93歳の親父を看取って、丸2年~です。
朝9時に、いつものように月参りのお寺さん、今日はご子息クンが来られて、
~特別の日ですから、阿弥陀経をあげさせていただきますので、
ごいっしょに、焼香をお願いします~と…。ふ~ん、そうなんだ。
如是我聞…このようにわたしは聞いた~ではじまる、仏説阿弥陀経。

この阿弥陀経は、「 仏様がおっしゃられました 」 ではなく、
「 わたしはこのようにお聞きしました 」 とはじまる、それが特徴なのです、と。
息子らよりも若い世代、30代のお寺の長男坊、曰く~。
わたしたちは、よく 「今日は寒い」 と言いますが、
「 わたしの感じるところでは、今日は寒い 」 と言うのが正しい表現~なのです、とも。
ひょっとすると、寒いと思われない方がおられるかも知れません。
わたしたちは、自分の感じる世界にしか住むことができないのです。
自分が辛いときには、世界は灰色に見えるでしょう。
ところが楽しい時には、同じ世界がバラ色に見えてしまう。
悲しいかなこれが、わたしたちのあり様なのです。

「 かくの如くおっしゃられました 」 ではじまるのではなく、
あくまで 「 わたしはこのようにお聞きしました 」 が、阿弥陀経の本旨、だと。
如是我聞―巧く表現できませんが、
大切なキーワードのひとつなのかも知れません。
まっ、いいか。