難病の宣告と、友人2人が付き合いだした宣告が、その日わたしのなかで同じくらいの重さでもって受け止められたのはわたしが異常なまでに楽天的だからなのだろう。
もしくは、わたしの煩悩が、価値観が、あまりにも醜く歪んでいて、他人の瑣末な恋愛事情に過敏に反応しすぎているか。
ふつうは
もっと泣いたりわめいたり怒ったり
受容できなかったりするんだろうね
でも言ったでしょ?わたしもうそのテーマ15年前から悩んでんのよ。
14歳の誕生日に、父から。
言われてから。
「お母さんの病気は筋ジストロフィーだ」
(知ってるよママから聞いたもん)
「お母さんの病気は治らない」
(知ってるよママから聞いたもん)
「お母さんの病気は遺伝する」
(知ってるよママから聞いたもん)
「あなたも罹っている可能性が高い」
働き方も考えてたよ。
その頃から。
いつか座ったまま、寝たまま働けるように
頭をむちゃくちゃよくして、お金が貯まるように
寝たきりになった時に、
お金さえあればわりと自由になんとかなるから。
わたしはママとちっとも似ていなかったけど
ママと同じ病気になる
身体は頑丈だったから、みんな信じなかったけど
笑い飛ばされたけど
嘘でしょって笑い飛ばされたけど
でも
嘘ならいいなっていちばん思ってるのはわたしだよ
笑い飛ばしたいっていちばん思ってるのはわたしだよ
ときどきほんとうに嘘なんじゃないかって思うんだよ
そうすると頭が混乱して、情けないような、後ろめたいような、なんだかとても人生において重大な見逃しをしていたような、夢を見たままのような、そんなもやっとしたものが頭の血管の後ろの方を通る
わたしはママとちっとも似ていなかったけど
ママと同じ病気になったよ
口が悪くて運転上手くて心が強くてサブカルでかっこいいママと、
おとなしくてなにもできなくてなにもしらないわたし
小さい頃はなにも共通点がなかったから
わたしはやっとママと同じになれたんだよ
嬉しくはないよ
どうして子供産むんだバカ、って、全ての遺伝性疾患の断種に賛成したくなる気持ちになるんだよ
じぶんのこどもを見てみたかったんだって
会ってみたかったんだってさ
勘弁してよ
勝手なんだから
ごめんね、カメラ止めて
わたしはここで種を終わらすんだよ
なんでカメラを止めないの?
なんでまだ愛せると思ってるの?
咀嚼したり吸啜するみたいにあなたには愛が備わってるというの?
おめでとうと音もなくさけぶ父親のアイロンがけされたみたいな四角い顔
忘れられない顔
母の笑顔を見たことがなかったのは
母に表情筋がなかったからなんだよ
愛を昔から知ってるようなふりをして
愛が昔から植わってるようなふりをして
誰が笑いかけてくれたからわたしは笑顔をつくれるの?
誰の鏡を映していたの?
手を触れたら雪みたいに溶けそうな気がして、
怖くて近づけない
かわいそうだねとか頑張ってるねとかまだ言われてもむかつかないよ
でも間違いだったとは言わせないよ
嘘でしょとか言わせないよ
好きに生きさせてもらうよ
ここからはカメラを止めてよ
わたしが書くんだから
気づいたの。
本当の詩人は、奇特な生活環境にいなくても、眼に映るひかりひとつをも、しっかりと捉えて、美しく描くのだということに。