ハーモニー主催の朗読イベントを見てきた話 | ぴいなつの頭ん中

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殻付き。そにっくなーすが言葉を地獄にかけてやる

益山さんの朗読の感想。


ワンマンライブで音楽付き、テロップ付きの詩の朗読ライブというの自体珍しいと思うのだけど、わたしが「よく行く朗読ライブと違った感じで」と言ったら益山さんは「俺変わってるんで」と笑顔で言った。詩人は独特と言われるのが好きだ、わたしも好きだし、でもなんか詩人同士の仲間意識?みたいなのがあって、中身のことより詩のスタイルの話をしてしまいました。


わかりにくくないやさしいことばで幻想的な風景が紡がれる。ときに自身のこと、ときに写真からインスピレーションを受けたこと、ときに、テーマに沿って。

箱?の中から見た景色は、いつでも黄金に輝いていて、愛に溢れていて、美しい。平易だけどなんか、寒かったりうわべだったり嘘くさかったりしない美しさをもっている。

わたしも学生の頃、自分がクラスのみんなを見ているとき、テレビのカメラみたいな、自分が完全に他者になってしまうような見方をしていることに気づいたときがあって、それと似ているのかなと思った。

でも詩の中で益山さんはその幻想的な光景たちに対して「他者」ではなかったな。見つめる目は常にその景色と共にあって包み込まれていた。


音楽が付いているから、「ふざけているようでも(詩の中で)悲しい場面があって、そういうところを音楽が演出できる」的なことを音楽担当の石田さんがおっしゃっていた。まさにと思った。音楽がつくことで詩は化学変化を起こす。詩の表現は音楽に甘えてはいけないとわたしは自分の作品について思っているんだけれど(意地を張っているともいう)うまい具合にまっちしていてとてもよかった。


病状が安定しながら芸術をやることができない人も多いと思う。トークでもそういう話あったけど、音楽家なんてそういうかたが多いと思う。わたしの受け持った患者さんでも、入院当初はひたすら薔薇の花を描いていたのに、元気になったら「描く必要がなくなったから」とパタリとやめてしまったという人がいた。勿体無いなと思ったけれど、芸術や創作がその人にとって癒しか日常かによって変わるのかもしれない。


歌のシーンもよかったなぁ。急にカラオケやったりして。

水曜日に誰でもきていいミーティングがあるらしいから、またこんど連絡してから行ってみようかな。