元カノとの復縁を諦めました。メアドも変わってたし、そもそも連絡先を消していたし、ラインも、SNSも知っているアカウント類は全て消えてました。元々僕からは連絡の取りようがありません。徹底的に僕の前から痕跡を削除した彼女とこの先関わる確率なんてほぼ0でしょう。偶然会ったとしても、相手に自分の痕跡を一切残さないっていうのは縁切りです。愛情が冷めた後は凄まじく嫌われたんだと思います。
それでも、復縁の願いとは別に諦められない何かが胸のどこかでシコリのように固まり、今の彼女の優しさがその穴を塞ぐのを拒んでいるようでした。
先日、元カノから連絡が来ました。僕が諦める決意をしてから1年以上経っています。
結局、最後まで憎むことも出来なかった元カノという存在は僕の中で煮詰まり、こちらからは何もすることが出来ないのに僕を一方的に3年近く苦しめる存在として恐怖の象徴のようになっていました。
内容は別れ際の不義理を謝罪するようなものから始まりました。迷いましたが、返事をしました。
別れてからすぐ、仕事を辞めて学校に入り直したらしいです。今までどうしても連絡が取れなかった、と。それだけで多忙なのはわかるので別に理由は聞きませんでした。
お互いの近況報告の後、今回の連絡の意図には、謝罪の他に復縁の打診もあったと明かしてくれました。
彼女は打たれ弱い反面で、強い意志の持ち主でした。必要であればどんなに恐ろしい相手にでも怖気付きながら愚直に立ち向かって行き、やるべき事をキッチリ成し遂げて泣きベソをかきながら帰ってくるような人でした。
仕事を辞めて親の世話になりながら学校に通い直す。真面目に進路を見定めなかった自分の責任です。親からしたら知ったこっちゃないでしょう、学生の時に出した金はなんだったんだって思います。途中でやりたいことが変わったとしても知ったこっちゃないのは変わりません。立派な社会人ですから。自分で金貯めて学校に入り直し、バイトしながら卒業目指せばいいと言われればそれまでです。
彼女の目標は最短で学校を卒業し、復職することだったのだと思います。学業に専念するために親に頭を下げ、庇護下で生活させて貰わざるを得ない。彼氏にうつつを抜かしてる場合ではなかったのでしょう。
やるべきことの本質を見失わないからこそ、彼女はどんな困難にでも立ち向かい、成し遂げます。環境を大きく変えるって凄まじいエネルギーが必要です。自分の中を占めるリソースをそちらに割かなければ、処理が追いつかなかったのかもしれません。もし、この推測が正しければそれが僕だったのでしょう。
実際どうだったのかわかりません。これが本当の話なら都合がいい言い分です。現に連絡も一切無いまま2年8ヶ月が経っていました。僕の寿命が200年あれば気長に待っていたかもしれません。「学校が落ち着いて、その時にお互いまだ気持ちが残っていたらやり直しましょう」とでも言い残していけば僕はそれを信じました。
僕には希望もないまま、彼女と再び付き合うなんて叶うやもわからない自分の妄想みたいな願いを何年も信じ続ける強い心はありませんでした。一概にあちらのせいだけではありません。僕の心の弱さが今回の悲しいすれ違いの原因です。
僕に連絡するのはさぞ恐ろしかったと思います。自分が一方的に振ったわけです。別れ際、僕は目に見えて狼狽していたし絶望していました。悲しみが憎しみに変わっていてもおかしくありません。
僕に不義理を謝罪するべきだと思ったから連絡し、僕に想いを伝えるべきだと思ったから怖がりながらも連絡してきたのだと思います。
なんのことはない、ビビりながらもやるべき事をやり遂げるカッコイイ彼女のままでした。
後1年と少し早ければ、その頃に連絡の1つもくれていれば、或いは僕に気持ちが残っている、なんて話がなんらかの方法で僕の耳に届いていれば、僕が彼女を信じて待ち続ける強い心を持っていれば、僕と彼女は今映画化決定みたいな再会を果たしていたでしょう。人生のターニングポイントとか、分岐点っていうものを感じました。自分の選択を間違ったと思うのか、正しかったと思うのか決められるのは僕自身だけです。
僕たちは2年8ヶ月前に伝えられなかった感謝と気持ちをお互いに全て伝え、「もう二度と連絡はしない。」最後にそれだけを取り決めてやり取りを終えました。
やるべき事をやって泣きながら帰ってきた彼女を、再び僕が迎える可能性はこれで未来永劫なくなりました。
連絡を終えて胸の穴につかえて僕を3年近く苦しめていたシコリはなくなり、そのシコリの分の喪失感と少しの感傷があります。
そして、それを補い有り余る、彼女と別れる前のような「自分が十全に自分である感覚」を取り戻しました。伝えたいことを全て伝えられたからかもしれません。付き合えて本当に良かったなって思えるようになりました。
これから恐ろしくエネルギーを使う時期に突入します。この時期に人生の最大のトラウマに折り合いがつけられたのは、なにかの采配なのかもしれません。
どんなに恐ろしい相手でも、どんなに大きな困難にでも、戦わなければいけないならば泣きべそをかきながらでも立ち向かう女の子の姿は、尊敬できる人として、こうありたいと思う姿で、僕の中に強く残っています。