ブログのアップの順番が逆になりましたが、東洋陶磁美術館の学芸員講座が終わって、天王寺の大阪市立美術館に向かいました。

 

御堂筋線に久し振りに乗ったんですが、何か中国人が増えていないですか? 車中で、対(トゥイ)、対(トゥイ)って言うてる人が多いような気がします。 台湾人ならWelcomeですが、大陸の支那人なら不来、不来です!

 

さて天王寺に到着して「エビ頼み」でランチです。

天麩羅定食を注文!

 

 

エビ2匹、カボチャ、蓮根、インゲン、海苔 

ちゃんと確りした身のあるエビです!

 

 

これで900円は安い! 

 

 

拝観は結構空いていたので、ゆっくりと見れました。と言っても書は全くのチンプンカンプン! 絵についても知っている時代の偉人だと興味が惹かれますが、大半は素通りに近い感じでした。

 

以下は写真撮影が許されていました。

 

展示ルーム1に入って、以下の屏風が出迎えてくれます。

 

 

花卉図屏風 海北友松筆 桃山時代 17世紀

 

 

龍虎図屏風 狩野山楽筆 桃山時代 17世紀

 

屏風、書、水墨画で、好きな人にはタマランのでしょうけど、私にはちょっと・・・・になっちゃいました。 それでも最後の辺りに龍泉窯の香炉があって、これは素晴らしかったです。 写真が撮れなかったのと、図録にも無かったので、とても残念でした。

 

仏像のコーナーでは、

 

千手観音坐像 鎌倉後期から南北朝時代 14世紀

 

 

千手観音坐像 鎌倉後期から南北朝時代 14世紀

後醍醐天皇が持仏とされていたそうです。

 

今回の展示は、不勉強では面白くないかもです。 大阪市立美術館のHPに目録のPDFが貼られているので、行かれる前に一通り、目を通されることをお勧めします。

東洋陶磁美術館の学芸員講座を終えて大阪市立美術館の表題の展示からお話をすべきですが、坐禅イベントで良いお話をお聞きしたので、忘れないうちに最初にその坐禅イベントについてブログにアップします。

 

坐禅イベント(イス坐禅)

日 時:2026年2月14日(土)
時 間:日本語:14:00~15:00(受付13:30~)英語:15:30~16:30(受付15:15~)
講 師:松山大耕師(臨済宗妙心寺 退蔵院 副住職)
会 場:1階じゃおりうむ
定 員:各回60名
参加費:無料(ただし、当日の特別展観覧料が必要)
※事前申込不要。日本語の回は当日13:30より、英語の回は当日15:15より整理券を配布します。

 

こう言う坐禅のイベントをやっているとは知らず美術館に来て初めて参加しようと思ったのですが、14時からの講話は満席。15時30分からの講話に参加出来ました。と言うのも説明は英語だったからです。

 

外人さんも参加と言うことで英語の説明と思っていたのですが、副住職さんが英語と日本語と同時に説明されました。私も英語を使う仕事をしていますが、英語と日本語と交互に使って説明するのって相当のスキルが要ります。

 

昔、会議で英語の出来ない社長と社長の息子で専務が海外の代理店との商談に参加したんですが、この2人に分かるように訳しながら商談を進めたものの、人が交渉している時に、「なんて言ってるの?」とか「それってどう言う意味?」、更には話題を変えるようなどうでも良いような質問とかしてきて、それを通訳すると代理店が白けちゃうはで、でも私も代理店の話も聞かないとあかんはで、落ち着いて商談も出来ず、もうめちゃくちゃにされたことを思い出しました。後日、代理店からメールが来て、「あの二人、邪魔だから会議に出すな!」って言われちゃいました。だから、今日の講話を聞きながら、オーディエンスの質問も巧みに受け答えされていて、立派やなぁ〜って思っていたら、スタンフォード大学の客員教授もされているとのことで、そりゃ出来るは!って思いました。 そして副住職さんの英語がメチャメチャ綺麗で、ず〜〜っと聞き入ってました。

 

講話でお聞きしたことを自分なりに調べてまとめて見ました。

以下、2つの言葉を教えていただきました。

 

① 少水魚有楽 「少水の魚の如し、斯に何の楽しみか有らん」 法句経の教えでは無常の人生に楽しみはない、というのが仏教の一般的な解釈。 しかし、今日の説法では、少ない水で(人生が終わり近づくにつれ)泳ぐ魚(人を例えている)は、精一杯生きることで人生の真実の楽しみもやって来ると諭されました。

 

② 知足  自分がいま、持っているもののありがたみを知ること。 調べてみると「知足安分」って言う四字熟語が出てきます。意味は、足りることを知り、分に安んずること、満足することを知らないと、どんなに豊かであっても安らぐことがないということ。置かれている状況を自分に見合ったものとして不平不満を抱かないこと。

 

そして15分のイス坐禅(椅子に座って、坐禅をすること)をしました。実は生まれて初めて坐禅をしました。副住職さんから何も考えずカウント5回で息を吸って、10回でゆっくりと吐く。そして、目は瞑らず、少し目を開けておくように言われました。15分の間、何も考えないって意外に難しいものです。でも15分が長く感じるかと思っていたのですが、短く感じました。 それと何か姿勢を正したおかけで肩こりが癒えた感じです。

 

予定に無かった講話でしたが、とても良い教えをいただきました。 ありがとうございました。

 

 

 

今日は東洋陶磁美術館の学芸員講座の日!

 

表題の野々村仁清と言えば、以下の写真のようなカラフルな京焼を思い浮かぶ人が大半かと思いますが、その他に地味な焼き物もあったりと、多種多様な焼き物を焼成しています。 私にとって仁清は守備範囲外と言う事もあり、無からの受講となりました。

 

 

 

色絵 梅文 烏帽子形香合 (今、展示中)

 

 

今日の講義は学芸員の梶山氏がされましたが、まさか前段でショートケーキ理論を目の当たりにするとは! ショートケーキ理論で以下5種にて振り分けて、仁清の焼き物を説明をされました。

 

① 唐物茶入の写し、高麗茶碗の写し

② 単色釉 (瀬戸、美濃の鉄釉、透明系)

      (唐津、高取の鉄釉、緑釉、白濁釉系)

③    焼き締め 信楽、伊賀、備前

④ 多色の絵付け

⑤ 単色の絵付け 

 

ショートケーキ理論とは、AIによると以下のように説明してくれます。

上の写真の香合はトッピング=苺になります。

 

 

仁清が有名になった立役者、今で言うところの販売促進部部長が金森宗和であり、彼がショートケーキ理論を使ったかどうかはさておき、様々な写しを仁清に作陶させることで、仁清ブランドを構築して行ったそうです。正に現代のルイビトンです。

 

仁清のことを知らないとは言うものの加賀の前田家がパトローンと思っていたのですが、違っていてその家老、本多家と横山家がパトローンだったとのこと。しかし仁清のパトローンの筆頭は京極家とのことでした。 

 

 

今日の講座ではいつもと違って無からの勉強で、仁清のことが今回の講座のおかげで少し興味が惹かれました。かつて李朝・高麗の古陶磁を初めて知ったのも実は東洋陶磁美術館の学芸員講座でした。当時と同様、理解出来たかどうかは、まあ初心者と言うことで甘受ください(笑)

 

 

 

アメブロの「ブログの日」キャンペーンに同期して見ました。

 

私のブログは2006年の7月29日に開設されました。

 

 

この時は骨董蒐集を始めたばかりで、大半の記事が蒐集の際の記録となっています。次第に骨董ハンターの旅、食事なども織り交ぜながらのブログ運営になって行きました。

 

当時のYahoo!ブログって、ユーザーの使いかってなんぞ一切無関心で、へっちゃらでブログの写真容量を少なくしユーザーが新たにブログを開設するようにし向け、あたかもブログ数が多いと言うような、ちょっと悪質でセコい商法をしていました。

 

私も写真の容量が少なくなり、「アジアの骨董2」が2011年11月28日にスタートしました。

 

 

この二つブログで一番の思い出と言えば、ミャンマーへの旅でしょう。今では拝観不可なところの写真もいっぱい掲載されています。かなり貴重なブログと自負しております。

 

ただ、Yahoo!ブログからアメブロへの移管があまり上手く行かず、写真と写真の間に空間が無くなってしまい、見た目が窮屈なページになったり、最近、気がついたのですが、大半のページの文章がセンターリングされちゃたりと、互換性に苦労しています。

 

このキャンペーンで気付きましたが、今年の8月でブログ「アジアの骨董」を開設して20周年を迎えるようです。 三日坊主の私が良く続けたもんです。 こうなったら痴呆症になるまで、いや、痴呆症を防ぐ為にも頑張って続けようと思います。

 

 

さて、午後からは下記の学芸講座に参加です。

 

「東アジア海域交流と堺」 
講師:関 周一氏(神戸女子大学教授)
「堺環濠都市遺跡出土の国産・輸入陶磁器」 

講師:文化財課学芸員

 

先ずは学芸員の方からの表題展示の説明と、室町から戦国時代にかけての東南アジア・中国から琉球王国経由、堺の交易ルールの説明がありました。

 

交易ルートには当時2つあり、それらは時の権力者の影響が大でした。一つは細川氏は堺から四国沿岸を通って琉球王国(南海ルート)、もう一つは大内氏は自国の領地である周防から福岡経由の琉球王国行きでした。

 

現代では船荷を運ぶ時、下の写真のようなコンテナ(Container)に品物を収納して大型船で運ぶます。

 

 

しかし室町から戦国にかけての運搬は専ら、木造船で下のような大壷、大甕に品物を入れられて運ばれていました。英語ではこれらの壷のことをContainerって言います。 

 

今回の展示では学芸員さん曰く、このContainerの大壷が見どころとのことでした。

 

 

 

 

 

 

このタイの壷は九州の大分で発見されたそうで、その時、硫黄が入っていたそうです。成分を分析すると大分から産出される硫黄の成分と同じだったとのこと。硫黄は硝石と一緒に火器に使われることから、日本で荷を降ろした後、空の壷に大分の硫黄を入れて海外へ輸出されたか?と推測が出来ます。

 

 

この壷はタイではシンブリーの壷と言われていますが、メナーム・ノーイ窯で焼成された壷になります。窯の場所ですが、バンコクからアユータヤを通過してナコンサワンへ行くまでの途中にあります。ナコンサワンのその先は、スコータイです。

 

 

 

 

時代が後になると、胴から下が尖った形状から、安定型に変わって行くのが分かります。学芸員さんに何故、初期の壷は胴から下が尖っているのかを尋ねると、はっきりとしたことは分からないとのことでした。 私の知るところでは、船内はネズミが多く、ネズミ返の機能を果たしていたと言う説や、当時の船室が状態が悪く、揺れると壺同士が当たって割れるのでしっかりと壷を縛る為に胴より下が尖っている形状になっている説、時代が進み船の構造も大きくなると船内も安定し、壷にも安定感が増したと言う説。色々とタイで聞いて来ました。ただ、そのエヴィデンスが無いのでこれはあくまで仮説となります。

 

 

この時代になるとベトナムからの交易も盛んになり、壷の器形の安定感も更に増して行く感じがします。

 

 

当時のベトナムは南北であまり関係が良くなかったのか、壷に違いが見えます。上の写真の縄目の跡のようなものがありますが、「縄簾」と言います。 この縄簾がある壷はベトナムの北部からのもので、中部、南部からの壷には「縄簾」は見られません。このことは会の学芸員さんからの説明にもありました。 

 

以下は個人的に凄い!って思ったアイテムです。

 

 

 

マルタバンの壷の破片です。遠くミャンマーからも交易があった? もしくは偶々、ミャンマーの壷が運搬の手段として使われたのか? 定かではないですが、ただ、ミャンマーの壺が日本に到着していたことがビックリです。これを見ると、京都の平安蚤の市で見たマルタバンの壷を買っておけばと後悔ですが、もし買っていたらサイズがデカいので壷を部屋の中心とした生活になっていたことでしょう(笑)

 

 

 

この華南三彩ですが、もし保管状態が良かったらさぞかし綺麗な三彩だったことでしょう。

華南三彩は中国南部淮河以南(広東、広西、海南島など)で焼かれた三彩釉の陶磁器ですが窯跡は未だ発見されていません。推定では福建省界隈かと言われています。 この皿が堺の環濠都市に到着していたとは、この皿は結構脆いので当時の海上輸送の安全性の高さが伺えます。

 

さて大学の先生の講義が後半にありました。その前に会場に入った時、一抹の嫌な思い出が浮かんで来ました。 椅子の上にA3のコピー紙が分厚く置かれていました。 このパターン、大学の講義のようで案の定、講座は大学の講義のようでした。主催者側からの要望で物だけなく人的な流れも説明して欲しいと言う依頼があったそうなんですが、日本国内の人物の説明だけで、他国との関わりなどの説明が無く、ただの日本史の授業でした。 こうなると場内の皆さんのシエスタが始まります。大体、大学の先生の授業の進め方で一番ダメなのは時間配分の拙さです。最初に説明のこだわってしまい時間が無くなり、最後になると話を疾る傾向にあって、授業終了時には、「資料を読んでおいて下さい」で締め括られます。 このパターン、まさか還暦間近で再び経験するとは! 

 

講習は2時間半の長丁場でした。 講座の終了後、展示室で再度、学芸員さんの説明を拝聴し、さかい利晶の杜を後にしました。

 

 

帰る頃には吹雪は去り、晴れていました。

南宗寺からさかい利晶の杜へ徒歩で向かう途中、お土産と早めのランチを取ることにしました。

 

先ずはお土産です。

 

 
堺の和菓子と言えば、芥子餅、もしくは、くるみ餅になります。

 

 

 

 

くるみ餅も色々なメーカーがありますが、「かん袋」のくるみ餅が一番美味しいです。

お店に入ると外が吹雪いているにもかかわらず、かき氷の中にくるみ餅を入れた「氷くるみ餅」を食べている人がいて、思わず、「頭、大丈夫」って思いました(笑) 京都の北野天満宮の近くにある粟餅の澤屋では温かいお茶をもらえませんでしたが、かん袋さんはセルフでしたが、温かいお茶をいただくことが出来ました。感謝です。

 

 

ランチは久しぶりにゲコ亭に行って見ました。

昔、ペルーの販売代理店さんとこちらでランチをご一緒しました。 日本のトラディショナルなところがお好きなようで、結構、喜んではったのを思い出しました。

 

 

 

 

好きなものを選びます。私は中トロのマグロが好きで、迷わずマグロを選択。 そして厚焼き玉子は必須です! こちらは焼き魚が人気で、私的には鮭が美味しかったと記憶にあります。 あと、から揚げなんかも美味しいです。 因みに今回のおかずの選択だと1,300円でした。

 

帰り際、お店のおばあさんから、おにぎりを2つ、お持ち帰りでサービスしてもらいました。 ここのお米が美味しいので、めっちゃラッキーでした。

 

ランチを済ませ、吹雪の中、さかい利晶の杜へ向かいました。

 

東京の都電荒川線のチンチン電車は有名ですが、大阪にもチンチン電車があります。阪堺電車って言いますが、昨日、初めて乗る機会を得ました。 天王寺から御陵前まで23駅! 40分ぐらいの車中旅です。

 

 

 

堺に「さかい利晶の社」と言う文化観光施設がありますが、13時からセミナーに参加する予定で、その前に南宗寺に行ってみようと思いプチ・観光をすることにしました。しかし、風も強く、めちゃくちゃ寒い日で、「わし、大丈夫?」って思わせる一日のスタートでした。

 
南宗寺は三好長慶が父の為に建立したお寺で、大徳寺派の臨済宗の禅宗寺院です。夏の寺院で焼失後、沢庵和尚が再建されました。
お寺には三好家のお墓と千家のお墓があります。 堺では最も有名なお寺です。
 

 

北にある総門から入ります。

 

 

当時の室町時代の足利将軍家は傀儡で細川家が実権を握っていたのを三好長慶が奪取し畿内を制圧。ある意味、最初の天下人と言えるそうです。

 

三好長慶の銅像近くには、

 

 

梅が五分咲き! しかし、寒い!

 

 

右手には禅宗様式の山門の甘露門があります。

 

こちらは唐門です。 

この日は初釜会があるみたいで、お茶の参加者はここから本殿に入って行きました。私たち観光客は拝観料を払う必要があるため、ここからは入れません。

 

仏殿です。

禅宗らしい内装でした。

仏殿の天井に描かれた龍は圧巻でした。龍の写真撮影は禁止! 

 

観光客の入り口は仏殿の左手にあります。そこで拝観料400円と御朱印が欲しい人は御朱印代の500円をお布施します。

 

こちらが三好家一門の墓

 

千家一門の墓

 

徳川家康の墓? 

 

徳川家康が夏の陣の時、槍に突かれて絶命したと言う説があり、この墓石はその遺構です。 

 

 

利休好みの茶屋「実相庵」 お茶をされる方には、憧れの茶室とか? 

 

枯山水の庭です。 

 

このあたりから、青空から曇り空に変わって来ました。そうです、この後、吹雪くのでした。

 

坐雲亭

 

この2階から秀忠、家光が堺のまちを視察したと言われているそうで、その裏では家康の墓参りと言う説もあるそうです。

 

9時に拝観をスタートし、頑張って1時間、寺院内を散策しました。 帰り際に、直書きしてもらった朱印帳を返してもらいました。 

 

丁度、お寺を後にする頃から雪が降り出しました。

昨日はFitnessで汗を流した後、表題の企画展に行って来ました。

 

 

さすがNHKの横にあるだけあってこの企画展は大河ドラマに出てきた「炎立つ」「太平記」「義経」の登場人物が多く展示されていました。

 

本題に入りますが壺井八幡宮は清和源氏の源頼信・頼義・義家ら河内源氏三代を祀られており、源氏の原点になるお土地柄で、馴染みのある名前で言うと、鎌倉幕府初代将軍の頼朝、その弟の義経、そして北条家(平家)の乗っ取られた鎌倉幕府を倒した室町幕府初代将軍の足利尊氏などの一族の発祥の地です。 徳川家康は清和源氏の家系と称していますが、あれは嘘です。

 

以下は今回の目玉です。壺井八幡宮の秘宝です。

 

木造僧形八幡神像

 

 

 

黒韋威胴丸 壺袖付

 

 

 

太刀 銘安綱(号 天光丸)

 

 

以下は、興味が惹かれたものです。

 

 

 

源氏の白旗 源氏の氏神の八幡大菩薩、この御旗が後の武士の崇拝に繋がって行きます。

 

 

楠公(なんこう)さん=楠木正成です。楠木正成の旗印は川の流れだけでしたが、鎌倉討伐の功績で後醍醐天皇から天皇家の菊紋の半分を川の流れに足されたことから、菊水旗となりました。

 

以下は、近世の印判手です。日本の歴史を伝えるツールです。

 

以下は源氏の物語を伝えています。 

 

八幡太郎義家

 

弁慶と牛若丸

 

源氏と言うワードは惹かれるんですが、ちょっと日本史を深掘り出来ないと、この特別展はつまらないかもです。 

期日前投票に行って来ました。 投票用紙が昨日、到着して、みんな我を我をで大阪市の西区役所に来るモンだから、50分待ちでした。空調も動いておらす暑かったことと、オヤジ臭が凄かったこともあって、途中で帰っちゃう人もいるぐらいでした。

 

さて私は以下のように投票しました。

 

比例選挙は、参政党

小選挙区は、参政党の中村ゆきさん

大阪府知事は、無所属連合の大西つねきさん

大阪市長は、中条栄太郎さん、

最高裁信任は2人ともXX

 

比例選挙は、自民に入れたら石破、岩屋、村上のような国賊議員が当選する可能性があるので自民党と書けませんでした。

 

小選挙区は、自民党の大西ひろゆきさんに投票しようと思ったのですが、どうしても芦屋大学って言うのが気になりました。芦屋大学って金持ちのバカボンがいく偏差値35〜40点の大学で、とりあえず大卒のタイトルが欲しい人の行く大学です。学歴って、こう言うのは気にした方が良いです。それと参政党の中村ゆきさんだけが比例の二股を掛けていない立候補者だって言うのも大事なポイントです。やはり比例で二股してでも議員になりたいって言うのは、目的が「議員になりたい」で「国民のためではない」ように思います。

 

大阪府知事は、大西つねきさんにしました。無所属連合って皇室に否定的な医師がいるのでちょっと危ういのですが、高島屋の前で大西さんの話を聞く限り、かなりまともなことを言うていたので、大西さんにしました。

 

大阪市長は、投票場で待たされている間にネットで候補者のベンチマークをして中国人を追い払うことを掲げていたので、中条さんにしました。

 

大阪府知事も大阪市長も、大義無き姑息な吉村、横山以外なら誰でも良い! この二人の思い上がった態度を潰すのが大阪には一番大事なことでしょう。

 

最高裁判所の2名は、中国人の運転致死を逆転無罪した大馬鹿です。 不信任が適当かと思います。

 

 

さて、今回の選挙でちょっと気分を害したことが起きました。 ウチの父ですが、足に障害を持っていて長くは歩けないのです。しかし投票をしたい思いがあったので大阪市西区役所に「本人が行けない、代理で私が行くのはダメか?」と聞くと「郵送で投票できる」って言うんですが、投票用紙が昨日、即ち投票日の3日前に到着して無理だと主張すると、「お気の毒ですが、今回は無理」の一点張り、しかも「2月1日から投票が出来ていたはず」と西区担当の選挙管理委員会の人が言うんです。って言うか、私が「そんなこと初めて知った、告知の方法が浅いんやないか?」って言うと、この選挙管理委員会の人が「どう言う媒体を日頃使っているか分からんが・・・」とか言い出すんで、私が「もう、よろしいわ!」って言うと、向こうから受話器を切るありさまでした。

 

大阪市の選挙管理委員会って公明党(創価学会)に毒されていて、連中の代理投票は内々に認めているくせして、身体障害者の投票にはメチャメチャ非協力的でした。

 

これまでの選挙の中で、一番、気分の悪い投票でした。

推活って言うのがあるそうで、高市早苗をアイドル化してファンが応援すると言うような愚かな連中がいるそうです。バカとしか言いようがない!

 

自由民主党が勝つ意味と、高市早苗が勝つ意味は全く異なります。仮に高市早苗が勝っても、数年で党内から高市降ろしに遭って首相の首がすり替わったら、昔の自由民主党になることが分からんのかなぁ?

 

先の選挙で、過半数を取らせず、連立でステアリングパワーを分散させた方が日本国民にとって良いことを学んだばっかりですが。直ぐに忘れちゃうところが日本人のオメデタイところです。

 

今回の選挙で絶対にやっちゃいけないことは

 

① 比例に中道への票を入れないこと。 入れてしまうと公明党(創価学会)が国政に携わることになります。即ち、中国の出先機関です。

② 比例に自民党への票を入れないこと。 入れてしまうと消してしまいたい岸田、石破、岩屋などの議員が復活する可能性がある。

③ れいわ新撰組は狂ってるし、共産党なんて持っての他!

 

以上、3つでしょう。

 

小選挙区制は、人を見るしかない。と言っても、「お前、誰やねん」って言うのが専らです。 私のところは大阪1区で正に「お前、誰やねん」状態です。 

 

私的に比例は参政党、小選挙区は今回は高市早苗に頑張ってもらいたいことから、維新ではなく自民にしようかと思っています。しかし自民の候補者の学歴がイマイチ! 芦屋大学卒と書いてあって、偏差値35点レヴェルの大卒だから、アホに票を入れるか悩ましい!

 

大阪は今、維新の独壇場になっていますが、今回の選挙では、その構図が傍若無人の吉村のせいで維新の議席は減ることになるでしょうね。因みに大阪では希薄な大義で知事、市長選もやります。希薄な大義とは、大阪都構想の再開を図りたいとのことですが、既に2回の否決となったので、もはや、大阪府民で都構想を望む人も少ないかと思います。

 

そしてもっと最悪は、もし吉村が知事に当選したら、来年の4月にもう一度、知事選をしなくてはならず、巷のSNSでは今回の選挙で23億円掛かっていて、再度、大阪府民は23億円を負担しなくてはならないって言われてますが、23億円どころか、その倍の40億円はかかることになるそうです。2回の選挙で80億円の負担です。40億円もあったら、維新が老人サービスに削った予算が復活出来ます。故に、府知事選は、吉村以外の名前を大阪府民は書かないとあかんのです。吉村以外の方が当選したら、来年の選挙は無く、4年任期がスタートです。

 

吉村の選挙ポスターも自分だけはちゃんと用意していて、他の候補者は間に合わない有様で、如何にフェアーでないかが分かります。大阪府民は、吉村だけは票を入れたらあかんです。

 

と言うことで、皆さんの選曲でも色々とおありでしょうが、冷静な判断が求められる選挙になりました!