魔女の宅急便 | ぴいなつの頭ん中

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殻付き。そにっくなーすが言葉を地獄にかけてやる

13歳の魔女はおかあさんから教わったお薬のつくりかたのなかでいちばんしっかり覚えているもののうちのひとつを実践する。

ちいさな手に顔ほどの大きなフラスコ。両手じゃなきゃ持てない。故郷から遠く離れたこの海辺の街では、フラスコ一個あたりの値段が結構高いから、割らないように細心の注意をはらって取り扱う。

恋なんかまだ知らないから、惚れ薬のつくりかたは覚えなかった。
憎しみをまだ知らないから、毒薬のつくりかたも覚えなかった。
彼女が夢中になったのは空を飛ぶこと。
すっかり古びた、けれどしっかりしたシトカ・スプルースの、手づくり箒。ギター職人のおとうさんが作ってくれた大切なものだ。あれは10歳の誕生日、ケーキのろうそくを力一杯吹き消したあとに、あかいりぼんを纏って差し出されたそれは、彼女のいちばんの宝物。シトカ・スプルースが彼女のふとももよりも先に触れたのは、彼女の涙だった。故郷を出て、自分で選んだ遠い街で、魔女としてのひとりだちをしなさい。将来を決める告知を受けたちいさい彼女のひとみは、さびしさとふあんがみるみるたまっていっぺんに流れ出した。

いまでは箒をみても、故郷を思い出しても、泣いてしまうことはない。新しい街ではうまくやっている。飛ぶことしか能がないわたしができることをみつけたのよ。それも到着凡そ2時間ほどで。居候しながら始めた宅急便稼業は波に乗っていた。

魔女が箒にまたがり空を飛べるのは、しくみがある。特殊な薬剤を箒のえに塗りたくってから、またがると、魔女の内膜は
箒の木材と化学反応を起こした薬剤を吸収し、興奮を起こすのだ。
彼女が今作っているのは箒に塗るための薬剤。

彼女は空を飛ぶことだけしか覚えなかったから、おとうさんのくれたシトカ・スプルースに、自分の薬剤を塗ってから、またがる。
『あ……』
刺激は最高潮……10歳のときにおぼえてから13歳の目覚めは日に日に強くなってゆくばかりだ。
ハイになった気持ちに任せていれば体はどんどん浮かびあがる。
陶酔と興奮を持続させながら彼女は空を飛ぶ。
『魔女の宅急便です。お荷物を届けに参りました』
上気した頬、充血した両眼。顔にはゆるみきった笑みが浮かんでいる。