


京阪電車で、宇治駅に着いた時は厚い雲に覆われて、小雨が降っていた。
宇治上神社から宇治神社を見て、朝霧橋に佇み、宇治川の流に心惹かれながら
川沿いを歩いて、いつしか宇治平等院鳳凰堂に辿り着いた。
その頃には、いつしか雨もあがり、初夏らしい日差しが見え隠れし始めていた。
平等院(びょうどういん)は京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの寺院。 平安時代後期11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、 「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。 山号を朝日山と称する。 宗派は17世紀以来浄土宗と天台宗を兼ね、 現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっている。 本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は藤原頼通、開山(初代住職)は明尊である。
平等院は十一世紀の中頃(西暦1052)平安時代後期、
藤原氏の全盛期に宇治関白頼通公が父道長公の別荘を改めて寺院にしたものです。
鳳凰堂は天喜元年(1053)建立された阿弥陀堂で、
平等院創建当時の唯一の建物です。
軽快で優美な姿は平安貴族たちが夢にまで見たあこがれの極楽浄土の宮殿なのです。
当時は、阿弥陀堂の他に金堂、講堂、法華堂、不動堂、経蔵、宝蔵など堂塔が建ち並び、
その境内は旧宇治町の大半にわたり実に広大なものでした。
しかし建武三年正月(1336)楠・足利の戦に建物の大半が焼失して、
現在は鳳風堂と呼ばれる阿弥陀堂と鎌倉時代再建の観音堂(釣殿)と鐘楼が残っています。
庭園は史跡名勝庭園に指定されている平安時代庭園の遺構で、
御堂と阿字池を中心に宇治川の清流、前の山々を取入れた雄大な貴族好みの借景庭園です。
藤原氏の全盛期に宇治関白頼通公が父道長公の別荘を改めて寺院にしたものです。
鳳凰堂は天喜元年(1053)建立された阿弥陀堂で、
平等院創建当時の唯一の建物です。
軽快で優美な姿は平安貴族たちが夢にまで見たあこがれの極楽浄土の宮殿なのです。
当時は、阿弥陀堂の他に金堂、講堂、法華堂、不動堂、経蔵、宝蔵など堂塔が建ち並び、
その境内は旧宇治町の大半にわたり実に広大なものでした。
しかし建武三年正月(1336)楠・足利の戦に建物の大半が焼失して、
現在は鳳風堂と呼ばれる阿弥陀堂と鎌倉時代再建の観音堂(釣殿)と鐘楼が残っています。
庭園は史跡名勝庭園に指定されている平安時代庭園の遺構で、
御堂と阿字池を中心に宇治川の清流、前の山々を取入れた雄大な貴族好みの借景庭園です。