アメリカ・ニューヨーク、タイムズスクエア。
秋の冷たい風がビル風となって吹き抜ける街角に、夜明け前から異様な熱気があふれていました。冷え込む石畳の上に座り込み、色鮮やかなフリースやダウンジャケットに身を包んだ何百人もの人々。その手にあるのは、折りたたみ椅子と、小さな灰色のプラスチックの塊――「ゲームボーイ(GAME BOY)」でした。
この日、全米のメディアと子どもたちの視線は、ひとつの映画館へと注がれていました。日本での公開から1年遅れで、ついにアメリカで封切られる劇場版アニメ『Pokémon: The First Movie(邦題:ミュウツーの逆襲)』。
それは、東洋の小さな島国で生まれた「ポケットモンスター」という現象が、大西洋を越え、世界のエンターテインメントの歴史を塗り替えた瞬間でした。
世界を席巻する“PIKACHU”:1999年11月、ニューヨーク
「信じられない。ただのビデオゲームのキャラクターのはずなのに……」
タイムズスクエアの映画館前でリポートするテレビ局のキャスターは、詰めかけた群衆を前に興奮気味にマイクを握っていました。前年の1998年9月に任天堂が北米で『Pokémon Red and Blue』を発売して以来、その熱狂は wildfire(野火)のようにアメリカ全土へ広がっていました。
列の先頭に並ぶ10歳の少年・マイケルは、手袋をはめた手で、何枚ものカードが入ったバインダーを大切そうに抱えていました。
「学校じゃ、みんなポケモンの話ばかりさ。ランチタイムはトレーディングカードの交換で大騒ぎだよ。僕の自慢は、この間手に入れたホログラフィック(キラカード)のCharizard(リザードン)なんだ!」
マイケルの後ろに立つ父親は、苦笑しながらも息子の肩を抱いていました。
「最初はただの流行りだと思って、クリスマスにゲームを買い与えたんだ。でも、気づけば私まで名前を覚えさせられている。Pikachu、Blastoise、Mewtwo……。J-POP(日本のポップス)なんて聴いたこともなかったのに、今じゃ家の中でテーマソングの『Gotta Catch 'Em All!』が一日中流れているよ」
アメリカの大人たちにとって、この日本のコンテンツの爆発力は未知の恐怖であり、同時に驚異でした。それまでアメリカの子ども向け市場を独占していたディズニーや、筋肉隆々のアメコミヒーローたちとは全く違う、可愛らしく、どこか哀愁を帯びた「151匹のモンスター」たち。
子どもたちは単にゲームで遊ぶだけでなく、そのモンスターたちが持つ個性を愛し、友達と競い合い、コミュニケーションの道具としてポケモンを共有していたのです。
ギーク(ゲームオタク)だけの文化ではない。国境も、人種も、言語の壁も越えて、子どもたちの「共通言語」としてポケモンが君臨した証が、このタイムズスクエアの行列でした。
劇場内:言葉を超えた涙
午前10時、ついに映画館の重厚な扉が開くと、子どもたちは歓声を上げてシアターへと流れ込みました。入場時に配られるプロモーションカード(古代ミュウのカード)を手にした子どもたちの顔は、まるで魔法のアイテムを手に入れたかのように輝いています。
やがて場内が暗転し、スクリーンに巨大なMewtwo(ミュウツー)の姿が映し出されると、それまで騒がしかった劇場が一瞬で静まり返りました。
英語に吹き替えられたサトシ(Ash)やピカチュウの声。しかし、物語の核心にあるメッセージは、日本の多摩センターの映画館で流れていたものと、寸分違わず同じでした。
「人間に作られた命の苦悩」 「本物とコピーの、終わりなき戦い」
映画の終盤、傷つき、倒れるポケモンたちの姿を見たとき、シアターのあちこちから、小さなすすり泣きが聞こえ始めました。言葉は英語に変わっていても、ピカチュウが涙を流すシーンで、アメリカの子どもたちの目からも同じように大粒の涙がこぼれ落ちていました。
マイケルは、隣に座る父親の手をギュッと握りしめていました。父親もまた、ただの「子ども向けのプロパガンダ映画」ではない、その深いテーマ性に息を呑み、息子の頭をそっと撫でました。
東洋の島国で生まれたドット絵のモンスターたちは、確かに、アメリカの子どもたちの「心」を揺さぶっていたのです。
15:00 | タイムズスクエアの空へ
映画が終わり、外に出た子どもたちの表情は、どこか誇らしげで、大人びて見えました。
この週末、『Pokémon: The First Movie』は北米興行収入で初登場1位を記録し、最終的にはアジア発のアニメ映画として空前絶後の大ヒットを記録することになります。
Time誌の表紙をピカチュウが飾り、サンクスギビング(感謝祭)の巨大バルーンのパレードにピカチュウが登場するのも、もうすぐのことです。
1999年、世紀末。 インターネットが世界を繋ぎ始め、世界が急速に狭くなっていく時代。 かつて日本の一人のゲームクリエイターが「かつて自分が夢中になった昆虫採集の楽しさを、現代の子どもたちにも味わってほしい」と願って作った小さなカセットは、世界中の子どもたちに「冒険と、命の尊さ」を届ける、人類共通の宝物となっていました。
タイムズスクエアの巨大なネオンサインを見上げるマイケルのポケットからは、ゲームボーイのピコピコというお馴染みの起動音が、秋の空へと響いていました。