蝉の声がアスファルトに照りつける夏の盛り、私は電車を乗り継ぎ、都内にある全面ガラス張りのインテリジェントビル――フロンティア証券の本社へと足を運びました。

 

数日前に実装して業界をざわつかせた「レスポンシブ・ウェブデザイン」の技術を、今度は会社のオフィシャルサイト全体に応用するため、技術部へ直接レクチャーすることになっていたのです。

 

フロンティア証券、最深部の会議室 案内されたのは、重厚な扉の向こうにある広大な会議室。室内には、大手SIerから引き抜かれた屈強なエンジニアたちがずらりと並んで座っていました。彼らの手元には最新のノートPCが開かれ、室内には独特の緊張感が漂っています。

 

私が席につくと、祥子がすっと横に立ち、少し誇らしげに口を開きました。

 

祥子: 「皆さん、紹介します。私の親友であり、わが社のこれからのスマートフォン・マルチデバイス戦略を劇的に進化させる鍵を持つ、美咲さんです」

 

エンジニアの一人が、以前の私なら委縮してしまいそうな鋭い視線を向けながら、しかし深いリスペクトを込めたトーンで言いました。

 

エンジニアA: 「……お待ちしていました、美咲さん。あなたのサイトで公開された『iPhone最適化』の仕組み、社内で検証させてもらいました。専用の別アプリを挟むわけでもなく、CSSのMedia Queriesだけで画面幅に応じてレイアウトが完全に流動する。あれは一体、どういう魔法を使っているんですか? 私たちが長年頭を悩ませてきたマルチデバイス対応の壁が、一瞬で突破されていて正直、度肝を抜かれました」

 

会議室に走る、技術者たちのざわめき。私は、ノートPCを開き、プロジェクターに今日の設計図を投影しました。かつて2003年にCSSの基礎を伝えた時とは違い、今の彼らは美咲の実力を、そしてその技術の価値を誰よりも正確に理解していました。

 

「論理」で最先端を紐解くコード スクリーンに映し出したのは、iPhoneをはじめとするスマートフォンやPC、ガラケーの画面幅をシームレスにつなぐための、最新のCSS設計図でした。

 

私(美咲): 「皆さんがこれまで苦労されていたのは、『デバイスごとに全く別のサイトを作らなければならない』という固定観念があったからかもしれません。でも、HTMLという情報の骨組みは一つでいい。デザインとレイアウトの制御は、すべてこのCSSのMedia Queriesとフルード・グリッドに任せるんです」

 

私はホワイトボードに、流動的なレイアウトを計算するための数式を書き込みました。

 

Target / Context = Result

 

私(美咲): 「ピクセル(px)でガチガチに固定するのではなく、親要素に対する割合(%)でレイアウトを組む。そうすれば、PCの大きなモニターでも、手のひらの上のiPhoneでも、ブラウザの幅に合わせてコンテンツが『生き物』のように美しく整列し直します。指先でのタップを前提としたタッチ領域の確保も、すべてこのCSS側で動的にコントロール可能です」

 

エンジニアたちの顔色が、真剣な興奮の色へと変わっていきます。最前列に座っていたエンジニアBが、手元のコードを食い入るように見つめながら息を呑みました。

 

エンジニアB: 「……なるほど! 画面サイズが切り替わるブレークポイントをここで設定し、フローティングの挙動を切り替えているのか。これなら、急増するiPhoneユーザーからのアクセスに対しても、URLを分けることなく、完璧なユーザー体験を一台で提供できる……!」

 

2008年の「新しいインターネットのドレスコード」 私はさらに、これからの時代にフロンティア証券が目指すべきアクセシビリティについて言葉を続けました。

 

私(美咲): 「ガラケー、PC、そしてスマートフォン。デバイスがどれだけ多様化しても、情報のアクセシビリティが損なわれては意味がありません。どの窓から覗いても、同じように美しく、正しく情報が伝わること。それこそが、これからのモバイル・ファーストの時代における『金融のドレスコード』だと私は思います」

 

会議室に、深い感嘆の沈黙が流えました。 やがて、最初に声を上げてくれたエンジニアAが、ゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げました。

 

エンジニアA: 「僕たちは『スマホ対応はどうするべきか』と枝葉の問題ばかり議論していましたが、美咲さんはもっと根本的な、次の時代のインターネットの土台そのものを設計していた。このレスポンシブの思想、今日からフロンティア証券の全プロジェクトの標準規格として導入させてください」

 

エピローグ 講義が終わり、資料をまとめている私を、祥子がエレベーターホールまで見送りに来てくれました。

 

祥子: 「美咲、本当にお疲れ様。うちの誇り高いエンジニアたちが、あんなに目を輝かせて心服するなんて……さすが私の親友だわ」

 

私(美咲): 「ううん、みんなすごく優秀よ。私は、ただ、知っていたから……」

 

祥子: 「……。」

その言葉に、祥子は何か思いを巡らしているようでしたが、何も言わず、

 

 「……ありがとう。今度休日に一緒にご飯でも食べましょう。」と言いました。

 

私(美咲):「そうね!」

 

私は、真夏の青空が広がる豊洲のビル風を心地よく受けながら、急ぎ足で駅へと向かいました。 シングルマザーとして多摩の団地で必死にコードを書き続けていた日々が、今、確かな形となって世界を動かしている――その確信を胸に抱きながら。