フェイスブックに、↓のブログ記事がエントリーされていました。



まだ行われている犬猫回収

http://ameblo.jp/tiger-angels/entry-11979053433.html?frm_src=favoritemail



犬猫定点回収というのは、飼っていた犬猫が”いらなくなった”、あるいは拾った犬猫は”いらない”と思った人が、自分の地域の決められた場所に行くと、そこに車が待っていて、いらなくなった、いらない犬猫を連れて行ってくれる制度です。

そうです! 愛護、愛護と言いながら、愛護と真逆のことをする人に便利な奉仕をする制度なのです。

実は私は、こんな非人道的な欺瞞に満ちた制度はとっくになくなった、と思っていました。

ところが、まだやっているんですね。行政が。



フエィスブックの記事をシェアしました。

思わず強い口調の書き込みになりました。(青字)

怒りと失意とやりきれなさと悲しみを共有して下さる方がいたら少し救われます。

まだあるのか。こんな悲しい非人道的な殺し。二十数年前、保健所の回収車に一人で張り付いたことがあった。皮膚病の痩せたワンちゃんを連れてきた女性がいた。「渡したらダメです。苦しい殺し方をされるのですよ」と止めたがその人は泣きながらそれでも担当者に渡した。名前を記載させただけで回収車はその犬を引き取り軽トラックの荷台の箱に入れた。犬は箱の中から必死に女性のほうを見て悲痛な声をあげていた。「私が引き取る! 私が飼う!」と叫んだが徹底的に無視され、担当者はその場で掃除機の筒のようなものを箱に指し込んだ。すぐにそこからシュウ~~~という気体が吹き出る音がした。犬の悲鳴は次第に細くなり消えた。担当者が筒を持ちだした時点で女性はなお泣きながら去ろうとしたが、私は彼女をつかんで離さなかった。・・・犬はあの時殺されたのではないだろう。多分ああやって仮死状態にし、全部の個所を回っていくのだと思う。私が行ったところはスタート地点で、最後まではりついていくつもりだったが、私はそこで行けなかった。心の中で、行政への絶対的な不信、飼い犬をああやって連れてきた普通の人間への嫌悪感と侮蔑感がどうしても消えない原点のひとつである。運動や活動は出来なかったが、誰にも知られない闘いを一人っきりで数え知れないくらいやってきた。そんな闘いなどしたくなかった。私はほんとにただのお人好しの人間であったし、いつでも動物の味方でノーテンキに生きていけばいい人間だった。・・・今だってそうだ。闘いなどしたくない。でも闘うしかない。こんな行政がまだ許されていくのなら!!!

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まるで行政を敵視し挑戦しているようにとれる文面ですが、正直気持ちの中に、福島の警戒区域の動物たちの問題も含めて行政への不信は根強いですが、敵視し挑戦するつもりはないです。そういう闘いのつもりはないのです。



いつも一人の活動ですから、自分の写真が撮れないのですが、Hやさんの給餌ポイントで夫人に写していただきました。

こんな感じで給餌に回っていまする。



表向きはこうして暢気な顔して給餌をしているのですが、心の内では、給餌活動の中で感じた国や行政への理不尽な思いがずうっとくすぶっています。


くすぶっているならくすぶらせているのではなく、社会的に発信していくべきではないか、と思うのですが、何しろ自分は社会性に疎い無能な人間なので、最善の方法を思いつきません。せいぜいここでボツボツ体験を通して知ったこと、感受したことを書いておこうと思っているのですが、それすら今日も今日とてそのつもりでいたのに、給餌帰りの疲労でそのつもりも消えてしまいました。(マッタク!)


何もないならここに公開する意味がないので、ひとことだけ書いておきます。

【いつも一人の活動】の理由です。

こんな私でも、時々、「給餌を手伝いたい」と言って下さる方がいます。

お断りするのです。


【若い人を線量の高い場所に連れていけない】という気持ちでいるからです。

こうしたことを言いますと、「風評を広げる」、「復興の足を引っ張る」などの声があるのですが、東電も政府も信じられない中、自分で調べる力もないのに、他者を危険の可能性のあるところに連れてはいけません。

これに関して、行く人は自己責任で、と言われていますが、自分の行動の責任は自分でとる、という個人の姿勢はそういうことかもしれませんが、同行を求める側の自己責任というものもあります。私はそのことを前提に考えます。


これは少しうがった考えかもしれませんが、私は、政府や自治体が、奇妙な曖昧さを漂わせつつ、ついに私のような民間に給餌を許さないで来たのは、政府や自治体がとるべき自己責任を放棄していたからだろう、と思い、なんてゆるさだと馬鹿にしています。何もいわないものが対象だと、無責任なものですね。それが許される国なのですね。


今日のひとことはここまで。


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↓スタート地点に着いた時間。


↓写真ではわかりませんが、結構あります。


黒い点は糞です。多分、猫の。家の近くではこうした糞の仕方は見ない気がするのですが、福島では多いです。特に警戒区域の中では、いたるところに糞をしていました。

何度も写真に撮り、見つめ、そこからの声を聴こうとしました。

飢えと寂しさに締め付けられながら生きている生き物たちの声。あの糞は、命そのものだったのだと思う。切ない糞だった。

楢葉の今も、こうして糞がある。給餌に行かないというわけにはいかないっしょ。



オリンピックの準備に関わるニュースを見るたびに気になること。

競技場や施設の建設には必ず環境破壊や生物の駆除がついてまわる。


そこで素朴に思うのだが、準備委員会には動物や自然保護の人がメンバーに入っているのでしょうか。

安易に破壊され駆除される自然や生き物のことが心配でなりません。


「なぜぼくらは何かといえば簡単に破壊されるの? 殺されるの? そしてぼくらを大事に思う人たちは排除されるの? なぜ?」

追悼の森


どんなに愛しくても、いかに守ろうと心を砕いても別れはやってきた。突然に、あるいは無残に、その日を迎えたこともあった。

今はただ、私の近くで生きてくれた忘れえぬみんなに、感謝と哀悼の想いをこめて心からありがとう! と鎮魂の祈りを。

そして、叶うなら、再会を・・・・・・。






≪Oさんちのイクラちゃん 長い時間が経った今も続く悔恨≫

左の黒猫がイクラちゃん。右は森の猫のネコ。


イクラちゃんは、近所のOさんの飼い猫だった。

人懐こくて、私が森のネコにフードを運ぶ時間になると、こうして森にやってきた。ある時期から、よだれがだらだらと出るようになった。その頃から、いつも外をうろついていて、寒い時期に、よだれをたらしながら森でうづくまっているのを見かけるようになった。

Oさんはよだれで部屋が汚れるのをいやがっておられたので、家にいれてもらえなくなったのだと思い、ある夜、厳寒のなかで道路をうろうろしているのを、抱き上げて家に連れて帰った。

翌日の昼間にOさんにそのことを断っておこうと思ったが会えず、三日ほど経って告げた。
するとOさんが、「三歳の孫が、イクラがいないって心配してたの」と言われた。私は家に入れてもらえないと勝手に思い、悪いことをしたなぁと内心反省し、イクラちゃんをお返しした。

その後もイクラちゃんは、道路や森でいるのを見かけたが、夜には家に入っているのだろうと思い心配をしなかった。


ある夕方、いつものようにネコにフードをもって森にいくと、帰りイクラちゃんがついてくる。
私は、「Oさんが心配するからだめよ」と言って、Oさんの家の前までつれていった。

それからしばらく経って、イクラちゃんの姿が見えないので、たまたま道で会ったO氏に訊くと、「三日ほど前に物置の箱で死んでいた」とこともなげに言われたのだ。イクラちゃんは、家の中に入れてもらえないままだったのだ。あんなによだれがたれるほど体調が悪かったのに!

どれほど悔やんだだろう。あのついてこようとしたとき、寒さが辛く、温かい家に入りたかったにちがいない。

なぜつれて帰らなかったか! 

Oさんはうそをついておられたのだ。見抜けず、イクラちゃんを苦しい目にあわせた! 

なんとかわそうなことをしたか! 


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今も用事でOさんのお宅を訪ねるとき、悲しみがこみあげる。
この当時三歳だったお孫さんは今や成人されている。

そうした長い時間を経た今も忘れることは出来ない。

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※↑の日記は正確な日付を書いていないのだが2005年(1995)頃書いたものだと思う。





↓転載

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■■■日刊IWJガイド 2015.1.12日号 ~No.852号~ ■■■
(2015.1.12 8時00分)

 おはようございます!IWJで記事やリサーチを担当している佐々木隼也と申します。

 昨日13時頃、「在特会」周辺のグループ20人ほどが、「サザンオールスターズの桑田佳祐氏が紫綬褒章をオークションにかけるような『不敬』をはたらいた」として、サザンの所属事務所「アミューズ」前で抗議行動をしました。

 桑田さんといえば、昨年末の紅白歌合戦で、サプライズで登場し、『ピースとハイライト』を歌ったことで、その歌詞が「ヘイトスピーチや安倍政権を批判するものだ」と解釈できることから、大きな波紋を呼んでいます。

 IWJも記事にまとめているので、こちらをご覧ください。

・【IWJブログ】NHKでサザンがヒトラーの「チョビ髭」、タモリが「憲法改正」を疑問視―自主規制によってひたすらトボケ続けるメディアの中で、政府の暴走に国民的著名人堂々プロテスト発言
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/223444

 この抗議行動では、例によって在特会関係者から「IWJは中継するな!」などと凄まれました。しかし現場に行ったのはIWJの女性記者たった1人。それに対して男3人で囲んで凄むとはいただけない。紳士マナー違反です。

もちろん、取材させてもらいました。IWJは脅しには怯みません。この抗議行動の模様は以下、急ぎ記事化しましたのでぜひご覧ください。

・2015/01/11 サザン・桑田氏へ在特会らが抗議デモ 排外デモで日本の「品格」を貶める在特会がサザンに「品格」を語る矛盾
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/224324

 在特会は「不敬罪」の復活を主張しています。「不敬罪」とは、王族や皇族など、いわゆる「君主」の名誉や尊厳を害するあらゆる行為を裁く、というもので、絶対君主制の残るサウジアラビアなどに存在しています。

 2013年秋の園遊会で、天皇陛下に直接手紙を渡した山本太郎議員に対しても、「不敬罪だ!」などと批判する声がネトウヨ界隈からあがりました。その後、山本議員宛に脅迫状と刃物が送りつけられると、宮内庁長官が、「それを知った天皇陛下が心配されている」とのコメントを出しました。「不敬罪」を理由に暴力が横行することをあってはならないこととして、今上天皇はことのほか心配されているようです。天皇の尊厳を守るためとして、暴力の行使を正当化しようというんですから、天皇陛下にしてみれば、暴力のだしに使われるようなもの。たまったものではないでしょう。

 在特会は、「皇族は批判に対して反論できない」として、「不敬罪」の復活を主張しているようです。アミューズへの抗議では「国体破壊だ」という声もあがりました。

 天皇陛下のお心とは関係なく、勝手に天皇陛下を戦前の「国体」と同一視して、その名誉と尊厳の威をかりて、他者に非難や脅しを浴びせかける。こちらの方がよっぽと「不敬」ではないかと思います。

 天皇陛下は今年の年頭のご感想で、「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」とおっしゃっています。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/shinnen-h27.html

 日本が「国体」の名のもとに戦争に突き進んでいった先の大戦と、今の日本を重ねあわせて考えるとき、ヘイトスピーチが横行し、集団的自衛権や武器輸出緩和、PKOの武器使用緩和、憲法改正などで「戦争のできる国」にしようとする安倍政権を危惧している、と「解釈」できる内容なのですが、こうした天皇のメッセージも彼らは「不敬」と批判するのでしょうか。それとも、こうした解釈をする僕の方を「不敬」と罵るのでしょうか。かくも「不敬」とは便利な言葉です。

 彼らのこうした言論弾圧、表現の自由への圧力には、個人的に、気持ち悪い、という感情以上に、寒気がします。ただ、なんとなく彼らの奥底に流れる歪んだメンタリティも理解できます。かくいう僕も、学生の時に、いわゆる「ネトウヨ」だった時期があるからです。

 まあ、この話は、長くなるので稿をあらためて書くとして…

 「表現の自由」への圧力・弾圧は、在特会だけでなく、安倍政権も着々と推し進めています。安倍政権が2015年、本腰を入れて取り組む本丸、憲法改正です。

 自民党が公開している改憲草案では、「表現の自由」「言論の自由」、そして「基本的人権」すらも抑制し、規制しようとしています。「表現の自由」の幅をどんどん狭めることで、「表現の自由を逸脱している(だから罰する)」というロジックが今以上に使いやすくなりますね。

 一昨年、梓澤和幸弁護士と澤藤統一郎弁護士と岩上さんの3人で、この自民党の憲法改正草案についての鼎談をおこない、逐条で、徹底的に中身を議論しました。それはもう徹底的に。

 合計12回にわたり、おこなわれた自民党の憲法改正草案についての鼎談シリーズのアーカイブはこちらからご覧いただけます。必見です。
http://bit.ly/1jWh3da

  さらに自民党の憲法改正草案についての鼎談を分かりやすく書籍にまとめた『前夜~日本国憲法と自民党改憲案を読み解く』も、超オススメです。こちらから、ぜひご購入ください!
http://bit.ly/1tHZPM6

 ちなみに僕は、この本をなんやかんやで3回通読しました。あと300回くらいは読めたらな、と思っています。それくらい頭に叩き込み、目を光らせないと、油断も隙もないですから。
…(後半へ続く)

◆中継番組表◆

本日のIWJの中継番組表を送ります。
あくまで予定ですので、変更、中止、追加などがある場合があります。また電波状況によっては、安定した中継ができない場合もありますのでご了承ください。

**2015.1.12 Mon.**

【IWJ_SF】7:15~「サンフランシスコ・第30回月例11日原発反対集会」
視聴URL:http://www.ustream.tv/channel/iwj-sf
※現地時間の11日15:15から、サンフランシスコ総領事館前で行われる、原発再稼働反対を訴える抗議集会。「No Nukes Action」が主催


【再配信・IWJ_SF】13:00~「サンフランシスコ・第30回月例11日原発反対集会」
視聴URL:http://www.ustream.tv/channel/iwj-sf
※本日、午前7時15分から行われる「第30回月例11日原発反対集会」の模様を再配信します


【Ch4】14:00~「第三回 沖縄の地鳴りを聞く 『辺野古アセスメントの不当性』 ―桜井国俊・沖縄大学名誉教授」
視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=4
※「普天間・辺野古を考える会」が主催。桜井国俊・沖縄大学名誉教授が、 「辺野古アセスメントの不当性」をテーマに講演する


【再配信・Ch5】17:00~「人類の宝、辺野古・大浦湾の豊な自然を次世代に継承しよう ─海洋学者キャサリン・ミュジック氏講演」
視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=5
記事URL: http://iwj.co.jp/wj/open/archives/171299
※2014年9月26日に行われた、「人類の宝、辺野古・大浦湾の豊な自然を次世代に継承しよう ─海洋学者キャサリン・ミュジック氏講演」を再配信します。キャサリン・ミュジック博士、稲嶺進・名護市長、真喜志好一氏、東恩納琢磨氏らが登壇しました


【Ch1】20:00~「佐賀県知事選に地元農協が担いだ山口氏が当選、売られる日本農業がついに『一揆』か!? ~日本農業新聞元論説委員の緒方大造氏インタビュー再配信!」
視聴URL: http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=1
記事URL: http://iwj.co.jp/wj/open/archives/69472
※2012年4月4日に行われた、「日本農業新聞元論説委員の緒方大造氏インタビュー」を再配信します。緒方氏は「どの国もGDPの数%の一次産業が国を支えている」とし、「日本は上流から荒れる。森が豊かでないと、ミネラルが流れず、海も荒れ、連鎖が壊れる」としました

(前半の続き)…
 そして、安倍政権による圧力・弾圧はこれだけではありません。辺野古基地移設をめぐる、沖縄への圧力・弾圧も問題となっています。

  昨年11月の沖縄県知事選で、沖縄の圧倒的民意を背に、基地移設反対を掲げて圧勝した翁長新知事。昨年12月下旬、翁長氏は早速、基地問題について安倍総理や山口俊一沖縄担当相などと話し合うべく、上京しました。しかし、安倍政権から返ってきた答えは、「誰とも面会できない」というものでした。

 さらに今年1月に上京した際も、安倍政権総出で無視。いつもなら沖縄県知事に参加してもらっている、次年度の沖縄振興予算を話し合う自民党沖縄振興調査会にも、今回は「出席させない」と、またも無視(というか嫌がらせ)。そしてテレビ朝日報道によると、政権幹部は翁長氏が出席できなかったことについて、「当たり前だ。立場をわきまえろ」と言い放ったそうです。

 この発言が事実であれば、「立場をわきまえろ」という言葉は、翁長氏だけでなく、当選させた沖縄県民にも向けられた言葉であると言えます。政治家は、民意によって選ばれるものです。政権も、民意に寄って立ちます。この暴言を吐いた政権幹部こそ、自身の立場を履き違えているのではないでしょうか。

 さらに驚くべきことに、沖縄振興費について安倍政権は、「沖縄関連の予算は今後、振興から基地関連にシフトする」という方針を打ち出しました。要は、沖縄振興費の「減額」です。

 さらに、さらに驚くべきことに、防衛省関係者は、今後移設に関する政府調達では「安全保障に関わる調達の品質を確保するため」として、知事選で翁長氏を支援した県内業者を排除する可能性にも言及している、とのことです。

 ここまで露骨な「翁長新知事いじめ」「沖縄いじめ」を、堂々と行える安倍政権の神経には、唖然とします。

 今後も、この「沖縄問題」について、IWJでは翁長氏への岩上さんのインタビューや、辺野古移設をめぐる重要なシンポジウムを、どんどん緊急再配信していきますので、ぜひ、ご覧ください!

  また、IWJの会員であれば、(一般会員は1カ月間、サポート会員であれば無制限に)アーカイブをいつでもご覧になることができます。

 この機会にぜひ、IWJの会員に登録し、僕らの活動をお支えください!

【会員登録はこちら】
http://t.co/DklhwNIqdX


 しかして、そんな露骨な虐めに対し、国民が黙っているわけはありません。

 昨日行われた佐賀県知事選で、過去最低の投票率ながら、元総務省官僚で新顔の山口祥義(よしのり)氏が、自民・公明推薦の樋渡(ひわたし)啓祐氏を破ったのです。

 今回の山口氏の勝利のカギとなったのが、農協の動きです。今回、JA佐賀の政治団体「佐賀県農政協議会」は、樋渡氏への支援を見送り、山口氏を推薦。山口氏は、「TPP反対」を明言しました。

・2014/12/29 【佐賀県知事選】無所属・山口祥義候補が農協・漁協の要請に対し「TPP参加反対」を明言するも「原発」「オスプレイ」については事実上の質問拒否
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/220751

・2014/12/25 【佐賀県知事選】自民党陣営分裂 カギを握る農家票の行方 争点は原発再稼働、オスプレイ、そしてTPP
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/217262

 かくして、TPP加盟や農協改革を踏まえ、全国農業協同組合中央会(JA全中)を「岩盤規制」の象徴と位置づけ、解体に動いている自民党・安倍政権と知事選を介した全面戦争となりました。そして、民意は「安倍政権にNO!」を突きつけました。

 しかし、県内の「原発再稼働」と「オスプレイ配備」については明言を避け、IWJが直接質問したものの、「時間がない」と打ち切られました。原発とオスプレイについて、安倍政権の政策に追随するのかどうか。この点については注視が必要です。

 ただ、沖縄に続き、県知事選で与党推薦候補が敗北する、という結果は、今の安倍政権のやり方に、多くの国民が懸念を示しているということをあらわしています。今後、全国各地で同様の「ターンオーバー」が繰り広げられていくでしょう。IWJは、とことん追い続けます。

 それでは本日も、IWJをよろしくお願い致します。

 ちなみに、この日刊ガイドの挨拶文は、ネーミング案を今、募集中です。

 僕は、「IWJドロップス」がいいんじゃないかと思っています。

 みなさんも、ネーミング案をお寄せください!

IWJ 株式会社インディペンデント・ウェブ・ジャーナル
岩上安身サポーターズクラブ事務局
公式サイト 【 http://iwj.co.jp/

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Vol.11に公害被害者の座り込みの応援に行って時のことを書いたのですが、この数日間のことは単なる記憶としてではなく、自分の生き方を考える上で、さまざまに影響を受けました。


例えば、弱者の側が泣き寝入りをするのではなく、主張すべきと思うことに対して、きちんと対峙する、ということや、何かがおかしいと思った時、真実は何か、どこに問題点があるかなどを洞察、見極める姿勢を持つことなどを、建て前としてではなく感受しました。


こんなことがありました。

座り込みの現場は会社の玄関の回りだったのですが、そこには会社側の人たちが玄関の出入り口を守るためにスクラムを組んで立っていました。

見るからに入社間もない若い社員でした。会社側は、何もわからない新入社員を盾にしていたんですね。狡いですよね。こういうタイプの生き方しているそこそこ力のある輩はそこらじゅうにいるけど。(笑)

そして、座り混みを応援している側の人が、スクラム組んで黙って並んでいる新入社員らしい人、一人一人に数人づつで詰め寄り、「お前ら最低だ、馬鹿だ、人間の屑だ」など罵倒するんです。

これは気持ち悪かったです。


「どうして? 彼ら個人になぜあんなことをするの? まるでリンチみたい」

「あんな悪徳会社に入って給料を貰うのは同罪だ」

「そういう決めつけ、薄っぺら! そういうレベルで言うなら、人間みんな同じ罪の線上にいるでしょ。そこから、何を怒っていくのか、自分を戒めるのか、わかっていくことが大切じゃない?」


また道路と会社の敷地をしきっていた綺麗に手入れされていたつつじの植え木を折り、そこに腰かける人がいたのですが、それに対して、「植え木がかわいそう、なんで潰してしまうの?」と注意する人がいました。すると、「植え木なんかどうでもいいんだ、人が大事なんだ!」と尚潰していくんですね。「何が人が大事よ」と、注意した人はうんざりしたように帰ってしまいました。


これらは小さな出来ごとに見えますが、私は拘りましたね。

公害に身体を蝕まれ、死を覚悟で石の床に横たわって抗議している人たちは、どう思われるのだろうとも思いました。


Vol.11で書いた経緯の中で、私は、ETの話をしてすみません、と言ったほかに、「私は犬や猫を守りたい座り込みをしていてここに来たんです。」ということも言いました。心のどこかに、犬猫と人間の極限の苦しみを一緒にしてけしからん、と言われるのではないかというひけめのようなものがありました。

だけどあの人は即答えられたんですよ。

「犬猫の問題と、わたしらは同じだよ。あいつらは、わたしらや犬猫の命なぞなんとも思っていない。殺せばせいせいするぐらいの発想で見ている。だからあんたらの気持ちわかるよ。わしらと犬猫を同じだ、同じだ、同じだ。」


それから、「犬猫は何も言わんから、運動は難しいだろ。運動する人間の中には、当事者そっちのけで自分の欲でいかにもなことやるもんがおるからな。わしらはそれがわかるから、わしらはそれは望んでない、ということができる。そうしていい運動になっていく。けど動物は言わんからな、正しい者こそ辛い目にあうことがあるだろ。」ということも。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私はあの数日間は正直しんどかったのですが、思い出すごとに、『私のようなぼんやりの自己中心ものに、天が大事なものを落して下さったのだ』と感謝します。

あの場には社会が必要とする人々が多くおられた。

皆さん、若く、光のようだった。

亡くなられてしまった方も何人もおられる。

いつも新聞で知る。

私のようなぼんくらがまだ生きている。

こんな無能者の命でも、無駄にしちゃいかんのだろうな、と思う。


ネットの日記で前にも書いた記憶があることなのですが、東京都に動物指導センターが出来た時、作家の仁木悦子さんが呼びかけられて反対の座り込みが決行されました。

私はそれを「猫の手帖」という雑誌で知り、当時有楽町にあった都庁に出かけました。

確か冷たい雨の降りしきる三月だったと思います。


家に猫が毎日のように置いて行かれるようになってどうしていいかわからないまま全部を面倒をみて、家は汚れ壊れ、小学生と中学生だった息子はそのことでいじめに合い、私自身は憔悴の極みにいた時で、はじめて座り込みという行動に参加することにドキドキビクビクしながらでした。

でも心の中には、こうして行動すれば、猫や犬は捨てられることがなくなり、自分のように苦しむ人もいなくなる、という期待と希望のような前向きの思いがありました。

障害を持たれて車椅子で冷たい雨の中におられた仁木悦子さんの姿にも勇気づけられていました。


ある日、数人の若者が来られ、主催者の方が、近くで公害の被害者の方々の座り込みが行われていて、そこから応援が来たのです、という嬉しそうな紹介がありました。

数日続いていた寒さに疲れていた私たちはそれで随分元気になったものです。

そして、私たちの何人かが、お返しに座り込みに参加することになり、私もそちらに行きました。


そこはある大手の企業の本社で、その会社の玄関の回りに沢山の人が集まっていました。

その会社の作業所が九州にあり、そこでの会社側の不備、不誠実で多くの作業員が鉱毒によって酷い健康障害に侵され、その事実を認めず補償もしない会社側に抗議の座り込みが行われていたのです。

コンクリートの床に薄い布団を敷き身体を横たえておられた高齢の被害者の方々の姿は衝撃でした。その姿に接し、私たちは一回だけの参加ということで出かけたのでしたが、私自身はそのまま公害被害の座り込みに通い、食事の支度を引き受けるようになりました。

昼食と夕食を近くに借りておられた事務所で作り、座り混み現場に運ぶのです。だいたい毎回60人分を作るのです。いつも九州から来ていたメンバーの指示で作りますから、失敗もなく何の問題も起こりませんでした。


ところがある日、人手がなくて私一人が60人分の炊き込みご飯を作るよう頼まれました。

私は勿論引き受け作りました。味見をすると我ながらなかなかの出来です。意気揚々と現場に運び、被害者の皆さんと支援者の皆さんに食べていただきました。


すると、九州から来られた方々の中から、「味が薄い!」という声が出て、中にはごはんに醤油をかける人もいたのです。

座り込みの主催者の方から、「九州の人は濃い味なのよ、そういうことも念頭において作ってほしかった」という叱責の言葉もありました。

私は申し訳なさと自分の失態に打ちひしがれ悄然となってしまいました。

関東側からの支援者の方が、「いい味だよ、気にすることないよ」とこっそり慰めて下さったり、九州から団体で来られていたキリスト教会の牧師さんと信者さんが、「うまいよ、うまいうまい」と言っていかにも美味しそうに食べて下さり、私は表向きは明るく振舞えるようにはなっていたのですが、心中の自己嫌悪は消えずそこにいたたまれない思いでいました。


この日、食事のあと、被害者の方、支援者の方による、道行く人に訴える活動が行われました。一人一人が順番にマイクを持ち訴えていくのです。

訴えは自分の関係している活動のことを言ってもいいということでした。

私も指名されマイクを渡されました。

私は薄味のごはんことで落ち込んでいた時ですから、本当に困ってしまったのですが、こう言う時にいじいじしているわけにはいきません。

動物に関する思っていることを話しました。


「今、ETという映画が公開されていて、多くの方の感動を呼んでいます。映画の中のETを愛し、応援する人々がこれほど多いのに、自分の身近にせいいっぱい生きている小さな命と心の存在の動物を、なぜ捨てたり、殺処分にしたりするのでしょう。」


私はこう話した後、なお落ち込みました。とんちんかんなことを言った気がしたからです。

そのあと、床に膝をかかえて蹲り、うつむいてみんなの言葉を聞いていました。

誰かが私の背中のあたりをとんとんとしました。

振り向くと、公害にあって横たわっておられた被害者の方でした。

私は、「すみません、皆さんがこんな苦しみながら訴えておられるのに、私はETの話しなんかして」と応えました。

するとその人は、「いいや、あんたの言うとおりと思ったよ。ありがとな」という意味のことを言われたのです。声は細く、九州なまりで聞きとれにくかったのですが、確かにそういう意味でした。

私はどっとこみあげるものを止めようがなく、涙が滂沱と溢れるのをそのままにしていました。


その方が亡くなったのはそれから間もなくでした。新聞の記事で知りました。


私は以後、活動家の資質のない自分がよくわかり、それらしいことはあまり出来ませんでしたが、「自分の思いを出すに勝る訴えはない、少なくとも自分にとっては」という思いを抱いています。


明けましておめでとうございます。

更新を忘れていたわけではないのですが、ぐずぐずと考えあぐねて遠のいていました。


今日、書きたい事があって少し書きかけたのですが、なぜかふいにブログ「まれびと」を思い出し↓に行って来てしまいました。

http://www.geocities.jp/marebit/TOP.html



何年か前、ある殺人事件があって、私は容疑者の少年が育った村に行きたくて行きたくてたまらない気持ちになっていました。(年齢的には彼は成人していましたけれど)


彼は少女を殺したけれども、彼もまた殺された人、殺され続けていた人だったのだと思えてならなかったからです。既成の絶対的な集落の存在が二人の若者を殺した、という思いが体感的に付きあげてきて、哀れで哀れでたまらなかった。

出合い頭にぶつかってしまったような一瞬の魔の時刻。この時刻がずれてさえいれば少年は誠実な有能な社会人になっていただろうと思い、尚のこと哀れでなりませんでした。


そうしてこのブログのこのページ↓で少年と出合ったのです。いえ、出合ったというのは冒涜だな。垣間見たという節度を持つべきかもしれません。


哀しき鬼・丘崎誠人に捧ぐ

http://www.geocities.jp/marebit/oni.html



今日ここにこれを書いたのは、社会性のある意味はこめてないです。

独房で自ら命を絶った、哀しい罪を犯した魂に祈りたくなっただけです。


この世は純粋な魂の存在が善として生きられるとは限らない。この寂しさ。



※ブログ「まれびと」のリンクに、上々颱風  の名前があったのもこのブログがお気に入りになった理由のひとつだった。今は解散されてしまってるようだけど、不敵な面構えのステージは素敵だった。

今年(2014年)の4月11日、楢葉給餌の折、鐘つき堂という給餌ポイントにいた猫を家に連れ帰った。キキと名付けた。写真↓。

http://ameblo.jp/kaze-amb/entry-11824922595.html


鐘つき堂で見た時、キキは大きくて毛艶もよく健康そうに見えた。

それなのになぜ家に連れ帰ったかというと、餌を置いたのに食べずに車に戻ろうとする私に必死に付いてきたからだ。


私はキキの健康そうな状態と、私に付いてきた人懐こさと、去勢手術がされているとわかったことから、『この子は原発事故後、置き去りにされた猫ではなく、比較的最近に誰かにここに持ち込まれて置いていかれた子だ!』と感じ、もともと警戒区域に置き去りにされたどうぶつたちへの哀れさとまた異なった哀れさが込み上げ、『人の中に戻し家猫として生きるようにしてやりたい』と思ったのだ。給餌人が餌を置くことを知った上でわざわざここまで捨てに来たのだろうと思う人間への、憤りもあって可哀そうでならなかった。

それでキキを家に連れてきた自分の行為を疑うことはなかった。


実際我が家の猫いなったキキは人間にも他の猫にも無口で無愛想であったが、すぐに慣れてそれなりにくつろいでいると私には見えた。

楢葉にどのくらいいたかわからないが、外を自由に生きていたのは確かで、うちでも隙を見ては外に出た。最初のうちはそのたびに大騒ぎをして連れ戻そうとしたが、キキは何時間かするとゆうゆうと家に帰ってきた。

それで私は『キキは外には出たがるけれど、ちゃんとここを自分の安住の家としてくれている。これでいいのだ。』と安心し、あらためて自分の行為をよかったと思ったのだった。


ところがここ10日ほど前からキキは食事をとらなくなった。

病院で血液検査をしていただくと、白血病を発症し、腎臓もかなり悪いということであった。

急に口の内が爛れはじめ血膿がよだれとなっておちてきた。

そして注射治療をし、点滴を毎日しているのに、下血まで始まってしまったのだ。


↓は治療を受けているキキ。顔色が悪く身体の毛も逆立っている。



私は愕然とした。

『この症状はストレスから来たのではないか!!??』と。

『キキは、他の猫たちもいるこの家で、くつろげなかったのだ。いつも緊張して、苦しかったのだ!!!』と。



【どうぶつたちは言葉で訴えない。

だから、人間たちは、その人その人の愛情をベースにして、家族になった犬や猫たちにそれぞれによかれと思うことを尽くす。

だが、本当の本当のところ、何がよくて何が悪いかはわからない】


私は常日頃そう思ってきた。

だから、自分が思ったこと、感じたことを、必要とあらば当事者にはっきりと露わにすることはあっても、群れて誰かに自分の思考を言い立てたり、責め立てることはしないように心がけている。

本当に、どうぶつにとって、自分の思考や行為が絶対的に良いのか悪いのかわからないから。


それなのにキキをこのようにしてしまった。


・・・・・・・・ここから一番言いたいことの本題に入るつもりだったのですが、それは後日にします。

とにかく、辛い事態になってしまいました。幸せにしてやりい一心での保護でしたが・・・・・。鐘つき堂にあのままにしていれば、元気でいたでしょうか。





注目のフェイスブック記事=大阪市北区の児童公園に突如立った8基の看板 』という記事を出しましたところ、にゃんきちさんから、「黒崎公園の看板について、行政の側の意見等を確認したのか」という意味のご指摘をいただき、確かにそれは必要だと思いまして、本日電話で担当のI氏とお話をしました。


まず黒崎公園の餌やりの経緯ですが、

最初は誰かわからない形で餌をやる人がおり、住民から、猫が増える、衛生上問題だなどの苦情が起りはじめ、一時は、『餌やり禁止』という看板を立てていた。


だが、猫たちが可哀そうだ、という声があがるに従い、餌やりは禁止ではなく、近隣の住民の理解を得る形でやっていこう、という方向になり、大阪市が、『餌やり許可 サポーター制度』を立ちあげた。


サポーター制度は、

1・避妊去勢手術をすること。

2・置き餌はやらない。つまり猫たちが食べたら残った餌は片づける。

3・清掃をきちんとして衛生上問題のないようにする。

以上の3点を原則とし、これを守れば餌やりを許可する。


そしてこの制度に従って、サポーターの認定を受けた方たちが餌やりの活動を始め、猫が増える、不衛生、という問題が落ちつき、近隣からの苦情も顕著に減っていった。


ところが、中心になっていたサポーターさんが入院され、餌がそのまま放置されていたり、清掃も行き届かないという状態になり、近隣からの強い苦情が多くなった。

それで、餌やりさんの了承の上で、看板を立て様子を見ることにした、ということです。


ここで私は、「写真で見る限りでも8基のあの看板はインパクトが強く、まるで餌やりさんや猫たちを心配する人たちへの弾圧に感じますよ」ということ、「せっかくサポーター制度を立ち上げ、猫たちを排除するのではなく、共生の方向をとっておられたのに、こうした弾圧ともとれる方法に変えてしまわれるのはもったいない。サポーター制度は、辛抱強くやっていけば、地域猫と共生する素晴らしい方法のひとつになり得ると思います。諦めずに餌やりの方向を続けて下さい」という意味のことをお願いしました。

   

I氏は、「まだ公開する段階ではないが・・・」と断られた上で、「私たちのほうも、それはよくわかっており、今後、どうしたら公園の環境と衛生を守りながら餌やりも続けていけるか、どうぶつ愛護の会の人も含めて地域の関係者と協議して、看板をはずしていくつもりで様子を見ているところです。」と言われました。


私個人は、正直なことを言いますと、置き餌禁止は厳しいな、猫の中にはみんなと一緒に食べれない子もいるし、ある程度の時間は餌があるようにして欲しいな、という思いがよぎりましたが、そうした内容についての具体的な話し合いは、具体的な協議が出来る段階になって、地域の当事者の方々がすべきことと思い、言葉には出しませんでした。


そうした自分の思いは別にしまして、この公園の餌やりの問題には希望の光が見えると思いました。

担当者のI氏は、共生の方向に努力される方だと感じましたし、実際サポーター制度は作動していたのですから。

何より、ここまで形にされたのは、この公園の猫たちと人の共生のために尽くされている団体や個人のボランティアの方でしょう。凄い力ですよね。本当に感謝でいっぱいです。


黒崎公園の猫の餌やりの問題がいい方向に進みますことと、入院されたサポーターさんのご快癒を祈りつつ、私が知り得た内容のご報告と致します。