
広島へ出張して来た。
3年振りの広島。
出張の目的は呉ポートピア内の景観舗装の設計。
気温0度、強風に雪が混じっている。
そんな中、現場視察を行った。
デジカメを持つ手が悴む。
さて、現場視察を終えて、構内を見物すると、
かつて呉市内を走っていた呉市電が飾られている。
それは任務を終え、眠りに就いたように思えた。
昭和41年、呉市に市電が走っていたと言うのは意外だった。
さほども大きくない街だったからである。
とはいえ呉は明治35年(1902年)には市制がひかれた。
明治の半ばには海軍の軍港に指定され、造兵廠では有名な軍艦が数多く造られている。
明治の半ばには海軍の軍港に指定され、造兵廠では有名な軍艦が数多く造られている。
戦艦大和はやはりこの呉で造られた。
市内電車が走ったのも明治42年のことであり日本で6番目だったそうだ。
市内電車が走ったのも明治42年のことであり日本で6番目だったそうだ。
最近の人口は21万人だが、今よりは多かったに違いなく活気に満ちた街だったのだろう。
昭和41年当時は全国の路面電車が廃止に向かっていたときであり、
呉市電もワンマンカーの導入・パートタイマーの採用などの合理化の努力もむなしく
翌42年12月にはその歴史を閉じた。
では、これから千鳥ヶ渕へ排水性ニートの夜間調査へ出掛けます。
(+o+)何時に帰って来れるかな???