季節は移ろい、多摩ニュータウンを彩っていた桜のピンクは、瑞々しい初夏の深緑へと姿を変えています。
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―― 自由参観日の朝 ――
梅雨の晴れ間、窓から差し込む光は少し汗ばむような強さを持っています。今日はあかりの幼稚園の参観日。あの日、校門の前で少しだけ寂しそうに俯いていたあかりが、今、どんな顔をして過ごしているのか。美咲は期待と少しの不安を胸に、幼稚園の門をくぐりました。
園庭で見つけた「小さなお姉さん」
教室を覗くと、ちょうど「お片付け」の時間でした。美咲の姿に気づいているはずなのに、あかりは駆け寄ってきません。
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あかりの様子: あかりは、散らばった積み木を手際よく箱に収めています。隣で泣きそうになっている男の子に、「これはこっちだよ。一緒にやろう?」と優しく声をかけ、手を引いてあげていました。
あの日、「ちょっとだけドキドキする」と言っていた小さな背中が、今はクラスの友達をリードする、頼もしい「しっかりもの」の背中に見えました。
工作の時間
続いて始まったのは、粘土工作の時間です。美咲は教室の後ろから、そっとその様子を見守ります。
あかりは夢中で粘土をこね、丸めています。できあがったのは、耳の長い一匹のうさぎ。入園式の時に美咲が贈った、あのバッグのワッペンにそっくりでした。
先生: 「あかりちゃん、とっても上手なうさぎさんね。」
あかり: 「これはね、バッグとおそろいの『うさぎさん』なの。うさぎさんのかばん、ままが作ってくれたんだよ。これがあると、あかり、ちっとも寂しくないんだもん!」
先生に誇らしげに答えるあかりの声が、廊下まで響いてきます。美咲は、あかりが自分の言葉をあんなにも大切に守り、心の支えにしてくれていたことを知り、鼻の奥がツンと熱くなりました。
帰り道、二人の会話
参観を終え、降園の時間。あかりはいつもの「うさぎさんのバッグ」を肩にかけ、美咲の手をぎゅっと握って歩き出しました。多摩の坂道には、初夏の風が吹き抜けていきます。
私(美咲): 「あかり、今日はお友達を助けてあげて、とってもかっこよかったよ。びっくりしちゃった。」
あかり: 「えへへ……。あかりね、幼稚園ではお姉さんなの。でもね、ままが来てるの見えたとき、本当はちょっとだけ、抱っこしてーって言いたくなっちゃった。」
私(美咲): 「そうだったの? 我慢してたんだね。……よく頑張ったね、あかり。」
私は立ち止まり、あかりを力いっぱい抱きしめました。
あかり: 「まま、あのね。パパはいなくて寂しいときもあるけど……。あかり、幼稚園にいるときも、うさぎさんと一緒だから、もう大丈夫だよ。」
あかりの言葉は、6月の青空のように澄み渡っていました。 美咲は、あかりの成長を眩しく感じながら、これからもこの子の歩幅に合わせて、一歩ずつ一緒に歩んでいこうと改めて心に誓うのでした。
私(美咲): 「さあ、おうちに帰ろう。今日はあかりの好きなハンバーグにしようか!」
あかり: 「やったー! あかり、お手伝いもするね!」
手をつなぎ、坂道を登っていく二人の影。 1994年の初夏、多摩の街は優しく二人を包み込んでいました。