今回は、前回記事「ユニバーサル(後のアルゼ)のピンボール」をご高覧くださったおにたまさんとCaitlynからいただいた貴重な追加情報です。お二方、いつもありがとうございます。

 

◆ユニバーサルのピンボール第一号機は「HARD ROCK」ではなかった

まず、レトロゲーム界隈のレジェンド(他にもインディーズゲームのパイオニアとかプログラミング言語開発とか何かとすごい)であるおにたまさんから、「HARD ROCKの前に『オリエンテーリングORIENTEERING)』が発表されている」とのご指摘をいただきました。

 

おにたまさんは、「オリエンテーリング」は1976年10月に開催された第14回アミューズメントマシンショウ試作品として出展されていたとおっしゃるので調べたところ、業界紙「ゲームマシン1976年11月1日号の同ショウを報じる記事「各社出展内容一覧」において、ユニバーサルのブースの写真にオリエンテーリングの筐体が写っていました。ただし出展概要の文中では「試作機のフリッパー」と言うのみで、「オリエンテーリング」の名は述べていません。

 

「ゲームマシン」1976年11月1日号の記事「各社出展内容一覧」(P.17)より、ユニバーサルの出展内容を報じる部分。男性が寄りかかっているピンボール機が「オリエンテーリング」だが、「試作機のフリッパー」と言及するのみになっている。推奨サイズでなるべく大きく表示するために上下二分割している。

 

拙ブログではおなじみのカナダのCaitlynからも、彼女自身のブログ「外国人のためのエレメカアーケードゲームガイド」(ブログのタイトルで言っている「外国人」とは、「日本でない人」の意味)で「オリエンテーリング」のカラー画像を掲載していると教えてくれました。このブログは日本製のエレメカゲーム機を網羅することを目指しており、大変貴重な情報に溢れているので、この機会にぜひブックマークしておくことをお勧めします。

 

▲Caitlynのブログに掲載されている、「オリエンテーリング」のカラー画像。オリジナルは業界誌「アミューズメント産業」1977年2月号に出稿されたユニバーサルの広告と思われる。

 

この筐体画像を見ると、「オリエンテーリング」はスコア表示を7セグ(7セグメント)で行っているようです。これはSS機であれば然るべきことではありますが、やはり「CPU搭載」を謳っていた次作(HARD ROCK)及び次々作(HERCULES)のスコア表示をなぜEM機のようにリール式にしたのか、実に不思議です。

 

ユニバーサルは業界紙「ゲームマシン」の1977年1月1日号に同社の新製品を一挙に紹介する全面広告の中で(ゲームマシン紙では)初めて「オリエンテーリング」を「近日発売予定」として記載しました。

 

▲ゲームマシン紙1977年1月1日号に掲載されたユニバーサルの全面広告から、オリエンテーリングの部分(赤枠)。「近日発売予定」とある。

 

ユニバーサルはその後も月二回刊の「ゲームマシン」に1977年9月1日号まで17回に渡って「オリエンテーリング」を「近日発売予定」として記載し続けましたが、1977年9月15日号から記載されなくなり、そして10月5日に開催された第15回アミューズメントマシンショウで第二作目となるピンボール機「HARD ROCK」を出展しています。

 

ワタシは1977年いっぱいの「ゲームマシン」を調べましたが、「オリエンテーリング」を紹介する新製品情報記事はありませんでした。果たして「オリエンテーリング」は量産されたのでしょうか。なお、ワタシ自身は市場で見た覚えはありません。

 

◆ユニバーサル最後のピンボール「ASTEROID KILLER」

前回記事の最後で、「スコア表示をCRTで行っていた機種がHAREM CAT以外にもう一つあったように思うが確信が持てずモヤる(趣旨)」と述べていますが、それが「ASTEROID KILLER」であったことを、やはりおにたまさんとCaitlynから教えていただきました。おにたまさんは、「1979年のAMOAショー(米国で行われるAM業界の見本市)に出展され、Playmeter 1979/12に掲載されている」と教えてくださり、Caitlynも同様にこの機種について、自身のブログでPlaymeter誌の記事の画像とともに述べていると知らせてくれました。

 

 

▲Caitlynは米国の業界誌「Playmeter」誌に掲載されていた「ASTEROID KILLER」の二つの画像を編集して自身のブログにも掲載している。ここではその画像を再編集して、推奨サイズでなるべく大きく表示するために上下に二分割している。

 

Playmeter誌は「ASTEROID KILLER」についてやや長い評論(レーティング)を行っています。それは原則として好意的には見えるものの、どうもフリッパーが弱いらしく、狙ったところにボールを弾き返すのが難しいと複数個所で指摘しています。また、中にはアドバイスめいた意見もあり、発展途上の新興メーカーに対するピンボール先進国の優越感のようなものが若干感じられる気もします。

 

(プレイメーター誌による評価の抜粋とその超訳)

・このショーにおいてピンボールを展示したわずか2社の海外メーカーのうちの1社として、同社は海外の主流市場に明るい希望の光を投げかける。

 

・興味深いショットやプレイが楽しめるマシンだが、フリッパーの挙動やパワーに関してはやはり物足りなさが残る。プレイフィールド上部を狙うロングショットを打とうとすると、反応の鈍さも気になる。

 

・レイアウトは左右のバランスが良く魅力的だが、結局のところピンボールはフリッパーが命でありパワーがなければ他の要素も意味をなさない。

 

・特筆すべき細かい点としては、ボールが一時的に留まるスペースが設けられたキックバック・キッカー周辺(かつてピンボールマシンを見て回った際、ハリー・ウィリアムズが好んでいた仕様)や、プラスチックのオーバーレイが施された金属製プレイフィールドなどが挙げられる。

 

・日本の色彩感覚や色使いは確実に向上しており、本機は(見た目において)多くの国内モデル(注・米国製品のこと)と遜色ないレベルに達している。

 

・得点を稼ぐのが難しいのは、盤面に得点要素がないからではなく、フリッパーの性能上、狙ったエリアにボールを運ぶのが困難だから。もし別の種類のコイルを使っていたらこのゲームはどれほど素晴らしいものになっていたことか。

 

・フリッパーに根本的な問題を抱えている点が、この『アステロイド・キラー』の最大の弱点と言える。(そのため)ゲーム展開の大部分は下部のドロップターゲットやロトスピン(回転ターゲット)周辺での近距離のやり取りに終始してしまう。

 

・より大きな問題は、横方向へのボールの動きが乏しいことで、ボールの転がりやリバウンドの動きが全体的に鈍い。実際、このゲームは業務用として設置するよりも、個人で楽しむためのマシンとして家庭に置く方が向いている気がする。

 

・エクストラボールやスペシャルが発生すると、得点表示エリアがちょっとしたビデオゲーム画面に変わる。ユニバーサル社の開発陣が、小さな画面に踊るキャラクターを登場させるなど、興味深いグラフィックを組み込んでいる。見た目のインパクトは抜群かもしないが、動作の「もたつき(スローダウン)」がアーケードゲームとして許しがたい。

 

これらの評論の全文は、こちらから読むことができます(英語)。

 

ワタシにはこれらユニバーサル製ピンボール機をゲーセンで見たとはっきり言える記憶が無く、ひょっとしたら一つくらい新宿のゲーセンで見たことがあったかも知れないが定かではないと言う程度です。結局のところ、ユニバーサルのピンボール機は広く普及することはなかったように思います。

 

ユニバーサルはそれから程なくしてAM機器メーカーであることをやめてパチスロの開発に注力するようになり、AM業界に対しては海外のカジノ向けに開発したスロットマシンをメダルゲームとして供給するくらいに変化していきました。ユニバーサルが再びAM機器メーカーとして名乗りを上げるようになったのは、社名を「アルゼ」に変更し、sigmaSNKを買収した2000年以降になってからでした。

日本のAM業界で「ユニバーサル」と言えば、岡田和生氏が1969年(1967年とする資料もある)、28歳の時に栃木県小山市に創立した「ユニバーサルリース」から始まる(関連記事:初期の国産メダルゲーム機(5) ユニバーサル その1・沿革)ゲーム機メーカーを指すのが一般的です。実は岡田氏はそれ以前からコインマシン業界と関わりがあったと言う話もあるのですが、確かなソースが無いためここでは無視します。

 

ユニバーサルは後にパチスロの最大手メーカーとなるのみならず、海外カジノ向けのゲーミング機器の製造も行うなど事業を拡大させ、社長の岡田氏は1999年には長者番付の筆頭に挙がる億万長者となりました。さらに岡田氏は、ラスベガスで最もハイエンドのカジノホテルの一つである「ウィン・ラスベガス」の建設に出資し、ラスベガスのレジェンドの一人であるスティーブ・ウィン氏と蜜月関係を築いて、念願のゲーミング業界での地歩を固めました。

 

岡田氏はこれでウィン・ラスベガスの運営会社である「ウィン・リゾーツ」社の大株主の一人となりますが、で、あるにもかかわらず、岡田氏は自らフィリピンでカジノホテルを建設しようと活動を始め、ウィン・リゾーツ社はそれを株主として不適切な利益相反行為と判断して、両者の関係は拗れに拗れました。結局岡田氏は自身が持つ同社の株式を強制的に買い上げられて、ウィン・リゾーツから追放されました(関連記事:アルゼゲーミング、消滅の危機)。

 

岡田氏がフィリピンに建設した高級カジノホテル「オカダ・マニラ」についても、賄賂だのマネロンだの逮捕だのと良くない話題に事欠きませんが、ことの善悪はともかく、岡田氏はグローバル企業を築き上げたことは事実です。岡田氏のこの成功は当初から約束されていたものでは決してなく、弱小ゲーム機メーカーの頃から様々な苦労とチャレンジを繰り返してきた結果です。今回は、その過程の上に現れる、ユニバーサル製のピンボール機を取り上げておこうと思います。

 

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ユニバーサル初のピンボール機は、1977年にリリースされた「HARD ROCK」でした。(実はその前年に別タイトルをAMショウに出展しているとの指摘があり削除。詳細は「ユニバーサル(後のアルゼ)のピンボールの追加情報」を参照されたし。訂正日:2026.09.14)

 

ユニバーサルのピンボール機「HARD ROCK」が発表された1977年と言う時代は、ピンボール機のゲームを制御する回路がEM(Electro-Mechanical)」からSS(Solid State)へと移行するさなかで、このHARD ROCKも「CPU搭載」を謳っています。

 

▲HARD ROCK (1977)のフライヤー。片面のみらしいが、現物が手元にないので確認できない。

 

HARD ROCKはしかし、スコア表示はEM時代と同じ機械式のリール(フライヤーでは「リングカウンター」と呼んでいる)で行っています。他社のSS機はおそらくすべて(未確認)得点表示を7セグメント7セグ)で行っているのに、ここにどんな意味があるのか、テクニカルな方面に滅法暗いワタシには何ともわかりません。ひょっとすると、7セグの制御には一桁に付き最低7個(通常はドット1個を伴うので8個)のI/Oを要し、これが四桁分となると最低28個のI/Oが必要になるところ、一桁につき1個のI/Oで済むメカリールを採用したのかな、などと知ったかぶって想像しています。

 

ユニバーサルが次に発売したのは、1978年の「HERCULES 」です。米国ATARI社が翌年の1979年に破格に大型のピンボールを同名で発売していますが、タイトルに限って言えば、ユニバーサルはその先を越していました。この機械も「CPU搭載」を謳いながら、前作「HARD ROCK」同様スコア表示を機械式のリールで行っています。ただし表示桁数が一桁増えて10万の位まであります。

 

 

▲HERACLES (1978)のフライヤーの表(上)と裏(下)。

 

HERACLESはロールオーバースイッチ関連記事:【ピンボール】失われゆくロールオーバー・ボタンへの偏愛)に「スター・ロールオーバー」を使用しているように見うけられ、IPDBもそのように述べているのですが、フライヤー画像を見る限りその形状は米国メーカーが使用していたモノとは少し異なっているようです。ひょっとしてユニバーサルはオリジナルのスターロールオーバーボタンを作ったのでしょうか。

 

ユニバーサルピンボールの3作目は、1979年にリリースされた「HAREM CAT」です。ユニバーサルはこの機械のために珍しく二つ折り4ページ構成のフライヤーを作成しています。

 

 

▲HAREM CAT (1978)のフライヤーの表紙側(上)と中側(下)。

 

このHAREM CATは、スコア表示を世界で初めてCRTで行うという快挙を成し遂げました。そしてこのモニターではゲーム中に(今から見ればプアではあるが)ダンスする女性を表示するなどの演出を行いました。

 

 

 

 

▲各ページの拡大図。上から順に表紙、2ページ目、3ページ目、裏表紙。2ページ目に、CRTモニタで行われる演出の一部が見られるが、元の解像度が低いため文字を読み取るのが難しい。

 

ユニバーサルはこの翌年の1980年4作目となる「ASTEROID KILLER」をリリースしているというのですが、これに関する資料が私の手元になく、はっきりしたことがわかりません。頼りのIPDBでも、名前とリリース年は記載されているものの、フィーチャーの詳細や画像はなく、幻のような機械となっています。ユニバーサルが頒布した会社案内1982年版に掲載されている「製品リスト」にも、その名前はありません。

 

▲ユニバーサルが頒布した会社案内1982年版に掲載されている製品リストの一部。ハードロック、ヘラクレス、ハーレムキャットの3機種は記載されている(矢印)が、「ASTEROID KILLER」の名はない。

 

ワタシの記憶ではスコア表示をCRTで行っていた機種がHAREM CAT以外にもう一つあったように思うのですが、それは長い間をかけて記憶が歪んでしまったせいなのかもしれず、モヤります。

 

ユニバーサルは80年代に入るとアーケードから殆ど撤退し、もっぱらパチスロ(とカジノ向けスロットマシン)に傾注するようになります。これによりユニバーサルの短かったピンボールの時代は終焉を迎え、ピンボールメーカーとして業界に名を残すには至りませんでした。その後のユニバーサルの発展を見ればそれはそれで良かったと言うべきなのでしょうが、残念です。

 

前回記事「謎のBallyスロットマシン、10年半ぶりの追加情報」で、不覚にもワタシは2020年9月にこの謎のフライヤーについて追加情報を掲載していたことに言及し忘れていました。

 

それは「『謎のフライヤー』の追加情報」と言う記事で、斯界では有名な「ゲーム文化保存研究所(IGCC)」のキバンゲリオンさんという方がFacebookに上げてくださっていた画像を、許可をいただいて転載させていただき、考察したものです。

 

ただ、この記事は謎の解明とは到底言えるものではなく、むしろ混乱を助長させただけでなく、今読むと認識違いと疑うべき点もあって、あまり役に立つ内容ではありません。一つ意味があるとすれば、謎に迫ろうと苦闘する様子の記録にはなっているとは思います。

 

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さて、前回記事をご高覧くださった、拙ブログではおなじみのカナダのCatlynから補足情報をいただきました。彼女は、「大変興味深い。実に面白いバリエーション」と言って、同じようにコインボウルのない筐体が写る他の画像を提供してくれました。

 

▲Caitlynが送ってきてくれた画像その1。

 

この画像は、米国Bally社とそのおそらく子会社か、少なくとも何らかの関連がある「ルックリン アミューズメント」社が、1973年日本の業界紙に掲載したプライベートショウの告知のようです(2026年9月3日訂正)日本で開催したプライベートショウで頒布したフライヤーです。余談ですが、Ballyの日本法人である「バリー・ジャパン」が設立されたのは翌1974年の7月で、その社長が「J・ルックリン」と言う人でした。

 

この画像に写る筐体の上から2番目、「SUPER CONTINENTAL」は、まさに前回記事で述べた謎のスロットマシンと同じく、コインボウルがなく、返却コインを受ける小さな皿が付いているだけですが、採用されているシンボルは通常のフルーツ柄で、またハンドルも付いています。

 

▲上述の画像から、「SUPER CONTINENNTAL」部分を切り出した拡大図。確かにコインボウルがない。推奨サイズでなるべく大きく表示するため画像を上下二分割している。

 

さらに彼女は、ネットオークションで入手したという、Ballyが頒布した「SUPER CONTINENTAL」のフライヤー画像もシェアしてくれました。

 

▲Caitlynが送ってきてくれた画像その2。Ballyが頒布した「SUPER CONTINENTAL」のフライヤー。ここに見える筐体画像もコインボウルがない。

 

「SUPER CONTINENTAL」の型番は「891」ですが、他に二つのバリエーションがあり、一つは「891-1」、もう一つは「891-2」と枝番を付けて区別しています。このフライヤーには「3 Popular Models (3つの人気あるモデル)」として、それら三つのバージョンを説明しています。

 

▲SUPER CONTINENTALのフライヤーに記載されている三つのバリエーションに関する記述の拡大図。この画像もCaitlyn提供による。

 

これを超訳すると、こんな感じになろうかと思います。

 

MODEL 891:コインの払い出しがなく、全てのウィンはクレジットカウンターに記録され容易にリプレイできます。

 

MODEL 891-1:キースイッチにより、上記MODEL 891と同様のオペレートとするか、もしくはウィンをコインで払い出すかを切換えます(非常に大きなウィンはアテンダントによって支払われます)。

 

MODEL 891-2:全て自動的にコインを払い出します。ただし、全てのウィンはクレジットメーターに払い出されます。速いプレイを好むプレイヤーは、クレジットボタンを押し、ハンドルを引くという動作で素早いプレイができます。クレジットはいつでもコレクトボタンを押すことで、ホッパーからコインが滝の如く流れ出てきます。

 

ワタシが日本でメダルゲームとして見た「SUPER CONTINENTAL」は、おそらく全て「891-1」だと思うのですが、一度だけ、武蔵小杉にあったボウリング場でクレジットプレイの「SUPER CONTINENTAL」を遊んだことがあります。しかし、それが「891-1」だったのか「891-2」だったのかはわかりません。

 

クレジットプレイでは、筐体の左側面(向かって右)にあるボタンを押下することでクレジットをベットします。このボタンは、ピンボールのフリッパーボタンと同じか同等品と思われ、前回記事で述べた「PLAY CREDITS」ボタンのような使用感の悪いものではありませんでした。

 

▲SUPER CONTINENTALのベットボタン(矢印)。その右にはモードを切り替えるキースイッチ、左側(筐体正面側)にはクレジットカウンターが見える。

 

しかしながら、前回記事で採り上げた中国文化バージョンはこの三つのモデルのうちのどれに該当するのかがわかりません。コインの払い出しが無いなら891なのかなあとも思いますが、ベットボタンの仕様が異なりますし、何よりハンドルの有無という大きな相違点があるのに同じ型番なんてことがありうるのか、ひょっとして「891-3」とか、あるいはもっと別の型番があるのかとも疑っていますが、今のところ答えは見つかっていません。SNSで、リールに描かれるシンボルは中国文化柄だがハンドル有り、コインボウル有りのSUPER CONTINENTALが大阪のメダルゲーム場で稼働していたことがあると教えてくださった方もいらして、混乱はさらに深まっています。

 

ところで、前回記事で「(ハンドルが無く)コイン投入で自動的にリールが回転を始める機種があったが何という機種だったか特定できない(趣旨)」と述べていた機械のソースを発見しました。それはやはりBally1965年にリリースした「Model 794」という機種でした。

 

▲ハンドルがなく、コインを投入することで自動的にリールが回転を始める「Model 794」。

 

この画像は、マーシャル・フェイ氏の著書「Bally Slot Machines 1964-1987」の7ページ目です。加えられている説明文の超訳はこんな感じになります↓

 

腕がない片腕の追い剥ぎ

5¢貨を投入するとリールは自動的に回り始める。プレイヤーが好む、ハンドルが付いていてクレジットプレイができるスロットマシンが普及するのは1980年代になってからである。今は、素早いボタンによる操作を好む熱心なプレイヤーの間で、ハンドルが使われる頻度は減っている。1968年時点での価格は$1395(注・この本が出版されたのは2000年前後ころ)

 

このページに添えられている図は、前回記事で掲載したリールを電気で駆動するメカ部分と良く似ており、謎のスロットマシンより少なくとも5年早い段階で既に存在していたということでしょう。しかし、リールの駆動がステッパーモーターとなり、ボタンで用が足りるようになった現在でも、アップライト筐体のメカリールマシンには相変わらずハンドルが装備されていることから、人の固定観念はそう簡単に変わるものではないのだなあと思わずにはいられません。

 

前回と今回の記事を総括して、現時点では以下を結論としておきたいと思います。

 

・コインボウルが無いバージョンは「謎のスロットマシン」だけの特別仕様というわけではない。

・ハンドルが無いスロットマシンは他にも存在したが、殆ど普及はしていないようだ。

・謎のスロットマシンの製作意図や対象地域など詳細は依然として不明。

 

(おわり)

拙ブログを始めて間もない2016年3月、ワタシは「スロットマシン・謎のフライヤー(チラシ)」と言う記事で、米国Bally社が1970年にリリースした「Super Continental」機のバリエーションと思われる、他に類例をまったく見ないスロットマシンについて述べました。

 

▲2016年3月にアップした記事に掲載した、謎のスロットマシンのフライヤー。なるべく大きく表示するため、トリミングしたうえで上下に二分割している。

 

この機械には妙な点が四つあります。一つ目は、筐体に書かれている表示が漢字表記になっている点です。

 

▲筐体の漢字表記の部分(矢印)。使われている文字は、大陸では既に廃されているはずの繁体字。

 

妙な点の二つ目は、「スーパーシンボル(Super Symbol)」(7、星、ブルズアイの3種)はオリジナルのまま引き継がれていますが、本来フルーツ柄だったシンボルは中華文化風の絵柄に変更されていることです。漢字表記であることと併せて順当に考えるなら、この機械は当時既にカジノがあったマカオ向けと思われますが、「For Amusement Only」の意味と思われる表示「機此樂娯供僅限爲」は、カジノ向けであれば不要ではないかと引っかかります。とすると、まさかとは思いますが香港か台湾向け?

 

▲リール部分の拡大図。オリジナルのスーパーシンボルに混じって、京劇の面や武俠劇の人物のような中華風シンボルが見える。

 

三つ目は、払い出されたコインを受けるコインボウルが無いことです。オリジナルのSuper Continentalにもキースイッチ一つでクレジットメーターにゲームの払い出しを行うモードに変更するオプション機能はありましたが、このようなクレジットプレイ専用機は見聞したことがありません。

 

▲筐体前面下部の、本来コインを受けるコインボウルが付いているべき部分には、おそらく不良コインの返却口とその小さな受け皿のみが見える。

 

最後の四つめは最も奇妙で、この機械には、「One Armed Bandit (片腕の追い剥ぎ)」の異名の所以でもあるスロットマシンのハンドルがありません。ステッパーモーターでリールを回すようになった1980年代以降の機械ならともかく、機械動作でリールをまわしていたこの時代の機械で、これで一体どうやってリールを回しているのでしょうか。

 

▲左は通常のSuper Continental機、右が謎のスロットマシン。筐体の向かって右側面にはリールを回すためのハンドルが付いているのが通例だが、この謎の機械にはそのハンドルがない。

 

ワタシがこのフライヤーをいつ頃、どうやって入手したのか記憶がありません。以来ずっと謎のまま、こんな物があったという事実のみ判明している状態のまま放置されてきました。

 

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ところが今月の初めころ、SNSで、まさにこのフライヤーにある機械がネットオークションに出品されているのを見つけてしまいました。

 

▲ネットオークションに出品されていた謎のスロットマシンの正面全景。

 

画像は全部で5枚あり、ワタシが持っているフライヤーの絵よりも解像度が高く、これまで謎だった部分のいくつかが説明できる内容が写っていました。まずはそのうちの一つ、リール部分はこうなっていました。

 

▲ネットオークションに出品されていた謎のスロットマシンの5枚の画像うち、リール部分の拡大図。推奨サイズでなるべく大きく表示するため、元の画像からさらにリール部分だけトリミングしてある。

 

中華風のシンボルは、オリジナルのペイアウトスケジュールと突き合わせると、京劇の面と思しき白、橙、赤の三色は、それぞれオリジナルのBARシンボル(トリプルバー、ダブルバー、シングルバー)に相当しています。さらに剣舞をしているように見える人物チェリー月琴(弦楽器)オレンジ大人(ターレン)の顔プラム龍の顔ベルに相当しています。

 

▲謎の機械のペイアウトスケジュール表。元の画像を正面アングルになるように補正してある。

 

フロントドアの前面に付いている2つのボタンも、高解像度画像のおかげで何のボタンか判明しました。左のボタンには「PLAY CREDITS」、右のボタンには「SPIN  REELS」と書かれています。

 

▲フロントドアの前面に付いている2つのボタンの拡大図。左には「PLAY CREDITS」、右には「SPIN REELS」と赤い文字で描かれている。

 

つまり、ゲームの結果で得た配当はクレジットに払い出され、次回以降のゲームでは左の「PLAY CREDITS」ボタンでメーターに記録されているクレジットをベットし、右の「SPIN REEL」ボタンでリールを回すということのようです。この筐体にハンドルがない事情はこれで納得できました。

 

ただ、ここで使用されているボタンは、Ballyが従来の機種で係員の呼び出しやリールのホールドフィーチャーに使用していたものと同じもののように見えます。そうであるなら、このボタンは押下するには重く、押し心地も決して良くなかったので、遊び心地は決して良くなかったのではないかと思われます。

 

▲Ballyが従来の機種で同様のボタンを使用していた例。1966年に発売した「Quick Draw」より。余談だが、このボタンを装備する穴の開いたフロントドアが、ストップボタンの装備を必須とする日本のパチスロ「ジェミニ(Gemini)」に流用された(関連記事:「アメリカンパチンコ」・ジェミニ)。

 

思えば、米国のコインマシンはこの種の入力装置の使用感にはかなり無頓着だったように思います。例えばビデオポーカーでは、押し心地が悪く、押したつもりでも効いていなかったなどという事がしばしばあるようなボタンを採用している機械が、2000年代になってもまだ多数残っていたものです。

 

▲90年代に作られたビデオポーカー機。コンパネの長方形のボタンは押す感触が悪く、押しても反応しないこともしばしばあり、こういうことに細かい日本人のワタシには不良品だと思いたくなるようなシロモノだった。この画像はヘンダーソンのカジノホテル「SKYLINE」で2025年に撮影したもの。今となっては懐かしい。

 

つい恨み言を述べてしまいました。話を戻して「SPIN REEL」ボタンについて。この時代のリールの駆動機構を動作させるにはかなり強い力を要しましたが、そこは大きなレバーを引いて梃子の原理を応用することで解決していました。そしてその一連の動作には電気を必要としていませんでした。

 

それをボタン一つで動かすとなると、当然ながら電気が使われているはずです。電動でリールを回転させるメカは、当時はかなり画期的だったと思うのですが、他に使われた例を見たことは殆どありません。わずかに、コインを投入すると自動的にリールが回転を始めるスロットマシンがあったと思ったのですが、今、それが何という機械であったかを特定することができません。

 

この謎のスロットマシンには一体どんなメカがそこにあったのか、詳しいことまではわからずともなんとか概要だけでも知りたいとずっと思い続けていたのですが、今回発見した画像の中に、その答えの一端を伺うことができるものが一つありました。

 

▲ネットオークションに出品されていた謎のスロットマシンの5枚の画像うち、リール駆動部分がみえる図。本来ホッパーがあるはずの部分まで含んで推奨サイズでなるべく大きく表示するため、元の画像をトリミングしてある。

 

ちなみに、オリジナルのSuper Continentalの内部はこんな風になっています↓

 

▲オリジナルのSuper Continentalの内部。リールの向かって右側にはハンドルから得た機械動作をリールの駆動に変換する間接機構と、下の方にはコインを払い出すホッパーが見える。

 

▲改めて、謎のスロットマシンとオリジナルのリール駆動部分の比較。左が謎、右がオリジナル。

 

この画像を見たからと言って、電気やメカの知識に乏しいワタシが駆動の詳しいメカニズムを理解できるわけではありません。それでも、全く何もわからなかった謎が多少なりとも明らかになるのは嬉しいことです。また、シンボルの鮮明な画像により、チェリー相当のシンボルがこういうポーズをしていたことが知れたのが嬉しいです。

 

▲チェリー相当のシンボル。

 

(おわり)

前回まで

 

熱海の浜町(現在の銀座町の一部)にかつてあった「アタミセンター」という娯楽場は、その後「加奈」という喫茶店となるも、2016年に店主が急逝し、一昨年の3月に訪問した時点では依然として空き家のままであった。だが今回、約2年半ぶりに再訪したところ、壁沿いの照明に明かりが灯り、様子が変わっている。いったい何があったのか。

 

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錆色の、「Kana」の名が残るテントはそのままに、以前はシャッターが降りていた入口は開いており何やら看板も出ています。

 

▲今回の旧加奈の入口。テントはそのままだが、明かりが灯り、看板と、酒樽のようなものが見える。

 

恐る恐る近づいてみると、樽の上には「本日お席あります」の掲示とともに、メニューのようなものが置かれています。どうやら飲食店として新たにオープンしているようです。

 

▲入口の樽の上。どうやらビストロ的な飲食店のようだ。

 

ワタシは酒を飲まないので一人でこの種の店に入ることはまず無いのですが、この機会にぜひ店内を見てみたいと思い、意を決してドアを開けると、左手を壁、右手にはカウンター席が奥に向かって続いているのが見えました。すぐにやってきた店員さんにひとりだと告げると、カウンターの最も入口に近い席に案内され、とりあえずビール(ハートランド)を注文しました。

 

▲まず注文したビールとお通し。お通しはおいしい。

 

ビールを持ってきてくれた店員さんに、この店はいつオープンしたのかと聞くと、昨年(2015年)1月ころとのことでした。さらに、この建物ができてから今までの経緯や加奈の事を調べているなどと述べると、入口の上部、蟻壁に相当する部分に加奈の看板が残っていることを教えてくれました。

 

▲入口の上部に残る「珈琲院 加奈」の看板。スポットライトが当てられている。

 

店員さんに、「他のお客さんが写らない範囲で店内の写真を撮ってもよいか」と尋ねると、「責任者に確認します」と言って一旦引っ込んでいきました。ワタシの左側に続くカウンターには他に二組か三組、さらに奥で右にL字型に曲がった席にも一組二組のお客さんがいて、これらが写らないように撮影するのは難しいなあと思いながら店内をしげしげと見回していると、さっきの店員さんが戻ってきて、「他のお客様が写らなければ撮影は構わないとのことです」と言いながら、一組のコーヒーカップとソーサーを持ってきてくれました。それには加奈のロゴが入っていました。

 

▲加奈のロゴ入りのコーヒーカップとソーサー。カップはけっこう小さい。

 

礼を言ってありがたくカップを撮影させてもらった後、何か一品くらい注文しないといかんなと思いながらメニューを見ていると、別の店員さんがやってきて「お一人様限定のおつまみセットがございますがいかがですか。お任せで小鉢四品になります」というので、それをいただくことにしました。

 

▲料理のメニュー。最下段に「おひとり呑みの方限定 おまかせおつまみセット 小鉢4品」とある。今回はカツオのカルパッチョ、タコの何か、岩牡蠣、ちくわ磯辺揚げ。どれもおいしい。

 

お手洗いに立ち、手を洗おうとしたら、そこにも加奈の名残りがありました。

 

▲手洗い場に残る、加奈オープン時に贈られたと思われる色紙。入口の看板もそうだが、以前の名残りを敢えて残しているように思われる。

 

席に戻り飲み食いを続けていると、別のお店の男性から「加奈についてお調べですか」と声をかけられました。聞けばこの店の店主の田中さんという方で、出身が熱海だそうです。以前は東京・世田谷の三軒茶屋でビストロを開いていたものを、故郷に戻って熱海の海岸沿いの町、渚町で開業していたが、昨年になってこちらに越してきたとのことです。ワタシが「この建物が『アタミセンター』だった頃を知りたくていろいろ調べている」と答えると、「いいものがあります」と言って奥に引っ込み、ケースに入った野球のボール(硬球)を持ってきて見せてくれました。

 

▲田中さんが持ち出して見せてくれた、「アタミセンター」と書かれた野球のボール。

 

これはひょっとして、「ホームランゲーム」(関連記事:幻の「アタミセンター」を求めて(1):失われた町、浜町(熱海市))に関係するギブアウェイかなにかだったのでしょうか。残念ながらそこまで詳しいことはわかりませんでしたが、このボールはいくつかあったが、そのうち何個かは他人の手に渡った」と教えてくれました。また、「タイガー娯楽」(関連記事:「アタミセンター」の謎解明に繋がるか? 「タイガー娯楽」(1))もご存知で、「熱海では大手のディストリビューターで大変裕福な家だった」などのよもやま話とともに、現在のこのお店はタイガー娯楽とは無関係であることがわかりました。

 

最後に田中さんは、「アタミセンターについて知りたければ、この方に聞いてみるとよりくわしいことがわかるかもしれません」と言って、一人の個人名とそのインスタグラムのアカウントを教えてくれました。東京に戻り、早速この方にアクセスを試みようと思ったのですが、無縁の者からのフォローやコメントを受け付けていないようで、現時点ではまだご連絡を取ることができておりません。しかし、古物商を営まれているとのことなので、今後即売会などでご縁ができる機会を作れればと思っています。

 

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ご親切にご対応くださったお店は「まるのわMARUNOWA)」と言います。また、田中さんは他にも、「まるのわ」の脇を流れる糸川を挟んだ隣の中央町に残る旧カフェー「つたや」のリノベーションに参加し、その一角で今年4月に「松坂」と言う肉豆腐のお店をオープンしたとのことです。一昨年にこの地を訪れたときには仕舞屋ばかりで、今も残る、昭和のある時期の姿を留めるこの歴史的景観もいずれ失われてしまうのかと残念に思っていたものでしたが、まだまだ命脈は尽きていませんでした。

 

まるのわ、松坂ともに、拙ブログをご高覧くださっている皆様もきっとお気に召すと思いますので、熱海に行かれる機会がありましたらぜひお立ち寄りいただければと思います。

関連情報:まるのわ(食べログ) 松坂(公式インスタグラム)

 

(おわり)

先週の水曜日(8月5日)、熱海に行ってまいりました。 女房が推し活しているグループが熱海でイベントを行うとのことで、「熱海ならチミもブログネタのために行ってたじゃん」と口説いてくるのですが、私はそのイベント自体には興味がなく、アタミセンターの件については今更新たな発見も期待できないので乗り気ではありませんでした。

 

しかし、その日は夜に海岸で花火大会があるのでこの機会に夏っぽい事をしたい、そして終わった後は沼津に一泊して翌日沼津港深海水族館にでも行こうと言うので、ワタシは夜に熱海入りして合流することで折り合いをつけました。

 

女房が言う「ブログネタ」とは、一昨年の3月、初の国産ピンボール機の謎の探索で訪れ、その経緯を「幻の『アタミセンター』を求めて」(全4回シリーズ)と「新・幻の『アタミセンター』を求めて」(全6回シリーズ)にまとめたものです。

 

幻の「アタミセンター」を求めて

(1):失われた町、浜町(熱海市) 2024.02.04

(2):旧浜町で発見した看板建築 2024.02.11

(3):「加奈」以前の浜町  2024.02.18

(4):最終回  2024.02.25

 

 

新・幻の「アタミセンター」を求めて

(1):これまでの経緯 2024.03.31

(2):初日の記録その1 2024.04.07

(3):初日の記録その2 2024.04.14

(4):初日の記録その3 2024.04.21

(5):二日目の記録その1 2024.04.28

(6):二日目の記録その2 2024.05.05

 

この謎の究明には「アタミセンター」と言う娯楽場が重要な鍵となっていました。調査を進めていくうちに、アタミセンターは遅くとも1961年には存在し、1972年には「加奈」と言う喫茶店が同じ所在地に併存していたことが判明しました。そして「アタミセンター」の名は1982年版までの住宅地図上に載っていますが、翌年以降同所在地には「加奈」のみが掲載されるようになります。

 

▲在りし日のアタミセンター。レトロゲームファンの間では語りぐさとなっている熱海の和田たばこ店の前店主によると、壁に電飾を設置したのは熱海で初めてだったとのこと。

 

残った「加奈」は、地元の人にも、また観光客には昭和の雰囲気を色濃く残すレトロスポットとして愛されたようですが、店主が2016年に急逝し、以降旧アタミセンターの建物は空き家のまま放置されていました。

 

▲喫茶店「加奈」のテントが残る旧アタミセンター。2024年3月に撮影。この時点では空き家だった。

 

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当日ワタシが熱海に着いたのは夕方の6時すぎ頃でした。熱海駅は高台にあるので、海岸で打ち上げられる花火はここから見られるかと期待して、女房とは駅で合流しようと申し合わせていたのですが、実際に駅に着いてみれば建物が邪魔でそれは無理であることがわかりました。仕方なく海岸線に向かう下り坂を、帰りはこれを登ってこなきゃならないのだなあと思いながらトボトボと歩いて行きました。

 

やがて見覚えのある銀座町にたどり着き、ここまで来たならついでに今は空き家の加奈をもう一度覗いてみようと足を向けてみたところ、前回来たときとはずいぶん雰囲気が変わっていました。

 

▲2026年8月5日に撮影した旧加奈(アタミセンター)。壁沿いの照明が点灯している・・・?

 

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実はここ数日、発熱、頭痛、渋り腹、ふらつき、食欲なし、強い倦怠感が続いていて、少し安静を怠ると症状が強くなるため、今回はここまででご勘弁いただき、続きは次回の更新でとさせていただきとうございます。すみませんが何卒ご容赦ください。

 

 

▲次回予告のつもりの画像

 

(つづく)

ワタシは、拙ブログを始めて間もない2016年4月、「セガのスロットマシンに関する思いつき話」と言う記事の中で、1971年か72年に長野県で見たセガのスロットマシンについて、

 

標準的なフルーツシンボルではなく、動物のシンボルが使われており、左リールに一つ出現するだけで当たりとなるチェリーに相当するシンボルは、青いチンパンジーの絵柄だった

 

と述べています。

 

しかし、以来現在に至るまで、同じリールを使った機種を見聞することはなく、一体アレは何だったのかとずっと不思議に思っていたのですが、あれから半世紀以上を経た今年の4月になって、まさにこの記憶に合致するスロットマシンの画像がSNS(X)にアップされているのを発見してしまいました。

 

▲SNSにアップされていたスロットマシンの画像。画像掲載については撮影された方と、出品された業者さんの了解を得ている。

 

この画像をアップされた沼田出穂(IPPO)さんにDMでお伺いしたところ、横浜で行われた「ジャンクショー」と言ういわゆる「蚤の市」に出品されていたものとのことでした。ワタシの記憶は極めて僅かだったので、これは大変に貴重な情報でした。

 

▲SNSに投稿されていた画像より、マーキーと筐体のコインシュート周辺の拡大図。

 

マーキーにはカタカナで「ボナンザ」の文字と3匹の魚、それに「→まどに3尾見えれば 18枚出ます!」との日本語の説明が描かれています。そして本来はデノミの表示がある部分は黒く丸いメクラ蓋で塞がれ、その右上にはこの商品の売価を示す「¥90000」のシールが貼られています。

 

セガは1959年以降(関連記事:セガ・スター・シリーズの登場時期が判明!)に「ボナンザ・スターBONANZA STAR)」と言う機種を発売しており、つまりこれはそのスキン替え版であるようです。

 

▲オリジナルのボナンザ・スターのフライヤー(部分)。

 

▲今回出品されていたスキン替え版のウィンドウとその下のペイアウトスケジュール表の拡大図。

 

ペイアウトスケジュール表には、トラ、ゾウ、ライオン、ワニ、シロクマ、チンパンジーの6種の動物が見えますが、ウィンドウの右リールにはさらにブタが見えます。オリジナルのボナンザ・スターと照合すると、それぞれのシンボルは以下のように対応しているようです。

 

トラ → BAR

ゾウ → スイカ

ライオン → ベル

ワニ → プラム

シロクマ → オレンジ

チンパンジー → チェリー

ブタ → レモン

魚 → $

 

オリジナルのボナンザ・スターでは「ミステリー・ペイアウト(Mystery Payout ?)」の一言にまとめているアタリ役の組み合わせを、動物シンボル版では全部列挙しているので掲示する項目が増えていますが、中身は同じものと判断して間違いないと思います。

 

レモンがハズレシンボルに使われるのは、英語の「Lemon」に「つまらないもの、ガラクタ」の意味があるからと思われます。これが動物シンボル版では「ブタ」にされたのは、博打においては「ブタ」が「役無し」を意味するからだとすれば、妥当な置き換えに思えます。

 

それにしても日本でこの種のスロットマシンが合法になっていたことは無いはずなのに、これは一体どういうことでしょう。ひょっとして、これが返還前の沖縄で稼働していた「スラグマシンSlug Machine)」(関連記事:「メダル」と「メダルゲーム」という呼称についての備忘録(1))なのでしょうか。

 

この種の機械のコインメカは使用するコインによって部品を変える必要がありますが、沼田出穂(IPPO)さんのお話ではこの動物シンボル版で使用されていたトークンはセガのロゴが入っていたとのことです。画像を見ると、確かにこの柄のセガの25¢メダルは存在しました。そうであれば、この機械のコイン選別の精度はそれほど高くはないので、米ドルが流通していた返還前の沖縄でこの機械が25¢貨で稼働していた可能性はありそうです。

 

DMでのやり取りで、沼田出穂(IPPO)さんは「ジャンクショーは今度の8月にも行われるので、同じ業者が再び出品するかも知れない」と教えてくださったので、以来その日を指折りかぞえて待つことおよそ4ヶ月、昨日8月1日に行ってまいりました。

 

ジャンクショーは、みなとみらい線日本大通り駅から近い、「横浜産業貿易センター」で行われていました。1000円の入場料を要しますが、一旦退場しても再入場できる紙のチケットを別途くれます。ワタシが過去3回訪れている、米国シカゴで毎年2回開催される「シカゴランドショウ」(関連記事:歴史の語り部を追った話(2):シカゴランドショウ(Chicagoland Show))と雰囲気がよく似ています。相違点は、シカゴランドショウに出品されるものはコインマシンが主ですが、こちらジャンクショーはコレクティブルな「ガラクタ」(オフィシャルは「ガラクタパラダイス」と謳っている)全般が主である点です。場内にはたくさんの古物業者がブースを広げており、それらを見て回るだけでも楽しいです。

 

▲ジャンクショウの場内の様子。

 

しかし、それほど大きいと言うほどでもない場内を一廻りしてみましたが、SNSで見たスロットマシンは見当たりません。コインマシンは僅かにジュークボックスを出品している業者が一件あるだけです。

 

 

▲ジュークボックスを扱っていた業者が頒布していたフライヤー。「どんどん(ネット上に)拡散してください」とのことなので、応援のつもりで掲載。

 

この種の即売会は、たいてい出展者がある程度固定化されていて、ブースの設置場所もそうしょっちゅう変わるわけではない(と思われる)ので、元の画像に写る背景を頼りにここと思しき業者に目星をつけて聞いて回り、ついにこの動物シンボル版を出品していた業者を見つけることができました。そこで話を伺うと、このスロットマシンは最近売れてしまってもう手元にはない、とのお返事でした。さらにもう少し掘り下げて伺ったところでは、「なかなか売れないので別の同業者に少し安くして引き取ってもらった」、「入り用であれば買い戻せる可能性はある」とのことでした。

 

元の売値の9万円ならばなんとか払えるくらいのヘソクリはあるのですが、問題はお金ではなく、ワタシの陋屋ではこのお宝の置き場所がないことです。これから置き場所となるところを探すにしても、以前のMAD MONEYの時にもかなり苦労した経験(関連記事:SEGA MAD MONEYがやって来た!(1):ここに至るまでの経緯)から見通しは暗いのですが、それでも少し足掻いてみようと思います。

 

なお、この親切な業者さんは、埼玉県川越市の「Low Jack」という古着及び骨董品やさんです。ビンテージ衣類や家具の販売と買取をされているとのことですので、ご興味を持たれた方は一度公式ブログをご参照ください。

 

今回の画像及びいきさつをブログに掲載することを快くお許しくださった沼田出穂(IPPO)さんとLow Jackさんには心よりお礼申し上げます。どうもありがとうございました。

本記事では、拙ブログでタイトー(TAITO)社に言及した記事を、以下の4つの小分類に分けてまとめています(2026年7月25日現在)。

 

(1)TAITOの歴史に関連する記事

(2)TAITOのゲーム機に関連する記事

(3)TAITO製の7号営業向け遊技機に関連する記事

(4)その他

 

本記事は、今後更新されることがあります。最終更新日:2026年7月26日

 

▲タイトーのロゴの変遷。上段は「太東貿易」を名乗っていた時代のもので、遅くとも1965年時点で使用されていることは確認している。中段は1972年に社名を「タイトー」に変更した際に新たに制定したロゴ。緑色は当時のコーポレートカラーだった。下段は1988年、創業35周年を機に実施したCIで制定したロゴ。

 

(1)TAITOの歴史に関連する記事

 

 北米に手打ち式パチンコを見る 2021.05.30

タイトーが中古のパチンコ機を米国に輸出していた背景には何があったのか。

 

 86年JAMMAショウ・TAITO編 2021.07.25

1986年に開催された業界のトレーディングショウでのタイトーの出典内容。

 

 1960年代のTAITO(1):1964-1967【情報求む】 2021.11.07

かつてタイトーが自社サイトで公開していた歴代のAM機リストのうち、1964年~1967年まで。全5回シリーズ。

 

 1960年代のTAITO(2):1968-1969【情報求む】 2021.11.14

前回に続き1968年から1969年まで。

 

 1960年代のTAITO(3):追加情報その1 2021.11.21

今回のシリーズをご高覧くださった皆さまからいただいた追加情報のその1。

 

 1960年代のTAITO(4):追加情報その2 2021.11.28

今回のシリーズをご高覧くださった皆さまからいただいた追加情報のその2。

 

 1960年代のTAITO(5):追加情報その3 2021.12.05

今回のシリーズをご高覧くださった皆さまからいただいた追加情報のその3。

 

(2)TAITOのゲーム機に関連する記事

 

 タイトー初のビデオスロット「スーパーレインボー(1981)」 2021.04.25

ビデオ技術の発達で広まりつつあったビデオスロットにタイトーが参入。

 

 初期の国産メダルゲーム機リスト(1)1974 2022.08.28

タイトー以外も含む、初期(1974~1978)の国産メダルゲーム機のリスト。全4回シリーズ。

 初期の国産メダルゲーム機リスト(2)1975年 2022.09.06

 初期の国産メダルゲーム機リスト(3)1976年 2022.09.11

 初期の国産メダルゲーム機リスト(4)1978年 2022.09.18

 

 

 【小ネタ】1976年のタイトロニクス 2023.06.18

1976年にタイトーが頒布したビデオゲームの総合カタログ。

 

 タイトーのルーレットゲーム(1) マジックルーレットシリーズ  2026.06.07

タイトーが製造したメダルゲームのルーレットゲーム機を網羅する全6回シリーズ。1回目は1980年の「マジックルーレット」1981年の「ニューマジックルーレット」

 

 タイトーのルーレットゲーム(2) エメラルドホール(1989) 2026.06.14

シリーズ2回目は「エメラルドホール」。

 

 タイトーのルーレットゲーム(3) カジノビーナス(1992) 2026.06.21

シリーズ3回目は「カジノビーナス」。

 

 タイトーのルーレットゲーム(4) シネマテックルーレット(2006)その1 2026.06.28

 タイトーのルーレットゲーム(5) シネマテックルーレット(2006)その2 2026.07.12

シリーズ4回目と5回目はタイトー最後のルーレットゲームとなる「シネマテックルーレット」。

 

 タイトーのルーレットゲーム(6) 補遺 2026.07.19

シリーズ最後は、コメントやSNSでお寄せいただいた補足情報。

 

(3)TAITO製の7号営業向け遊技機に関連する記事

 

 IPDBと「アポロボール(TAITO, 1971?)」 2021.01.10

ピンボール機のオンラインデータベース、「Internet Pinball Data Base(IPDB)」に見える「Apollo Ball」とタイトーの7号遊技機「アポロボール」との関係は?

 

 オリンピア・たぶんこうだったんじゃないか劇場(1):プロローグ 2022.01.23

パチスロの嚆矢「オリンピア」ができたいきさつを、断片的な事実をもとに創作したフィクション。全5回シリーズ +後日談2回。

 

 オリンピア・たぶんこうだったんじゃないか劇場(2):第1幕/第2幕 2022-01-30

 オリンピア・たぶんこうだったんじゃないか劇場(3):第3幕 2022.02.06

 オリンピア・たぶんこうだったんじゃないか劇場(4):第4幕/第5幕 2022.02.13

 オリンピア・たぶんこうだったんじゃないか劇場(5):ファクトチェック2022.02.20

 SEGA RETROさん、それ、違うってば! 2024.01.28

 【補足情報】SEGA RETROさん、それ違うってば!のフォロー 2024.01.30

 

 

 「株式会社オリンピア」は実在したのか? 2025.08.03

オリンピア機の開発販売を巡って作られた、タイトーとセガによる合弁会社(のように見える)「株式会社オリンピア」は、しかしその活動実態が殆ど伝わっておらず、謎の企業となっているのだが。

 

 「スキル・ボール」と「アポロ・ボール」の謎(1) 2025.08.17

セガとタイトーは、同じ時期に同じゲーム内容だが異なる筐体、異なる名称で6カードビンゴ機を風俗営業機として製造販売していたのはどういうわけなのか。全3回シリーズ。

 「スキル・ボール」と「アポロ・ボール」の謎(2) 2025.08.24

 「スキル・ボール」と「アポロ・ボール」の謎(3) 2025.08.31

 

 

 

(4)TAITOに関連するその他の記事

 

 お知らせと過去記事の補足をいくつか 2022.10.30 

タイトーが1967年に発売したプライズ機「サンダーバード」画像あり

 

以上

本シリーズで採り上げた機種に関して、ありがたいことにコメント欄やSNSで補足情報をお寄せ下さる方々がいらっしゃいました。今回はシリーズ最終回として、それらをまとめておこうと思います。

 

【エメラルドホール】

●「球が回転盤の「★」に入ると「LOST OR JACKPOT GAME」に入ると言っているがそれがどんなものだったか覚えていない」と述べたところ、ビンゴサーカスさんよりコメント欄にて情報をいただきました。それによると、

 

・★ポケットには金色と銀色が一つずつある。

・★ポケットに球が入ると、モニター上で抽選が行われる。

・金の★の場合は通常配当の2倍、銀の★は通常配当の半分(だったと思う)。

 

とのことでした。ビンゴサーカスさんは「LOST OR JACKPOT GAME」「ビデオでの抽選なのだからいくらでもイカサマができるのに結構当たった」とおっしゃっています

 

●同じくビンゴサーカスさんより、フライヤーの説明図では3つのボタンを「係員呼び出し」、「ペイアウト」、「クレジットゲーム」ボタンと説明していますが、これらはベット用のボタンであり、フライヤーが説明している機能は各サテライトの上部にあるボタンに振られているとのことです。

 

▲フライヤーにあるコントロールパネルの説明図。1、2、3のボタンはベットに使用するボタンであり、説明が間違っている。

 

▲実際のコントロールパネル。フライヤーの説明図はAの3つのボタンの機能を述べているが、その機能は、正しくはBのボタンに振られており、ビンゴサーカスさんによれば、Aの3個のボタンは、リピートベット、10ベット、1ベットのボタンとのこと。

 

●やはりビンゴサーカスさんからの情報によると、レイアウトの左右に見える10個の円は、ベットの残り時間を表示するランプだったとのことです。ベット受付開始時は全ての円が点灯し、以降時間経過に従って一つずつ消灯していき、全部消灯したらベット締切となったとのことです。

 

▲ベット時間を表示する、左右10個ずつのランプ(黄色の破線内)。

 

【シネマテックルーレット】

●「ロイヤルアスコットII DX以降メダル投入口にホッパーを使用した例はない」と申し上げたところ、あさんという方から、「ガリレオファクトリーは手動のホッパーでは」とのご指摘をいただきました。

記事本文ではメダルをクレジットに変換する装置で、と言う趣旨だったためあのような記述となりましたが、あさんがおっしゃる通り、ガリレオファクトリーのメダル投入口の原理はホッパーと同じものです。

 

●X(旧ツイッター)で、日高小春さん(@highscore_girl)という方から、ビデオポーカーは、1ペアを含む4フラッシュでは絶対にフラッシュに発展せず、1ペアを残すと必ず2ペア以上に発展したとの情報をいただきました。ペイアウトテーブルからしてペイアウト率が高すぎると思っていましたが、やはりナチュラルディールではなかったようです。

 

(このシリーズおわり)

前回の続きで、シネマテックルーレットCinematech Roulette)その2です。前回は、独特の工夫を凝らしたメダル投入装置と、プロジェクターでサテライト前部のガラス面に画像を投影する新規性について述べました。普段はガラスの壁を、状況によってスクリーンに転用するという発想は「tech(技術)」と謳っても良かんべえと思います。ただ、問題はその「tech」を何にどう使うかです。どんなにすごい技術や発想も、使い方次第で良くも悪くもなります。シネマテックルーレットはどう評価すべきでしょうか。

 

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改めて「シネマテックルーレット」とはどんなゲームだったかを確認してみます。業界誌「アミューズメント・ジャーナル」誌の2004年9月号での紹介記事を要約すると、「シネマテックルーレット」は以下の4点をセールスポイントとしています。

 

①   ルーレット、ビデオポーカー、ビデオスロットの3種の異なるゲームが楽しめる

 

②   ハリウッド5大メジャーの一つ、MGMとコラボし、イベント発生時にはプレイヤー前面のスクリーンに「ロボコップ」「ロッキー」「ゲット・ショーティ」「RONIN」の名作映画に関連した映像を映してイベントを盛り上げる。

 

③   ICチップ内臓のポイントカード「ラッキーパス」で様々な優遇措置あり。

 

④   筐体には1260個のLEDと直径69cmの大型メカ式ルーレット盤でひときわ目立つ。

 

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まず、上記①について。タイトルで「ルーレット」と謳っていますが、実はこの機械1台でビデオポーカーとビデオスロットも遊べるのです。

 

 

 

▲サテライトのコントロールパネル画面。上からルーレット、ビデオポーカー、ビデオスロット。

 

しかし、もしビデオのゲームばかり遊ばれた日には、せっかく高い開発費を掛けて作ったメカ式の抽選機構が浮かばれないというものです。セガのロングランビデオ競馬ゲーム「スターホース」のように、馬を育成するというメインの目的を達成する際に発生する合間に他のビデオゲームを遊ばせると言うのであれば全く異なるゲームを併存させる意味もありますが、ルーレットにはそんなに長い「合間」はありません。ひょっとして、単純にルーレット一本では弱いと考えたのでしょうか。

 

次に②について。このゲームでは、イベントやダブルアップゲームで、日本でもヒットしたハリウッドの大作映画がフィーチャリングされていて、機械のタイトルで「シネマ」を名乗る所以となっています。

 

 

 

▲映画のIPが使用されている例。画像上はサテライト前面のガラスに表示される「イベントスロット」の一例。使用されている映像は「ロボコップ」からだが、他の映画がテーマとなることもある。画像中は何かのイベントで発生する「スペシャルゲーム」の映像で、ここでは「ロッキー」が採り上げられている。画像下はビデオポーカーのダブルアップ画面で、このシーンは「ゲット・ショーティ」より。

 

ルーレットは新奇性こそ無いものの手堅いゲームで、またゴージャスなカジノの雰囲気を演出してくれるので、特に大規模ロケではそれなりに需要のあるジャンルではあったと思います。しかし、手堅くはあっても大ヒットするようなゲームでもなく、従来と同じことをやっていては限界が知れているので、何らかの付加価値を付けてその壁を超えようとすることはあって然るべき工夫ではありましょう。しかしそれがよそ様のIPの詰め合わせを文字通り取って付けただけでは、あまりにも安易でお粗末だと思います。

 

例えば使用するIPを一本に絞り、筐体デザインから世界観演出までそれで統一すれば、それはそれでそれなりのものにはなったのではないかと思います(書いていて思い出したが、20年くらい前にラスベガスの「ラスベガス・ヒルトン(現ウェストゲート)」ホテルが、SF映画「スタートレック」をテーマとするカジノエリアを設けて話題となったことがあった)。

 

③について、この頃は各社がメダルゲームとICチップが載っているカードとを連携させる試みを始めており、タイトーは「ラッキーパスポート」と言うシステムで運営していました。このカードでログインすると、ルーレット、ビデオスロット、ビデオポーカーのそれぞれで何らかの優遇措置を得たり、スペシャルなイベントが発生しやすくなったりするなどの特典があると言っています。

 

▲ヘルプ画面に表示される、「ラッキーパスを利用した場合」の説明。なにかメリットがあることは確かなようではある。

 

表示される説明を、面倒ながらも辛抱して読んでは見ましたが、ラッキーパスなんか無くても最初から解放しておくべきと思う特典や、たいしたメリットとも思えない特典がほとんどだと思いました。おそらくは「ラッキーパス」を普及させたい会社の方針が先にあり、これに合わせて半ば無理やりひねり出したのだと思いますが、そのためにゲームの本質を毀損するようようでは本末転倒というものです。

 

最後の④について、隔壁越しに見るルーレットの回転盤は、カジノ向けのホイールをそのまま持ってきたのかと思うほど立派なアメリカンホイールに見えます。

 

▲ルーレットの回転盤。標準的なアメリカンホイールで、トリプルゼロなどハウスエッジを増やすために付け足したポケットがない。

 

しかし、これだけ立派なホイールなのに、その実態はビデオポーカーやビデオスロットと同列の一コンテンツにすぎないのは、どうにもバランスの悪さを感じてしまいます。

 

北米のカジノでも、1台のビデオ筐体でポーカー、スロット、キノなど異なるビデオゲームを自由に選択して遊べる機械はポピュラーですが、メカの抽選機を備えたETG(Electric Table Game)で、その抽選機とリンクしない全く別のビデオゲームも遊べる機械は、今のところ見たことがありません。

 

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ワタシは過去記事の何処かで、タイトーのメダルゲームはセンスが悪いと言う趣旨のことを述べた記憶があるのですが、「シネマテックルーレット」はその集大成であったと思います。もう少し突っ込んで言ってしまうと、タイトーは古くからメダルゲームを作ってきている大手のくせに、ギャンブルマインドを理解していないかのように見える製品開発を行っているように思われます。もちろん、それがかえって功を奏し、有識者には思いもつかない画期的なものができる可能性があることは否定しませんが、少なくともワタシには、タイトー製のメダルゲームでそのような製品は思い当たりません。

 

今回のシリーズでいただいたコメントによると、シネマテックルーレットは、何台かは生産されたらしいですが、広く普及することはありませんでした。

 

次回は、いただいたコメントを本シリーズの補遺としてご紹介して最終回としようと思います。