6月26日から28日まで江戸へハンティングしに行って来ます。

 

予定を色々考えたのですが、

 

Day1  

羽田空港に8時40分に到着して、

その足で10時までに到着するべく

根津美術館へ

11時30分からレクチャーに参加

 

 根津美術館から松岡美術館へ移動 (13時30分までには到着したい)

両美術館は陸の孤島のようなところで、公共交通機関ではかなり時間を要します。タクシーを使うか検討中。

 

松岡美術館から神楽坂にある青花の会・骨董祭へ。一応、16時から予約していますが、19時までやっているので適宜参集予定。

 

19時30分に高田馬場にあるミャンマー料理の店、「NONG INLAY」 定年された方と共に!

 

 

Day2  

10時00分  浜松町骨董・アートフェアー

 

13時30分  五島美術館

 

16時00分  日本民芸館 

時間的に余裕が無ければ、変更して東京国立博物館へ、もしくは神楽坂にある青花の会・骨董祭へAgain

 

Day3  

08時00分  冨岡八幡宮青空蚤の市

 

10時00分  大江戸骨董祭

 

13時00分  半蔵門ミュージアム

 

14時30分~16時30分 東京国立博物館  

 

19時10分  羽田空港から伊丹空港へ



どうも、効率よく周れていないような感じがします。

 

 

 

 

「最近、ビジット数が増えていた」とモチベーションがアップされていた方には悲報です。

 

 

私のブログは忘備録的な使い方をしているので、ビジット数の増減はあくまで参考値に過ぎませんでした。しかしこの6月から、ブログに出てくるビジット数と解析のビジット数に違和感を感じました。日中、大体、150ぐらいまで上昇し、0時手前で200近くビジット数が記録されていて、翌日、解析の数を見るとその1/3になっているんです。

 

 

そしてアメブロが出した上記の記事を見つけました。

 

正確で信頼性の高い統計データー! 1/3も減るって、これまでめちゃめちゃなデーターやったって言うことですわな!? ビジット数を増やすには?って言うEーLearningを散々してきて、元々、肝心なデーターの取り方に不備があったって、これって会社としてはヤバイくらい安全性に危機的末期やないでしょうか? 

 

ビッドコインの不具合や、コマーシャルの乱用など、ちょっと目に余るアメブロです。

 

 

 

 
冒頭に3択の問題でマンゴ、カシュナッツ、ピスタッチオの何が漆科か? って聞かれて、私はマンゴを食べ過ぎると口がかぶれるって言うのを思い出し、マンゴに挙手したのですが、この3つ、全て漆科なんだそうです。初めて知りました!!!
 
漆の収穫時期の説明がありました。 
 

 

ベストは7月〜8月でこの時に収穫される漆の品質は最高とのこと。

 

漆の国内生産量の推移

 

 

国産の漆って年間2トンも無いんです。 にもかかわらず、国は歴史的建築、博物館にある漆工芸は国産の漆を使うこととした為、漆不足は避けられないとか? 漆の木が育つのに10年かかるそうで、これから量産しようと思っても10年は待たなくてはならないのです。

 

講座では説明が無かったのですが、以前、当ブログでも各国の漆の品質は異なるって言う話をしたことがあります。 ↓

 

 

漆工芸に欠かせないウルシオールと言う成分が日本の漆に一番含まれています。 他の国の場合、ウルシオールが少ないことから、これらの漆を使うと修繕しても今後の保存状態に影響が出るのです。 ウルシオールは空気中の水分から酸素を取り込むことで酸化し、漆が硬くなる=丈夫な漆工芸が出来ます。 ミャンマーの漆工芸で古いものはひび割れしているものを多く見ます。ウルシオールが少ないからです。以上から、日本の名だたる漆工芸を国内産の漆にしなくてはならない理由がウルシオールにあると言うことです。

 

最後に漆を使った素地の分類です。 講座で教えていただいた区分けにその参考例の説明があったのですが数例だったので、AIにお願いして、全ての分類に代表作品を追記させて見ました。

 

 

私はミャンマーの漆が好きで、昔、色々と買い漁りましたが、意外に保存状態は良好です。ミャンマーの漆でも良質なものは、しっかりと後世に残せる体力があります。

 

昨日、あみしま茶屋の方に親切にしてもらったので、一服させてもらうことにしました。って言うか、偶々、講座が終わって暫くすると雨が激しく降ってきて、雨宿りにもなりました。

 

 

 

 

料金500円を払って、目の前でお茶を立ててもらいます。そしてお団子(醤油味と餡子)をもらって、好きなところで食することが出来ます。 前回は高麗茶碗だったのですが、今回は黒織部か志野に当たれば良いのに〜〜って思っていると、黒織部の茶碗に当たりました。

 

 

好きなところとなると、展示室入り口の金庫のドア前? そこで写真を撮るのが一番映えるかと思うのです。 どうでしょうか?

 

 

この抹茶は、昨日のお茶の説明をされた多田製茶の専務さんのところの抹茶です。 説明で3年前から比べるとお茶の価格が3倍になったと言う話がありましたが、リノベーション後の開館以来、ず〜〜っと500円はありがたいです。

 

 

 

 

あみじま茶屋で使われている茶器は新鋭作家が作陶された茶碗なんだそうです。良い仕事をしてはります。

 

飲み終えた頃には雨が止んだので、帰宅することにしました。

最近、興味にあるテーマーが満載で、頻繁に藤田美術館へ来ています(笑)

 

 

お座敷での講義やないので、膝が助かります。しかしこの平椅子ですが、長時間座っているとお尻が痛くなります。文句が多く、すみません(笑)

 

 

 

今日の講師は160年の伝統のある多田製茶の専務さんでした。元々、マーケティングをされていたそうで、私も営業の端くれ、彼の説明を聞いて、仕事が出来はるんやろなぁ〜って思いました。社長さんの指導が良いのでしょうね。 人頼み、運頼み、言うことは何処かでパクって来たフレーズのコピペでオンパレードのウチの会社の社長、専務とは大違い(笑) ウチの会社も150年の歴史があるんですが。。。。 不思議ですが、人は話し方で、育ちが分かります。

 

クイズ形式での説明で、お茶の生産の北限って新潟と茨城を線で結んだ東って聞きました。地図で言うところの日本列島の左側、西日本側がお茶の産地で、唯一、大阪だけがお茶を生産していないんだそうです。 AIに聞くと、「具体的には、日本海側の新潟県村上市と、太平洋側の茨城県久慈郡大子町を結ぶ線が【経済的栽培の北限】」と答えます。

 

今回の講義で一番の興味はお茶の伝来でしょう。 今日の講義で歴史で見るお茶の伝来のパワーポイントと説明を思い出し、より精度の高いお茶の年表をAIに作らせました。

 

ここでも大陸に渡った日本の禅僧の活躍は計り知れませんね。彼らの努力のおかげで、中国大陸よりも民度の高い日本人がお茶を嗜むことが出来たと思います。

 

最後に煎茶、玉露、抹茶の違いを思い出しながら、AIに補足させて表を作らせたのが下記になります。

 

てん茶とは、覆い下栽培 → 蒸す → 揉まずに乾かす → フレーク状の茶葉のことを言います。

 

こちらは、今回のイベントで使われた茶器です。藤田家が特注したものです。

 

 

 

 

あみじま茶屋の方が、気前良く写真を撮らせて下さいました。 エスプレッソを入れても美味しくいただけそうな茶器でした。

骨董蒐集をしていると、民藝って言う言葉を耳にすることがあるかと思います。私も日本民藝館に行って表題の作家の作品を何度となく見ましたが、ぶっちゃけ、民藝って全く分からんし、そもそも雑器に何の価値があるのか理解に苦しんでいました。

 

 

今日は、そう言った人向けの講座が東洋陶磁美術館で催されるので受講して来ました。

 

民藝って、民衆の「民」と芸術の「藝」をと思っていたのですが、藝は工藝の「藝」から来ているそうです。芸術だと高価な物の意識があるからとか?

 

この表は講座で工藝と民藝の違いの説明されていたものをAIで表にしてもらったものです。

 

柳宗悦が言う民藝運動って高価な骨董に対する僻み、嫉みかと思っていました。また、濱田庄司や河井寛次郎って中国、韓国、日本の有名処の古陶磁の良いとこ取りのコピー品とも思っていましたが、今回の講座でも浜田、河井両者の作品とその元になった古陶磁の対比の説明があり、益々、コピーやん!って思ってしまいました。

 

嘗て、千利休が中国から来た高価な茶道具を嫌い、廉価な韓国陶磁に新たな価値を見出し、ボロ儲けしたのと同じで、この民藝運動も既存の価値観から脱却して、運動活動家の営利行為に他ならんではないかと思うのでした。

 

結論、私には民藝は理解出来ないなぁと思った次第です。ただ、柳宗悦が浅川伯教・巧兄弟と共に李朝白磁を見出したことは、古美術の世界では素晴らしい功績だと思うのです。

 

東洋陶磁美術館の次は藤田美術館に行く予定で、淀屋橋でランチを済ませることにしました。

 

 

 

 

中華と思ったのですが、次の講座の前にちょっとお腹に重くなるのは嫌だったので、淀屋橋のステーションワンにある『浪速そば』に行って、しらす丼とざる蕎麦のセット(1,408円)をオーダーしました。 中々、ええ感じのランチでしたが、お値段はスタグフレーションでした。

 

次は、藤田美術館へ

先日、下記の講座に参加させてもらいましたが、

 

 

時代区分について疑問を感じましたので、AIと情報を共有しながら以下の通り纏めて見ました。

 

結論から言うと、墨蹟の伝来の方が早いのですが、概ね同じであることが分かりました。

 

実はこの時代区分、私自身もちゃんと理解していなかったので、今回の講習は良い機会となりました。

骨董の世界で、これほど人を狂わせ、魅了し続ける陶磁器が他にあったか?と思います。世界に三碗、すべてが日本で国宝に指定されている「曜変天目茶碗」。なぜ南宋時代のわずかな期間、それも福建省の建窯(けんよう)でしか生まれなかったのか。今回は、中国陶磁史における厳格な「建盞(けんさん)の格付け」を参考にしつつ、近年の電子顕微鏡解析によって判明した、あの宇宙の青を生み出す「構造色」の驚くべき最新科学に迫りまりたいと思います。

 

 

 

 

 

 

■建盞の頂点に君臨する、至高の格付け

曜変天目を語る上で外せないのが、中国陶磁史における圧倒的な「格付け」です。
南宋時代、喫茶の最高峰とされた福建省の建窯(けんよう)で焼かれた黒釉茶碗は「建盞」と呼ばれ、格別の扱いを受けました。その美の原点は、釉薬中の鉄分が1,300度の高温で結晶化する「鉄結晶(てつけっしょう)」にあります。

この鉄結晶の現れ方によって、建盞は厳格に序列化されていました。

  • 禾目(のぎめ / ラビットヘア):兎の毛のような細い筋。
  • 油滴(ゆてき / オイルスポット):水面に浮く油のような銀の斑紋。極めて希少。
  • 曜変(ようへん):斑紋の周囲に怪しい光彩を放つ、建盞の完全なる頂点

当時から「数万〜数十万点に1つ」の奇跡とされ、完全な現存品は世界で日本にある国宝3碗のみ。骨董界において、これ以上のステータスを持つ磁器は存在しません。

 

■ 現代科学が暴いた「構造色」のロストテクノロジー

なぜ曜変だけにあの宇宙のような青紫の輝き(暈)が現れるのか。その正体は、顔料による着色ではなく、光の物理現象である「構造色(こうぞうしょく)」です。

長年、シャボン玉と同じ「薄膜(はくまく)干渉」説が定説でしたが、近年の理化学研究所による電子顕微鏡解析により、陶芸界を揺るがす新事実が判明しました。

曜変の表面には、数百ナノメートル(1万分の1ミリ単位)の超微細な規則的凹凸(回折格子構造)が形成されていたのです。これはCDの記録面が虹色に光るのと全く同一の光学メカニズムです。

1,300度を超える建窯の還元熱中において、釉中の鉄分や現地産の蛍石(フローライト)が化学変化を起こし、冷却過程のわずか数秒の間にこのナノ構造が奇跡的に定着。入射光が回折・干渉を起こすことで、あの明滅する青彩が放たれます。

南宋の職人が「熱の制御」だけでナノテクノロジーを操っていたという事実こそ、骨董マニアの心を捉えて離さない究極のロマンと言えます。

 

顕微鏡もデータ分析もない時代、南宋の職人たちは1,300度の灼熱の窯と対話し、五感だけを頼りにナノレベルの光学構造を焼き付けました。曜変天目が持つ圧倒的な価値は、単なる骨董としての希少性だけではありません。人間と炎、そして大地の鉄分が偶然と必然の境界線で起こした「奇跡の数秒間」が、800年の時を超えて今なお目の前で青く明滅している――。このロマンこそが、私たち骨董マニアの心を捉えて離さない真の理由なのかもしれません。


数あるプライベート美術館の中で、藤田美術館のコレクションが私の惹かれる六感にガッツリとマッチングします。美術館のような高価なコレクションは私には無理ですが、欲しくなる「これ!」って言う感覚が共有出来ます。恐れ多いことですが、藤田男爵と私の感性って良く似ているのかも?です。

 

それでは、私が惹かれた順にアップしたいと思います。

 

 

 

金銅造弥勒菩薩交脚坐像 北魏 「大魏神亀元年三月」(西暦518年)河北省 曲陽

 

北魏の金銅仏って小さいのが専らですが、これだけの見応えのある金銅仏は中々、出会えることはないでしょうね。 台座の小仏様と透かしのデザインが印象的でした。

 

 

前回はケースに入ったままの展示でした。 如何に希少でデリケートは仏様かがこの梱包仕様で良く分かります。

 

 

 

 

厨子入愛染明王 鎌倉時代

 

厨子から取り出されての展示で精工さがより分かりやすいです。険しい良いお顔をされています。

 

 

 

砧青磁袴腰香炉 銘 香雪  南宋 龍泉窯

袴(はかま)をはいたような優美なシルエットが特徴。

香雪は傳三郎の画号であり、如何に藤田傳三郎がこよなく愛したかが分かります。

 

 

 

紅毛藍画楕円形透耳付鉢 19世紀 オランダ

 

王室で使わていそうな陶磁器です。絵とデコレーションがとても細かい!

 

 

紅毛色絵莨葉絵火入 17~18世紀 オランダ・デルフト

 

海外の陶磁器を日本の仕様にしてしまう傳三郎の発想が面白いです。 火入って名付けられていますが、これ、当時のオランダ人がビールを注いで呑んでいたのではないかと勝手に想像しています。

 

次は高麗茶碗の「夕陽」です。

 

 

この上の写真の側面において白地にほんのり現われている赤みを夕陽ととらえたことから夕陽と名付けられたそうですが、ぶちゃけ、どこが赤いのか???? 分かりません(笑)

 

 

[重文]御所丸黒刷毛茶碗 銘 夕陽(せきよう)

 

17世紀の朝鮮半島で焼成され、日本に持ち込まれた茶碗です。それらを高麗茶碗(こうらいちゃわん)と総称しますが、この写真の茶碗もその一種です。 時代は江戸時代の初めのころです。御所丸とは、朝鮮王朝との交易船の通称です。 因みに、美濃の黒織部を手本にされたと言われています。

 

最後に書です。

 

 

梅香留袖歌短冊 織田信長

 

 

初歌一首 伝 豊臣秀吉

 

NHKで歴史を愚弄した豊臣兄弟が放映されていますが、時代をときめく両巨頭の書です。文字と言うのは生まれ、育ちがもろに出ますが、上の2つの書は、その意味で良いサンプルになるかと思います。

 

 

表題の講座を最初に見た時、「これは行かなあかん!」と思いました。

 

 

「君台観左右帳記」とは?

 

君台とは、室町時代の将軍の御座所(居室や執務空間)

左右帳記とは、左右にどう飾るかというマニュアル

 

室町幕府8代将軍・足利義政の同朋衆(能阿弥や相阿弥)が記録した唐物の鑑定や座敷飾りの目録・手引書で、後の江戸幕府将軍家、御三家も唐絵や茶道具を鑑賞・管理する際にこの君台観左右帳記を重要なルールブックとして参照したそうです。江戸幕府でも同様の「柳営御物(りゅうえいごもつ」、「駿府御分物御道具帳」と言ったマニュアルが作られました。って言うか、ある意味、徳川家康の遺産相続目録です。

 

三阿弥とは? 先述の同朋衆の能阿弥、相阿弥と芸阿弥の3人で、序列としては能阿弥、芸阿弥、相阿弥の親子三代です。以下にAIでそれぞれの時代区分をさせました。



芸阿弥の署名が無いので、「君台観左右帳記」に携わっていたかどうか不明とされるが、

  • 能阿弥が亡くなった時、相阿弥は若く伝承にはかなりハードルが高い。
  • 足利義政のコレクション目録(鑑定書)である「東山御物(ひがしやまごもつ)」の管理は主に芸阿弥がやっていたこと。
  • 「室町殿行幸御飾記」に芸阿弥が義政の会所(サロン)をどのように飾ったかをリアルタイムに記録した
以上から、「君台観左右帳記」に署名が無くとも、かかわりが無いことは無いとされています。

 

因みに御物は将軍家は「ごもつ」、天皇家は「ぎょぶつ」と言います。

 

「君台観左右帳記」は3部構成

  • 唐絵(中国の絵画)の鑑定と品評:画家たちの格付けや解説
  • 書院飾(しょいんかざり):客間における掛軸などの飾り方
  • 茶湯棚飾など:茶器(天目茶碗や茶壺など)の配置や図解 

如何にマニュアルだったかが分かります。

 
以上、昨日お講義を思い出しながら、「君台観左右帳記」を纏めて見ました。
自身の知識をこう言った講座でアップデートしてもらえるのは、ホンマ有難いことです。
 

家を出て地下鉄に乗りかけた時、JRの遅延情報があり急遽、京阪電車で東寺に行くことにしました。しかしJRの京都線って毎日、何らかの遅延があり、あてには出来ませんね?!


さて、予てから今日は雨予報と言っても午後からかと思っていましたが、東寺に着いて暫くしたらポツポツ来ました!




月末に江戸へハンティングしに行くので、軽々な無駄遣いは御法度です。よほどのことが無い限り、モノは買わないと言う強い意志で以ての本日のハンティングでした。坊主になるのが分かっていて何故、骨董市に行くのか? それは不治の病だからです(笑)



帰り際、雨が強くなって来たので、大阪へ退散!





東寺を後にする際、蓮がしっかり育っているのを確認しました。昨年は全く見れなかったので、月末の弘法市が楽しみです。



JR京都駅の中央口近くにあるスタバで、チャージの残金、Westerポイント、小銭を掻き集めて、コーヒーをゲット! 貧乏くさい支払いでもスタバのオネーサンは笑顔で対応してくれました。


大阪に着いて喜楽でランチをと思い、ヒルトンの下に行くと、博多華善って言うお店があり、お初で行って見ることにしました。





ここ、ダメです。

先ず、鶏は衣が多過ぎ! ご飯はたぶん古米。明太子も食べ放題とありましたが、小皿でのサービス。お腹はいっぱいになりましたが、同時に胸焼けしました。それと店内の床が油でベタベタでお店を出た後も靴底がベタベタと音を鳴らしていました。


やっぱり、喜楽にしたら良かったと後悔ナウ!


さて午後はまたもや藤田美術館に来ています。今日も学芸員さんの講演会があります。連日、私も良くやります!